世界初!早老症ウェルナー症候群患者さんを対象とする臨床試験~ニコチンアミド リボシドが動脈硬化指標、難治性潰瘍、腎機能改善に有効

国立大学法人千葉大学

 千葉大学 横手幸太郎学長、同大大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学の前澤善朗講師、正司真弓助教、加藤尚也助教、同大予防医学センターの越坂理也准教授らの研究チームは、希少難病である早老症ウェルナー症候群の患者さんを対象に、ニコチンアミド リボシド(以下、NR)(注1)を用いた世界初の二重盲検無作為化クロスオーバープラセボ対照試験を成功させました。その結果、NRは動脈硬化指標および難治性皮膚潰瘍を有意に改善し、腎機能低下の抑制を認めました。

この結果により、NRはウェルナー症候群の動脈硬化、難治性皮膚潰瘍の改善および腎機能障害の予防に有益であると考えられます。

 本研究成果は、2025年6月3日に、学術誌Aging Cellで公開されました。

■研究の背景

 ウェルナー症候群は、遺伝子変異によって生じるDNA代謝とミトコンドリア機能の障害を特徴とする、まれな遺伝性早老症候群です。有病率は、日本で人口100万人当たり9人と推定されています。20歳代より頭髪変化(白髪、脱毛)や両側白内障、糖尿病、脂質異常症などの代謝性疾患、内臓脂肪蓄積、皮膚変化など、種々の老化徴候が出現し、ヒトの老化のモデル病態とされています。動脈硬化による心筋梗塞や悪性腫瘍を若年期から合併しやすく、平均寿命は60歳未満と報告されています(図1)。(*文献1)

図1:ウェルナー症候群の症例(患者様とワシントン大学の許可を得て掲載)

 患者さんは特にサルコペニア(注2)を高率できたし、難治性皮膚潰瘍も7割以上の症例で発症します。3割の患者さんは下肢切断に至り、疼痛や感染により生活の質 (QOL)、日常生活動作が低下します。合併症に対する治療の介入などにより以前より寿命の進展が見られますが、根本的治療法は確立されていません。そのため、動脈硬化性疾患、サルコペニア、難治性潰瘍などへの対処療法が中⼼で、効果も限定的です。(*文献2)

 先行研究においては、患者さんのニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、NAD⁺)(注3)値の低下を認めており、病因としてNAD⁺が重要な役割を果たしていることが示唆されています。また、NAD⁺の補充により、ウェルナー症候群モデルの線虫の寿命を延長させることが報告されています。このため、NAD⁺の補充がウェルナー症候群やその他の老化促進疾患の状態を改善する可能性があると考えられていました。NAD⁺そのものは哺乳類には投与できないため、NAD⁺前駆体であるNRを内服させることでマウスの寿命を延長することができます。また、他の動物実験においてもNRがNAD⁺レベルを増加させると、神経変性疾患における神経の保護、拡張型心筋症における心不全発生率の低下することが示されています。ヒトにおいても数多くの臨床試験が近年実施され、健常者や肥満を有する成人、高齢者におけるNAD⁺前駆体の安全性と有用性について検討されてきました。こうした臨床試験において、NRは慢性炎症の抑制(*文献3)や肝脂肪変性などの代謝性疾患への効果(*文献4)、一般の高齢者での最大筋力および疲労の改善(*文献5)や炎症性サイトカインの減少(*文献6)が報告されています。

 このように、NRがサルコペニア、代謝障害、動脈硬化を緩和する可能性があることから、ウェルナー症候群の症状の進行を遅らせる可能性が考えられていました。しかし、ウェルナー症候群の患者さんにおけるNRの効果を評価した研究は、これまでありませんでした。

■研究の成果
 
本研究では、ウェルナー症候群の患者さんに対するNAD⁺前駆体であるNRの安全性及び有効性の検討を行いました。試験デザインは、NRを1日1000mg投与、あるいはプラセボ(注4)を26週投与後に他方の薬剤に切り替え、さらに26週間投与するクロスオーバー試験でした(図2)。

図2:試験デザイン

 試験の主要評価項⽬は、ウェルナー症候群の患者さんにおける被験薬の26週および52週時点での安全性であり、副次的評価項目は、⾎液中のNAD⁺値、⽪膚潰瘍の数と⼤きさ、炎症反応、⾎液検査(脂質、⾎糖、腎機能、肝機能など)、内臓脂肪⾯積、踵の皮下組織厚、サルコペニア評価のための握⼒検査、歩⾏速度、⾻格筋指数、動脈硬化評価のためのCAVI (Cardio-ankle vascular index)(注5)、ABI (Ankle Brachial Index)、腎機能評価のための⽷球体濾過率、尿アルブミン排泄、尿中NAG、β2-ミクログロブリン、L-FABP、Kim-1、脂質評価のためのリポ蛋⽩粒⼦プロファイル、探索的評価項⽬は、メタボローム解析(注6)でした。

 試験の結果、安全性としては、肝酵素であるAST、ALTの軽度の上昇は認めたものの、NR投与による重大な有害事象は認めませんでした

 有効性としては、NR内服後に、血中NAD⁺は有意な上昇を認めました。(26週での変化量 NR vs. プラセボ: 0.070±0.061 units vs. -0.002±0.018 units, P=0.045)

