大腸癌の悪性化と免疫治療抵抗性をもたらす新たな分子機構を解明
― 消化管癌の新たな治療へつながる可能性―
順天堂大学大学院医学研究科免疫病・がん先端治療学講座の伊藤匠 特任助教、波多野良 特任准教授、長谷川雄太研究員、森本幾夫 特任教授らの研究グループは、大腸癌の悪性化に関わる新たな因子としてIL-26*¹を特定し、IL-26が癌細胞のエピジェネティック異常*²を誘導して治療抵抗性を獲得させる仕組みを解明しました。癌細胞では、遺伝子の働きを変えるエピジェネティック異常がしばしば認められます。この異常は癌の悪性化に深く関わりますが、その原因因子は十分に解明されていませんでした。本研究は、ヒト大腸癌患者データの解析によって、新たな悪性化因子としてIL-26を特定し、IL-26による癌の遺伝子変化の機構を解明したことで、IL-26を標的とした新しい治療法の開発が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に7月17日付で掲載されました。
本研究成果のポイント
● 大腸癌の悪性化、治療抵抗性に関わる因子を解明
● 免疫細胞から産生されるIL-26を癌悪性化因子として特定
● IL-26が癌のエピジェネティックな変化をもたらす機構を発見
背景
大腸癌などの消化管癌を含む多くの癌では、癌の周辺で起きる炎症が癌を悪性化し、治療抵抗性や予後不良につながることがわかっています。また、腫瘍組織の炎症環境によって癌細胞の遺伝子に変化がもたらされることが明らかになっており、そのような遺伝子の変化が癌の悪性化を亢進させる原因であることがわかってきました。ところが、癌細胞の周辺にできる炎症がなぜ、遺伝子の変化につながるのか、どのような機構で悪性化する遺伝子変化がもたらされるのかは明らかになっていませんでした。
内容
本研究では、腫瘍組織の炎症がどのようにして遺伝子の変化をもたらすかを解明し、治療抵抗性やさらなる悪性化を食い止める治療法を開発することを目的としました。そこで、免疫治療に耐性のあった大腸癌患者の免疫細胞を解析し、炎症をつかさどる特徴的な免疫細胞や遺伝子の解析を行いました。免疫治療は癌細胞を攻撃するT細胞*³を活性化する画期的な治療法ですが、この治療法で治療抵抗性があった大腸癌患者では、IL-26という炎症性サイトカイン*⁴を産生する特殊なT細胞の集団が腫瘍組織に豊富に存在することがわかりました。さらに、このIL-26は健常者よりも大腸癌患者全体で発現が非常に高まっている分子であることを見出しました。また、胃癌や食道癌でも同様の傾向が見られました。
次に、このIL-26がどのように癌の悪性化や免疫治療の耐性に関与しているか調べるために、ヒトのIL-26を発現するマウスに大腸癌細胞を移植し、免疫治療を行う実験モデルを用いて、免疫治療の効果がなくなる原因を検証しました。その結果、IL-26を発現するマウスでは実際の大腸癌患者と同様に免疫治療の有効性が著しく低下しました。その作用メカニズムとして、IL-26は好中球などの骨髄由来細胞を過剰に呼び込むことで、癌細胞を攻撃するT細胞を抑制し、結果として癌細胞が増えてしまうことが明らかになりました。さらに、IL-26を発現するマウスで炎症に関連する大腸癌モデルを作製したところ、IL-26を発現するマウスでは、発現しないマウスよりも腫瘍が顕著に大きくなり、腫瘍組織には骨髄由来細胞も過剰に呼び込まれていることがわかりました。
この分子メカニズムとして、IL-26は癌細胞の核内で遺伝子調節因子のBRD4などと結合し、特定の遺伝子領域に直接的に影響することで癌細胞の遺伝子発現を劇的に変化させる、これまで解明されてこなかった特殊な機構を発見しました。IL-26の遺伝子への直接的に作用によって、エピジェネティックな遺伝子の変化が誘導され、癌細胞は骨髄由来細胞を腫瘍組織に呼び込む分子であるCXCLケモカイン*⁵を通常の5000倍以上発現するようになり、癌の悪性化や免疫治療耐性がもたらされる一連の機構を解明しました(図1)。
また、IL-26発現マウスの癌モデルにおいて、IL-26やBRD4の阻害が癌の悪性化や免疫治療耐性を減弱させたことから、IL-26は有望な治療ターゲットなる可能性が示唆されました。
今後の展開
これまで、癌のエピジェネティックな遺伝子変化に対して有効なアプローチ方法が無く、癌に対する免疫治療の抵抗性も大きな課題でした。今回、研究グループは癌細胞がエピジェネティック異常によって悪性化する機構を解明し、新たな治療ターゲットとしてIL-26を見出しました。IL-26は、マウスやラットなどの実験動物には欠損している分子であるため、これまで見過ごされてきましたが、今後はこの機構の詳細をより明らかにすることで、これまで困難であった癌細胞のエピジェネティック異常にアプローチできる革新的治療法の開発が期待できます。

図1:IL-26が癌の悪性化と免疫治療耐性を引き起こす仕組み
