慢性腎臓病患者における鉄代謝ホルモン「ヘプシジン」と心血管イベントリスクの関連を解明
― 非透析患者と透析患者で異なる臨床的意義 ―
順天堂大学医学部循環器内科学講座の藤本雄大 非常勤助教、大学院医学研究科循環器内科学の末永祐哉 准教授、南野徹 教授、健康データサイエンス研究科の坂巻顕太郎 准教授らの研究グループは、慢性腎臓病患者におけるヘプシジンと心血管イベント*¹との関連を明らかにしました。慢性腎臓病では、貧血や鉄不足が心血管病のリスクと関係することが知られています。ヘプシジンは体内の鉄の利用を調節する重要なホルモンですが、慢性腎臓病患者の将来の心血管イベントとどのように関係するかは、これまで十分に分かっていませんでした。 本研究では、非透析の慢性腎臓病患者において、血中ヘプシジン濃度が中程度の患者で心血管イベントのリスクが最も低く、ヘプシジン濃度が低い患者および高い患者ではリスクが高くなる傾向がみられ、両者の間にJ字型の関連が示唆されました。一方で、透析患者では同様の関連は認められませんでした。また、ヘプシジン濃度の経時的な変化も、心血管イベントの発症とは明らかに関連しませんでした。 これらの結果は、ヘプシジンがすべての慢性腎臓病患者で同じ意味を持つわけではなく、非透析患者と透析患者でその臨床的意義が異なる可能性を示しています。今後、ヘプシジンを標的とした治療やリスク評価を検討する上で、重要な手がかりとなる研究です。
本研究はKidney International Reports誌のオンライン版に2026年7月11日付で公開されました。
本研究成果のポイント
● 非透析の慢性腎臓病患者では、血中ヘプシジン濃度と心血管イベントリスクとの間に、ヘプシジン濃度が低い領域と高い領域でリスクが上昇するJ字型の関連が示唆された。
● 透析患者では、ヘプシジン濃度と心血管イベントリスクとの明らかな関連は認めなかった。
● ヘプシジン濃度の経時的変化は、透析の有無にかかわらず、心血管イベントリスクとの明らかな関連を認めなかった。
背景
慢性腎臓病(CKD)では、腎機能の低下に伴って貧血が高頻度にみられます。CKDに伴う貧血は、生活の質の低下だけでなく、心血管イベントや死亡リスクとも関連する重要な病態です。また、鉄欠乏や慢性炎症はCKD患者の貧血管理を複雑にする要因であり、貧血治療の効果や予後にも影響する可能性があります。ヘプシジンは、主に肝臓で産生される鉄代謝調節ホルモンであり、体内での鉄の吸収や利用を制御する中心的な役割を担っています。ヘプシジン濃度は、鉄の貯蔵状態、炎症、腎機能、透析の有無などの影響を受けることが知られています。そのため、CKD患者におけるヘプシジンは、単なる鉄代謝マーカーにとどまらず、貧血、炎症、腎障害、心血管リスクを反映する可能性があります。しかし、ヘプシジンがCKD患者の将来的な心血管イベントを予測する指標となるか、またその意義が非透析患者と透析患者で異なるかについては、これまで十分には明らかにされていせんでした。
内容
本研究では、CKDに伴う貧血患者を対象に、新しい治療薬の有効性と安全性を多くの患者で確認するために実施された2つの大規模な国際共同臨床試験であるASCEND-ND試験*²およびASCEND-D試験*³のデータを用いて、ヘプシジンの予後予測的意義を検討しました。試験開始時にヘプシジン値が測定されたASCEND-ND試験の3,807例、ASCEND-D試験の2,881例を解析対象としました。各試験において、患者を試験開始時のヘプシジン濃度に基づき四分位に分類し、患者背景、鉄代謝指標、炎症指標、貧血関連指標との関連を評価しました。さらに、ヘプシジン四分位別に主要心血管イベント(MACE)*⁴の累積発生をKaplan–Meier曲線で評価し、心血管リスク因子を含む交絡因子で調整した解析を行いました。加えて、治療開始後のヘプシジン濃度の経時的変化がMACEリスクと関連するか、さらにベースラインのヘプシジン濃度がダプロデュスタット*⁵とエリスロポエチン刺激製剤(ESA)*⁶の治療効果に影響を及ぼすかについても解析しました。