 動脈硬化の指標CAVI有意な改善を認めました。(右足: NR投与後 -0.4±0.9 vs. プラセボ投与後0.9±0.8, P=0.042; 左足: -0.5±0.9 vs. 0.7±0.7, P=0.046)

 皮膚潰瘍に関しては、潰瘍面積(潰瘍横径×潰瘍縦径)がNR服用後に平均0.88cm2縮小し、改善しました。一方、プラセボ服用後は平均0.71cm2面積が拡大する傾向が認められました(P=0.01)。またウェルナー症候群で生じる踵の皮下組織厚の低下が、NR投与後に抑制される傾向も認めました。

 さらに、メタボローム解析の結果、腎機能の悪化と関連する血中クレアチンが、NR投与期間中に著しく改善していることが示されました。さらに、腎機能障害や尿毒症に関連する代謝産物である3-インドキシル硫酸、N-アセチルバリン、硫酸フェノールは、NR投与後に減少し、腎機能改善の可能性が示されました。

 

■今後の展望

 本研究により、ウェルナー症候群の患者さんへのNR投与は、重篤な有害事象の出現はなく、CAVI値を改善させたことから動脈硬化抑制的に作用し、難治性皮膚潰瘍を改善し、メタボローム解析において腎機能低下を抑制する働きを認めました。これにより、NRがウェルナー症候群の2つの重要な側面である動脈硬化と皮膚潰瘍に対する有用な治療手段および腎機能低下の予防手段となる可能性が示されました。

 今後、他の早老性疾患でのNRを利用した治療やウェルナー症候群の患者さんを対象として開発中の、他の治療薬の臨床試験や治験を実施する際の基盤となる知見を得たと言えます。本研究をもとに、ウェルナー症候群や他の早老性疾患、さらには一般的な加齢性疾患での研究が加速することが期待されます。その結果、患者さんのQOLの向上と、一般社会における健康寿命の延伸に貢献できる日が来ることを願っております。

 

■用語解説

注1)ニコチンアミド リボシド(NR):最初にビタミンとして同定され、のちにNAD⁺の3つのビタミン前駆体の1つとして認識された栄養素。牛乳や酵母に微量に含まれる。

注2)サルコペニア:加齢に伴い筋肉量が減少し、筋力と身体機能が低下する状態。日常生活の動作に困難をきたし、転倒しやすくなるなどのリスクが高まる。

注3)ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+ ):すべての細胞における重要な補酵素であり、アデノシン3リン酸産生やDNA修復を含む細胞や代謝プロセスを支える、細胞内NAD+レベルの維持に不可欠である。哺乳類では、トリプトファン、ニコチン酸、ニコチンアミド、ニコチンアミドリボシド(NR)から合成される。

注4)プラセボ:臨床試験などで用いられる偽薬のこと。見た目や味は本物の薬と同じだが、有効成分は含まれていない。

注5)CAVI (Cardio-ankle vascular index):動脈の硬さの指標であり、値が高いほど動脈が硬いとされている。基準値は、8.0未満は正常範囲であり、8.0~9.0は境界域で、9.0より高いと動脈硬化が進んでいるといえる。

注6)メタボローム解析:生体内にある代謝物質(メタボライト)を網羅的に解析する手法。薬剤や食品が代謝にどのような影響を与えるかを調べる。

 

■参考文献

1)   Kato H, et al. Orphanet J Rare Dis. 2022;17:226.

2)   Takemoto M, Yokote K. Geriatr Gerontol Int. 2021;21:131−132.

3)   Elhassan Y.S et al. Cell Reports 2019;28:1717−1728.

4)   Zeybel M et al. Adv Sci (Weinh) 2022;9:e2104373.

5)   Dolopikou C.F et al. Eur. J. Nutr. 2020;59:505−515.

6)   Elhassan Y.S et al. Cell Rep. 2019;28:1717−1728.

 

■研究プロジェクトについて

 本研究は、科学研究費助成事業(JP21K19437, JP22KK0284, JP23H00417, JP23K14705, JP24K10525), 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業(JP21FC1016, JP21FC2001, JP24FC1013), 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(JP21jm0210096, JP22ym0126066, JP23ek0109622, JP24ek0109713), NordForsk Foundation(Grant No. 119986)の支援によって行われました。

 試験薬は、米国のChromaDex社より無償で提供していただきました。また、米国NIH及びデンマークのコペンハーゲン大学所属のVilhelm A. Bohr教授の協力のもと行われた国際共同試験です。

 

■論文情報

タイトル:Nicotinamide riboside supplementation benefits in patients with Werner syndrome: A double-blind randomized crossover placebo-controlled trial

著者:正司真弓、加藤尚也、越坂理也、金子ひより、馬場雄介、石川崇広、寺本直弥、木下大輔、山口彩乃、前田由香里、稲葉洋介、仕子優樹、小澤義人、Vilhelm A. Bohr、前澤善朗、横手幸太郎

雑誌名:Aging Cell

DOI:10.1111/acel.70093

このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります

メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。

すべての画像


ビジネスカテゴリ
医薬・製薬学校・大学
ダウンロード
プレスリリース素材

このプレスリリース内で使われている画像ファイルがダウンロードできます

会社概要

国立大学法人千葉大学

75フォロワー

RSS
URL
https://www.chiba-u.ac.jp/
業種
教育・学習支援業
本社所在地
千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33  
電話番号
043-251-1111
代表者名
横手 幸太郎
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月