腫瘍組織では、T細胞が放出するIL-26が、癌細胞内でBRD4などと結合して遺伝子の働きを変化させる。これによりCXCLケモカインが大量に産生され、好中球などの免疫細胞が集まって、癌細胞を攻撃するT細胞の働きを抑えると考えられる。その結果、免疫治療への耐性や癌の悪性化が進み、IL-26が新たな治療標的となる可能性がある。
用語解説
*1 IL-26: 自己免疫疾患や炎症性疾患で多く発現する炎症促進分子だが、その作用機序は十分に明らかになっていない
*2 エピジェネティック異常: DNAの配列そのものは変わらないまま、遺伝子の働きやすさが変化する異常のこと。癌細胞では、この異常によって本来は抑えられるべき遺伝子が過剰に働き、癌の悪性化や治療抵抗性につながることがある。
*3 T細胞: 免疫細胞の一種で、ウイルスに感染した細胞や癌細胞を認識して攻撃する役割をもつ。本研究では、癌組織内のT細胞がIL-26を産生する一方で、癌細胞を攻撃するT細胞の働きが周囲の免疫環境によって抑えられることに着目した。
*4 炎症性サイトカイン: 免疫細胞や組織の細胞から放出され、炎症反応を引き起こしたり強めたりするタンパク質の総称。IL-26もその仲間。感染防御や組織修復に重要だが、過剰に働くと慢性炎症や癌の進展に関わることがある。
*5 CXCLケモカイン: 免疫細胞を特定の場所へ呼び寄せる“道しるべ”のような働きをもつタンパク質群。本研究では、IL-26によって癌細胞でCXCL1、CXCL2、CXCL3などの産生が高まり、好中球などの骨髄由来免疫細胞を癌組織へ呼び寄せることが示された。
研究者のコメント
本研究はIL-26の研究を10年以上行ってようやく見出した現象です。従来の免疫細胞由来分子では考えられなかった遺伝子構造への直接的な作用は、今後の免疫学や医学の発展に大きな影響をもたらす可能性を予感しています。革新的な治療に結び付けられるように研究を進めていきます。
原著論文
本研究はNature Communications誌のオンライン版で(2026年7月17日付)先行公開されました。
タイトル: IL-26-driven epigenetic remodeling promotes immune evasion in colorectal cancer
タイトル(日本語訳): IL-26によるエピジェネティックな変化が大腸癌の免疫回避を促進する
著者: Takumi Itoh, Ryo Hatano, Yuta Hasegawa, Nao Hosokawa, Kazuyoshi Takeda, Ayako Yamamoto, Yoshiya Horimoto, Jinghui Yu, Hayato Nakamura, Harumi Saeki, Shogo Ehata, Shuji Matsuoka, Haruna Otsuka, Hiroshi Ohtsu, Michio Tomura, Nam H. Dang, Yutaro Kaneko, Kei Ohnuma, Chikao Morimoto
著者(日本語表記):伊藤 匠1)、波多野 良1)、長谷川 雄太1), 2)、細川 奈央1)、竹田 和良3),4), 5)、山本 文子1)、堀本 義哉6), 7), 8)、于 靖暉1)、中村 駿斗1)、佐伯 春美6)、江帾 正悟9)、松岡 周二10)、大塚 春奈1)、大津 洋11)、戸村 道夫12)、Dang H Nam13)、金子 有太郎 14)、大沼 圭 1)、森本 幾夫 1)
著者所属: 1)順天堂大学大学院医学研究科 免疫病・がん先端治療学講座、2)アトピー疾患研究センター、3)順天堂大学大学院医学研究科 研究基盤センター 細胞生物学研究室、4)順天堂大学大学院医学研究科 免疫治療研究センター、5)順天堂大学大学院医学研究科 乳酸菌生体機能研究講座、6)順天堂大学医学部 人体病理病態学講座、7)順天堂大学医学部 乳腺腫瘍学講座、8)東京医科大学 乳腺科学分野、9)和歌山県立医科大学 医学部 病理学講座、10)順天堂大学大学院医学研究科 免疫診断学講座、11)順天堂大学 健康データサイエンス学部、12)大阪大谷大学 薬学部免疫学講座、13)Division of Hematology/Oncology, University of Florida、14)Y's AC株式会社
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-026-75754-7
本研究はJSPS科研費JP21K16389 、JP24K18383、JP20K07683、JP23K06501、JP20H03471、JP23H02704および厚生労働省の労災疾病臨床研究事業費補助金(210901-02、250901-01)の支援を受け、多施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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