ベースラインのヘプシジン中央値は、非透析CKD患者では106 ng/mL、透析CKD患者では176 ng/mLでした。両試験において、ヘプシジン高値は女性、ヘモグロビン低値、トランスフェリン飽和度高値、フェリチン高値、およびC反応性蛋白高値と関連していました。このことから、ヘプシジンはCKD患者において、鉄代謝、炎症、貧血の状態を反映する複合的なバイオマーカーである可能性が示されました。
非透析CKD患者を、血中ヘプシジン濃度の低い順に、患者数がほぼ同じとなる4つの群(四分位群)に分けて解析しました。MACEの発生率は、ヘプシジン濃度が低い方から2番目の群(第2四分位群)で最も低く、濃度が最も低い群(第1四分位群)、低い方から3番目の群(第3四分位群)がそれに続き、濃度が最も高い群(第4四分位群)で最も高い傾向を示しました。この関連は、既知の心血管リスク因子の影響を調整した後も認められ、ヘプシジン濃度とMACEとの間に非線形の関連が示されました(非線形性のP値=0.032)。一方、透析CKD患者では、ヘプシジン濃度に基づく4つの群とMACEとの間に明らかな関連は認められず、交絡因子を調整した解析でも同様の結果でした。
また、ヘプシジン濃度の経時的変化は、非透析患者および透析患者のいずれにおいても、MACEリスクと独立して関連しませんでした。さらに、ベースラインのヘプシジン濃度は、ダプロデュスタットとESAの治療効果の違いを修飾しませんでした。すなわち、ヘプシジン濃度によってダプロデュスタットがより有効、またはより不利となる患者群は明確には示されませんでした。
以上より、非透析CKD患者ではベースラインのヘプシジン濃度と心血管イベントリスクとの間に、ヘプシジン濃度が低い領域と高い領域でリスクが上昇するJ字型の関連が示唆された一方、透析CKD患者では同様の関連が認められないことが示されました。また、ヘプシジン濃度はダプロデュスタットとESAの治療選択を導く指標としては有用性が限定的である可能性が示されました。
今後の展開
本研究の結果は、CKDに伴う貧血患者における鉄代謝、炎症、心血管リスクの関係を理解する上で重要な知見であり、今後のヘプシジンを標的とした治療開発や、CKD患者のリスク層別化を検討する上で基盤となるものです。

図1:本研究の結果のまとめ
非透析患者を対象としたASCEND-ND試験と、透析患者を対象としたASCEND-D試験のデータを用い、慢性腎臓病に伴う貧血患者6,688人を対象に、ヘプシジンと心血管イベントの関連を検討しました。非透析患者では、研究開始時のヘプシジン濃度と心血管イベントリスクとの間に、非線形の関連を認めた一方、透析患者では、研究開始時のヘプシジン濃度と心血管イベントリスクとの明らかな関連は認めませんでした。また、治療開始後4週までのヘプシジン濃度の変化は、透析の有無にかかわらず心血管イベントと関連しませんでした。
注)Quartile 1~4は、研究開始時から4週後までのヘプシジン濃度の%変化を低い順に4等分した群を示す。Quartile 1は最も低い25%、Quartile 4は最も高い25%である。
用語解説
*1 心血管イベント: 心臓や血管に関連して起こる重大な健康上の出来事の総称です。心筋梗塞や脳卒中、心血管疾患による死亡などが含まれます。研究によって、対象となる出来事の範囲は異なります。
*2 ASCEND-ND試験: 慢性腎臓病に伴う貧血があり、透析治療を受けていない患者3,872人を対象として、40か国以上で実施された国際共同第3相臨床試験です。飲み薬であるダプロデュスタットと、注射薬であるダルベポエチン アルファを比較し、貧血を改善する効果と、死亡、心筋梗塞、脳卒中などの心血管イベントに関する安全性を評価しました。「ND」はNon-Dialysis(非透析)を意味します。
*3 ASCEND-D試験: 慢性腎臓病に伴う貧血があり、透析治療を受けている患者2,964人を対象として実施された国際共同第3相臨床試験です。飲み薬であるダプロデュスタットと、従来から使用されている注射の赤血球造血刺激因子製剤を比較し、貧血を改善・維持する効果と、死亡、心筋梗塞、脳卒中などの心血管イベントに関する安全性を評価しました。「D」はDialysis(透析)を意味します。
