【国立科学博物館】「オスでもありメスでもある」カブトムシの内部・微細構造を解明!~カブトムシ雌雄型(ギナンドロモルフ)のマイクロCTおよび走査型電子顕微鏡(SEM)による観察~
独立行政法人国立科学博物館(館長:篠田謙一)の野村周平グループ長と井手竜也研究主幹(動物研究部陸生無脊椎動物研究グループ)は、2018年に当館へ寄贈されたカブトムシ雌雄型(ギナンドロモルフ)について、マイクロCT(※1)および走査型電子顕微鏡(SEM)(※2)による観察を行いました。その結果、この個体の頭部には正常なメスの特徴がみられ、胸部および腹部には、正常なオスの特徴が観察されました。一方、頭部を動かす前胸部内の筋肉にはオスの特徴がみられました。また頭部の中でも大あごは左右の特徴が異なり、右はオス、左はメスの特徴をそなえていることが明らかになりました。
研究のポイント
・2018年に一般の方から生体で寄贈されたカブトムシ雌雄型(ギナンドロモルフ)を生きた状態でビデオ撮影した後、液浸標本として保存していましたが、このたびマイクロCTを用いて内部構造を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて表面微細構造を観察しました。当館の調べた限りでは、世界中でカブトムシのギナンドロモルフ個体に関する同様の研究例はありません。
・概形では、この個体の頭部には大きなツノがなく、正常なメスと同様の形態をしておりますが、胸部には正常なオスにあるような短いツノ(写真1A青矢印部分)があり、腹部にもオス交尾器が内蔵され、正常なオスと同じ特徴を有しています。
・マイクロCTで頭部を動かす前胸内の筋肉を観察したところ、正常なオスと同様の形状およびサイズを示していました。
・走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて前胸部および上翅の背面の表面構造を観察したところ、正常なオスの特徴に一致しました。また、頭部腹面にある一対の大あごを観察したところ、左はオス、右はメスの特徴をそなえており、左右非対称であることが確認されました。
研究の背景
膨大な数の種、個体をもつ昆虫の99%以上は、オスであるかメスであるかに二分され、その性別は一生変わることがありません。しかしごくまれにオスとメスの特徴を両方もっていて、オスともメスとも完全には区別することのできない個体が出現します。このような個体は雌雄型(ギナンドロモルフ)とよばれます。
雌雄型は多くの場合、その種の中でオスとメスの特徴が明らかに異なる、いわゆる雌雄二型の種で見つかることが多く、チョウや大型の甲虫でよく見つかっています。チョウでは、左か右の片方の翅(前ばね、後ろばね)がオスで、もう片方がメスという、左右で完全に分離した雌雄型が多く見つかっており、オスメスの特徴がモザイク状に入れ混ざった雌雄型も稀に見つかります。
甲虫での雌雄型の出現例はもともと少ないのですが、当館には、頭に大きなオスのツノをもつが、正常なオスでは前胸部にあるはずの短いツノをもたないカブトムシの雌雄型(写真1E)が保管されています。これは1978年に当館に寄贈されたものです。また近年、左右に分離したミヤマクワガタの雌雄型(写真1F)が寄贈されました。
2018年に一般の方から、「頭にツノがなく、胸にツノがある」カブトムシの鑑定が依頼され、出現確率のきわめて低い雌雄型であることが判明しました。この個体は生きた状態で当館に寄贈されたので、生体の記録としてビデオ撮影し(写真1D)、その後エタノール水溶液中に液浸標本として保存されました。カブトムシの標本は通常、乾燥標本として保存することが多いので、液浸標本として保存されており、しかも生きているときの映像が残っていることは非常に珍しい例です。

