脳の発達を支える「もう一つのコンドロイチン硫酸構造」を発見
―新たな細胞外マトリックス構造を形成するGPR17陽性オリゴデンドロサイトを同定―

順天堂大学大学院医学研究科老人性疾患病態・治療研究センターの平澤恵理特任教授、東京理科大学薬学部薬学科の東恭平准教授、日本医科大学大学院医学研究科薬理学の齋藤文仁准教授(現・医療健康科学部教授)らの共同研究グループは、脳の発達を支える新たな細胞外マトリックス*¹構造を明らかにしました。脳の発達期には、神経回路が外界からの刺激や経験に応じて変化する「臨界期*²」が存在しますが、その制御機構には未解明な点が多く残されています。研究グループは、マウス大脳皮質の組織解析と公開単一細胞RNAシーケンスデータの解析を用いて、コンドロイチン硫酸(CS)*³に富む新しい細胞外マトリックス構造(CS cluster)を同定し、その中心にGPR17陽性オリゴデンドロサイト(RiOL)*⁴*⁵が存在することを明らかにしました。さらに、この構造内では神経細胞樹状突起の棘突起が大型化しており、神経回路形成との関連が示唆されました。本成果は、これまで主にペリニューロナルネット(PNN)*⁶が担うと考えられてきた脳内コンドロイチン硫酸構造に新たな多様性が存在することを示すものであり、脳発達における細胞外マトリックスの役割解明や神経・精神疾患研究の発展につながることが期待されます。
本論文はGlia誌のオンライン版に2026年7月8日付で公開されました。
本研究成果のポイント
● GPR17陽性オリゴデンドロサイトが形成する新しいコンドロイチン硫酸リッチ構造(CS cluster)を発見
● GPR17陽性オリゴデンドロサイトは、糖鎖修飾酵素であるCHST3およびUSTを多く生産し、CS cluster形成に関与
● CS cluster内では特徴的な樹状突起スパイン形態が認められ、神経回路形成との関連を示唆
背景
脳の発達期には、神経回路が外界からの刺激や経験に応じて変化する「臨界期」が存在し、この時期の神経回路形成は学習や認知機能の獲得に重要な役割を果たします。近年、神経細胞の周囲を取り巻く細胞外マトリックスが脳の可塑性を制御することが明らかとなり、特にコンドロイチン硫酸を含むペリニューロナルネット(PNN)は、神経回路の安定化や可塑性の抑制に関わる構造として注目されています。しかし、脳内に存在するコンドロイチン硫酸構造の多様性や、PNN以外の役割については十分に解明されていませんでした。研究グループはこれまでに、大脳皮質でCS56抗体により検出される新たなコンドロイチン硫酸構造(CS cluster)を見出しており、本研究ではその形成を担う細胞の同定と形成機構、さらに神経回路との関連性を明らかにすることを目的としました。
内容
研究グループは、マウス大脳皮質を用いた組織学的解析、単一細胞RNAシーケンス解析およびコンドロイチン硫酸の構造解析を行いました。その結果、従来から知られているペリニューロナルネット(PNN)とは異なる、新しいコンドロイチン硫酸構造(CS cluster)を同定しました。さらに、この構造の中心にはGPR17陽性オリゴデンドロサイトが存在し、コンドロイチン硫酸の特徴的な構造形成に関わる糖鎖修飾酵素であるCHST3およびUSTを多く生産していることを明らかにしました。これらの結果から、GPR17陽性オリゴデンドロサイトがCHST3およびUSTを介してCS clusterの形成に関与することが示されました。また、CS cluster内に存在する神経細胞樹状突起の棘突起を解析したところ、CS cluster外と比較して大型のスパインが多く認められました。このことから、CS clusterが神経回路形成と関連する可能性が示されました。本研究により、脳内にはPNNとは異なるコンドロイチン硫酸構造が存在し、その形成にGPR17陽性オリゴデンドロサイトが関与することが明らかになりました。また、一部のGPR17陽性オリゴデンドロサイトは脳の発達後も成熟オリゴデンドロサイトへ分化せず、CS clusterの維持に関与することが示されました。このことから、研究グループは、CS clusterを形成・維持するこれらの細胞をRiOL(Resident immature Oligodendrocyte)と命名しました。本成果は、脳発達における細胞外マトリックスの多様性とその生物学的意義の理解につながるものと期待されます。
今後の展開
本研究により、新たなコンドロイチン硫酸構造(CS cluster)とGPR17陽性オリゴデンドロサイトとの関連が明らかになりました。一方で、CS clusterが脳発達や神経回路形成において果たす具体的な役割については未解明な点が多く残されています。今後は、CS clusterの形成機構や機能を詳細に解析し、発達期の神経回路形成や脳の可塑性との関係を明らかにしていく予定です。また、神経発達障害や脳損傷後の組織修復における細胞外マトリックスの役割の解明にもつながることが期待されます。

図1 GPR17陽性オリゴデンドロサイトによるCS cluster形成の概要
用語解説
*1 細胞外マトリックス(extracellular matrix; ECM): 細胞の周囲に存在する網目状の構造体。細胞を支える足場として働くほか、細胞間の情報伝達や組織形成にも関与する。
*2 臨界期(critical period): 脳の発達過程において、経験や環境からの刺激によって神経回路が特に大きく変化する時期。学習や認知機能の発達に重要な役割を果たす。