*4 MACE(主要心血管イベント): Major Adverse Cardiovascular Eventsの略で、医薬品や治療法の安全性・有効性を評価する臨床研究で用いられる複合的な評価項目です。本研究のもととなった臨床試験では、死亡、死亡に至らなかった心筋梗塞、死亡に至らなかった脳卒中のいずれかが初めて発生することをMACEと定義しています。
*5 ダプロデュスタット: 慢性腎臓病に伴う貧血の治療に用いられる飲み薬です。体内が酸素不足を感知する仕組みに働きかけ、赤血球をつくるために必要なエリスロポエチンの産生や鉄の利用を促すことで、貧血を改善します。
*6 エリスロポエチン刺激製剤: 赤血球の産生を促すホルモンであるエリスロポエチンと同様の働きをする注射薬です。腎臓の機能が低下するとエリスロポエチンが十分につくられなくなるため、慢性腎臓病に伴う貧血の治療に使用されます。ESA(Erythropoiesis-Stimulating Agent)とも呼ばれます。
研究者のコメント
腎臓病領域と心疾患領域の双方において、鉄代謝と貧血は密接かつ複雑に関わる重要な病態です。本研究は、ヘプシジンという視点から、慢性腎臓病患者における鉄代謝、貧血、心血管イベントの関係をより深く理解する一助となるものと考えています。
最後に、本解析の基盤となった国際共同臨床試験に携わられたすべての皆様に、心より感謝申し上げます。
原著論文
本研究はKidney International Reports誌のオンライン版に2026年7月11日付で公開されました。
タイトル: Hepcidin and Cardiovascular Events in CKD With and Without Dialysis
タイトル(日本語訳): 慢性腎臓病におけるヘプシジンと心血管イベント
著者: Yudai Fujimoto 1), Yuya Matsue 1), Taisuke Nakade 1), Yu Suresvar Singh 1), Yuka Akama 1), Yutaka Nakamura 1), Junzhe Cao 1), Tadao Aikawa 1), Kentaro Sakamaki 2), and Tohru Minamino 1)3)
著者(日本語表記): 藤本 雄大 1), 末永 祐哉 1), 中出 泰輔 1), 真 優スレーシュワル 1), 赤間 友香 1), 中村 優 1), 曹 珺喆 1), 相川 忠夫 1), 坂巻 顕太郎 2), 南野 徹 1)3)
著者所属: 1) Department of Cardiovascular Biology and Medicine, Juntendo University Graduate School of Medicine, Tokyo, Japan 2) Faculty of Health Data Science, Juntendo University, Tokyo, Japan 3) Japan Agency for Medical Research and Development-Core Research for Evolutionary Medical Science and Technology (AMED-CREST), Japan Agency for Medical Research and Development, Tokyo, Japan
著者所属(日本語表記): 1) 順天堂大学 大学院医学研究科 循環器内科学講座 、2) 順天堂大学 健康データサイエンス学部 、3) AMED-CREST
DOI: https://doi.org/10.1016/j.ekir.2026.106703
本研究はAMED JP25ek0109795の支援を受け実施されました。
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