この寄贈された雌雄型の個体について、標本の内部構造を非破壊観察できるマイクロCTと、表面構造を観察できる走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、形態観察を行いました。観察の終了した雌雄型の標本はその後、乾燥標本として当館に保管されています(写真1B)。2024年7~10月には、当館の特別展「昆虫MANIAC」で展示されました。
研究の内容
雌雄型個体の液浸標本をマイクロCTを用いて観察したところ、内部の筋肉や内臓の様子が観察できました。カブトムシの内部構造はオスとメスとで外見ほど違っていませんが、次のような違いがあります。頭部を動かす前胸部内の筋肉が、オスでは非常に大きく発達し、メスでは貧弱です。また、腹部内部の生殖器系にはオスメスで大きな違いがあり、オスでは骨化したオス交尾器が内蔵され、メスでは大きな卵巣をもっています。雌雄型個体と正常なオス、正常なメスをそれぞれ観察し、比較したところ、以下のような結果が得られました。1)頭部を動かす筋肉は、雌雄型個体では正常なオス(写真2D)と同様、大きく発達していました(写真2E)。また2)腹部内部には強く骨化したオス交尾器の影が見えたので、解剖して比較したところ、正常なオスと形状が完全に一致していました。

さらに走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、雌雄型、正常オス、正常メスの外部表面を詳細に観察しました。カブトムシの外面には、大きく長い頭のツノ、前胸部背面の短いツノをはじめ、いくつかの部分にオスメスで差があります。前胸部背面と上翅(前ばね)背面の微細構造を観察したところ、雌雄型個体には、1)前胸表面に正常オスと同じちりめんじわ状の微細構造が観察され、2)上翅表面では、正常メスに見られるような長い毛の密生が見られない、ことがわかりました。また、ギナンドロモルフ個体の左右の大あごを外して同様にSEM観察したところ、3)左の大あごの上面には、正常メスと同じく幅広く大きな剛毛におおわれた台形の突起をもち、4)右の大あごの上面には、正常オスと同様の三角形に近いほとんど毛におおわれない突起をもつことがわかりました(写真3)。つまりこの個体の大あごは左右でオスメスの特徴が異なっていたのです。
全体としてこの雌雄型個体は「頭部とそれ以外の部分」でオスメスが入り混じっているだけではなく、頭部の中でもオスメスが入り混じっているということがわかりました。当館に古くから保管されている別の雌雄型個体(写真1E)では、頭部にオスと同様の大きなツノがあり、胸にはツノがない特徴をもつことから、今回の結果とは対照的です。

本研究成果から期待されること、今後の課題
本研究からもわかるように、雌雄型と一口に言っても、オスの特徴を示す部分とメスの特徴を示す部分がどのように入り混じっているかは個体ごとに様々です。そのため、より多くの雌雄型個体の形態観察データを蓄積し、相互に比較することが重要です。これらによって得られた知見に、遺伝情報を取り扱う発生生物学等の知見をあわせることで、ギナンドロモルフが創出されるメカニズムに迫り、ひいては性決定メカニズムや、両性の役割と自然界でのあり方を考える糸口となることが期待されます。
一方で、雌雄型は出現確率が非常に低く、研究者(あるいは研究グループ)だけでは研究対象となる個体を入手することは難しい面があります。そういう意味でも、一般の方からの個体提供を端緒にして大きな成果に結びついたことは本研究の重要なポイントです。
本リリースを通じて、今後より多くの方にこのような研究分野があることを知っていただき、情報の蓄積できる環境を整え、研究を発展させていきたいと考えています。
発表論文
表 題:カブトムシ(コウチュウ目,コガネムシ科) ギナンドロモルフ個体のマイクロCTおよび
走査型電子顕微鏡(SEM)による形態学的観察
著 者:野村周平・井手竜也
掲載誌:昆蟲(ニューシリーズ),27巻4号,143-152頁
本研究は、科学研究費補助金基盤(B)(JP21H02212)の支援を受けています。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kontyu/27/4/27_24-030/_article/-char/ja/
掲載日:2024年12月25日
※マイクロCT:
X線を試料に照射し、透過したX線の強度分布を測定する。試料内部の三次元構造の観察に適している。
※走査型電子顕微鏡(SEM):
電子線を試料に照射し、反射等を検出する。試料表面の形状を観察するのに適している。
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