*3 コンドロイチン硫酸(chondroitin sulfate; CS): 細胞外マトリックスの主要成分の一つである糖鎖。脳では神経回路の形成や可塑性の制御に関与することが知られている。
*4 オリゴデンドロサイト: 中枢神経系のグリア細胞の一種。神経線維を覆う髄鞘を形成し、神経情報の伝達を支える。
*5 GPR17陽性オリゴデンドロサイト: オリゴデンドロサイトへ分化する途中段階の未成熟細胞。本研究では、その一部が発達後も脳内に留まり、新たなコンドロイチン硫酸構造(CS cluster)の形成・維持に関与することが示され、この細胞集団をRiOL(Resident immature Oligodendrocyte)と命名した。
*6 ペリニューロナルネット(perineuronal net; PNN): 神経細胞の周囲を取り囲む特殊な細胞外マトリックス構造。神経回路を安定化し、脳の可塑性を制御する役割を持つと考えられている。
研究者のコメント
コンドロイチン硫酸(CS)は脳の発達や可塑性を制御する重要な糖鎖であり、これまでに、その硫酸化パターンの変化が臨界期の終了や神経回路の可塑性制御に関与することが示されてきました。一方で、研究の多くはペリニューロナルネット(PNN)に注目しており、PNN以外のCS構造の意義については十分に解明されていませんでした。本研究は、基礎研究医を目指す医学部生の研究をきっかけに(田中、鈴木、加藤が基礎研究医養成プログラム中に本研究に参加)、GPR17陽性オリゴデンドロサイトを中心とするCS56抗体陽性のパッチ状構造(CS cluster)に着目し、この構造がPNNとは異なる分布や特徴を示すことを見出しました。本研究では、CS clusterを形成する細胞と分子基盤の一端を明らかにすることができました。今後は、この新たなCS構造が脳発達や神経回路形成において果たす役割を解明し、脳の可塑性を支える細胞外環境の理解につなげたいと考えています。
原著論文
本研究はGlia誌のオンライン版に2026年7月8日付で公開されました。
タイトル: GPR17+ oligodendrocyte lineage cells regulate the critical period of brain development through novel chondroitin sulfate-rich structures
タイトル(日本語訳): GPR17陽性オリゴデンドロサイト系譜細胞は新規コンドロイチン硫酸リッチ構造を介して脳発達の臨界期を制御する
著者: Takahiro Tanaka1,2, Aurelien Kerever1,2*, Yuji Suzuki1, Taro Kunitomi1, Kana Kato1, Yuri Yamashita1,2, Kyohei Higashi3, Chihiro Akazawa4, Fumihito Saitow5, Hidenori Suzuki5, and Eri Arikawa-Hirasawa1,2*
1) Research Institute for Diseases of Old Age, Juntendo University Graduate School of Medicine, Tokyo, Japan.2) Aging Biology in Health and Disease, Juntendo University Graduate School of Medicine, Tokyo, Japan.3) Department of Clinical and Analytical Biochemistry, Tokyo University of Science, Chiba, Japan.4) Intractable Disease Research Center, Juntendo University Graduate School of Medicine, Tokyo, Japan.5) Department of Pharmacology, Graduate School of Medicine, Nippon Medical School, Tokyo, Japan. * Corresponding authors: Aurelien Kerever and Eri Arikawa-Hirasawa
著者(日本語表記): 田中 貴大1,2、ケレベール オレリアン1,2*、鈴木 佑治1、國富 太郎1、加藤 可那1,、山下 由莉1,2、東 恭平3、赤澤 智宏4、齋藤 文仁5、鈴木 秀典5、平澤(有川)恵理1,2*
著者所属: 1) 順天堂大学大学院医学研究科 老人性疾患病態・治療研究センター、2)順天堂大学大学院医学研究科 老化・疾患生体制御学、3)東京理科大学薬学部、4) 順天堂大学大学院医学研究科 難病の診断と治療研究センター、5) 日本医科大学大学院 薬理学
DOI: https://doi.org/10.1002/glia.70188
本研究は、JSPS科研費JP22K07543、JP23K06972および文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業の支援を受け、多施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた全ての皆様に深謝いたします。
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