地域の移動支援としての電動カートが介護予防につながるか~要支援・要介護リスクを高めた電動カートの運行停止:自然実験デザインの縦断研究~
千葉大学予防医学センターの小林周平特任研究員、井手一茂特任助教、花里真道准教授、近藤克則特任教授、日本福祉大学の福定正城主任研究員、斉藤雅茂教授らの研究グループは、グリーンスローモビリティとしても知られる電動カート(図1)利用による介護予防効果を検討しました。
検証の結果、1年間で電動カートを週1回以上利用していた高齢者では電動カート運行停止4ヶ月後に要支援・要介護リスク評価尺度点数が、悪化していたことが明らかになりました。これは、地域の移動支援としての電動カートの持続的な運行が高齢者の介護予防に重要な手段となり得ることを示唆しています。
本研究結果は、2025年6月9日にJ-STAGE 日本公衆衛生雑誌に早期公開されました。
■研究の背景
超高齢社会において、地域住民の移動手段の確保は公衆衛生上の喫緊の課題です。高齢になり移動機会が減ることで歩行や活動量などが減り、将来の要介護状態につながる可能性があります。そのため、地域における移動支援は、高齢者が安心して日常生活を続けるための重要な要素です。公共交通の整備など、高齢者の日常的な移動の支援は、身体活動量の増加、抑うつや孤独感の減少、社会参加を促進することが報告されています(参考文献1)。
人口減少に伴い公共交通機関が減少する傾向の中、国土交通省は、地域の移動支援策として時速20km未満で公道を運行可能な低速移動サービスである電動カートの導入を推進しています。電動カートは、高齢者の移動支援に留まらず、利用者の生活と社会的なつながりを豊かにするまちづくりの新たな地域の移動支援として注目されています。電動カート利用者は非利用者と比較して、外出、社会的行動、ポジティブ感情などによい影響があり、将来の要支援・要介護リスクを予防する可能性があると報告されています(参考文献2)。将来の要支援・要介護リスクを予防する可能性を秘めた電動カートの運行が停止した場合、利用者の外出や社会的行動が減少し、要支援・要介護リスクが高まるかどうかはわかっていません。
そこで、本研究では2022年7月25日~2023年7月21日に大阪府河内長野市での電動カート実証事業「電動カート導入による高齢者の QOL 向上・介護予防・社会保障費抑制効果の評価等に関する研究」の運行前後および運行停止4ヶ月後の計3回の調査データを用いて利用者の要支援・要介護リスクの変化を検証しました。調査対象者は78人、平均年齢77.3歳、女性が67.9%でした。実証事業の期間中に電動カート利用頻度が 週1回以上の者は31人(39.7%)、月1~3回の者は47人(60.3%)でした。

電動カートの特徴
-時速20km未満で公道を運行可能
-ドライバーを含めて定員は最大7人
-電気駆動のため運行中の騒音が少ない
-軽自動車より車幅が狭いので狭い道でも運行可能
-乗り降りしやすく開放的なデザイン
■研究の成果
65歳以上の高齢者(大阪府河内長野市在住で要支援・要介護認定を受けておらず、地域の移動支援として電動カートを月1回以上利用している方)78人を対象に、電動カート運行停止と高齢者の要支援・要介護リスクとの関連を検証するため、自然実験デザイン(注1)の縦断研究(注2)を下記の期間で3回の調査を実施しました。
・1回目(運行前)2022年7~8月
・2回目(運行中・停止直後)2023年7~8月*
・3回目(運行停止後)2023年11~12月
(*注:河内長野市では電動カート実証事業が2023年7月22日に終了したため、当該地域に住む対象者は全てこの時期に利用停止となった。)
また、研究の主要評価項目を要支援・要介護リスク評価尺度点数(以下、リスク点数)としました。リスク点数は、高齢者の生活状況や健康状態を把握し、地域の課題を特定することを目的に実施する介護予防・日常生活圏域ニーズ調査の必須項目10問(バスや電車を使って一人で外出していないか、自分で食品・日用品の買い物をしていないかなど)および性・年齢を合わせた計12項目から構成されています。合計48点満点で、高得点であるほど3年以内の要支援要介護認定の発生が高くなることが確認されています(参考文献3)。
各時点での調査時リスク点数の平均点は、運行前で18.6点、運行中・停止直後も18.6点と変わりませんでした。しかし、運行停止4ヶ月後は19.1点と悪化していました。1年間の利用頻度別では、週1回以上の利用者(31人、39.7%)では運行前で20.7点、運行中・停止直後が20.0点とやや改善し、運行停止4ヶ月後で21.8点と悪化していました (図2)。

運行中・停止直後調査を参照群として、運行前と運行停止4ヶ月後を比較したところ、対象者全員および月1~3回の利用者では、有意な関連はありませんでした。しかし、週1回以上の利用者では、運行停止4ヶ月後で1.77(信頼区間:0.31-3.24、 p=0.017)と有意にリスク点数が高くなり、悪化がみられました (図3)。これは、電動カートが動いている時と比べて、止まった後では、リスク点数が1.77点上がっており、3年以下の要支援・要介護認定の発生が高くなることを示します。

■今後の展望
今回の検証は、地域の移動支援としての電動カートの持続的な運行が高齢者の介護予防に重要な手段となり得ることを示唆しています。本研究が、電動カートの持続的な運行を促進し、高齢者の介護予防の一助となることを期待しています。
■用語解説
注1)自然実験デザイン:研究者が意図的に介入せずに、自然に生じた環境の変化を利用して因果関係を推定する研究手法。
注2)縦断研究:同じ対象者を一定期間にわたって繰り返し調査・観察する研究手法。時間の経過とともにデータを収集することで、変化の過程や因果関係を明らかにすることができる。
■研究プロジェクトについて
本研究は、JSPS科研費(23H00060、22K17409、23K19765)、ヤマハ発動機株式会社と千葉大学予防医学センターとの共同研究契約「電動カート導入による高齢者のQOL向上・介護予防・社会保障費抑制効果の評価等に関する研究」に基づき、国立研究開発法人科学技術振興機構(JPMJOP1831)ならびにヤマハ発動機株式会社の研究助成を受けて実施したものです。日本福祉大学は千葉大学とヤマハ発動機株式会社の共同研究契約に基づき、千葉大学と研究委託契約を締結しています。
■論文情報
タイトル:公共交通としての電動カート運行停止と高齢者の要支援・要介護リスクとの関連:運行前後・運行停止後の3時点比較による縦断研究
著者:小林周平、井手一茂、渡邉良太、福定正城、花里真道、斉藤雅茂、近藤克則
雑誌:日本公衆衛生雑誌
DOI:10.11236/jph.24-139
■参考文献1
タイトル:Staying connected: alternative transportation use, neighborhoods, and social participation among older Americans
雑誌:Gerontologist 2022; 62: 75–88.
DOI:10.1093/geront/gnab084
■参考文献2
タイトル:地域在住高齢者におけるグリーンスローモビリティ導入による外出、社会的行動、ポジティブ感情を感じる機会の主観的変化: 前後データを用いた研究
雑誌:老年社会科学 45(3) 2023, 225- 238.
DOI:10.34393/rousha.45.3_225
■参考文献3
タイトル:Development of a risk assessment scale predicting incident functional disability
among older people: Japan Gerontological Evaluation Study
雑誌:Geriatr Gerontol Int 2018; 18: 1433–1438.
DOI:10.1111/ggi.13503
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