氷の上の極限生命を調査!―73種の『氷河特有動物種』を含む多様な生態系が今世紀末に消失の危機―
千葉大学環境リモートセンシング研究センターの竹内望教授が参加する国際研究グループは、これまで断片的にしか知られていなかった氷河に生息する特殊な動物種の世界規模の多様性と、気候変動による影響を解明する初の総合研究を発表しました。本研究では、過去の膨大な文献から482件の記録を精査し、氷河が単なる氷の塊ではなく、複雑な食物網を持つ豊かな生態系であることを明らかにしました。同時に、これらの動物たちはかつてないスピードで進行する氷河の融解により、深刻な絶滅の危機に直面していることを示しました。
本研究成果は、2026年6月15日(米国東部時間)に、PNASよりオンライン公開されました。
(論文はこちら:10.1073/pnas.2514455123)

■研究の背景
地球の陸地面積の約10%を占める氷河や氷床は、長らく「生命の不毛地帯」と見なされてきましたが、実際には極限の寒冷環境に適応した雪氷生物(注1)が独自の生態系を築いています(図)。しかし、これらの動物種の地球規模での多様性や気候変動との関係は未解明でした。現在、地球温暖化によって世界の氷河はかつてない速さで融解しています。雪氷生物が持つ未知の生物学的特性が解明される前に、生態系全体が消失してしまう恐れがあるため、その実態解明と将来の絶滅リスクの科学的予測が急務となっています。
■研究成果のポイント
1. 世界初の「氷河動物データベース」の構築:世界各地の文献資料を統合し、世界初の包括的なデータセットを構築しました。氷河にはワムシ、クマムシ、氷河の上で一生を過ごす昆虫やミミズなど、7門14綱152種もの動物が生息しており、そのうち73種は、氷河特有動物種(注2)であることが判明しました。
2. 生死を分ける「風」による移動能力:風で運ばれる微小動物(クマムシなど)は広く分布する一方、自立歩行する昆虫などは分布が局所的で、氷河を跨いだ分散が限定的であることが示唆されました。また、過去の気候変動が比較的安定していた地域ほど、現在も多くの種が生き残っているという歴史的背景も明らかになりました。
3. 生息地の「完全消滅」という未来予測(2100年):最新の氷河融解シミュレーションと、今回収集した動物たちの分布データを合わせた結果、中程度の温暖化シナリオであっても、2100年までに氷河特有動物種の多くが生息地を失うことが予測されました。特にアルプスやスカンジナビア、コーカサス山脈などでは、複数の固有種が生息地の氷河を完全に失い、生態や進化の歴史が解明される前に地球上から姿を消す恐れがあります。
■今後の展望
本研究は、世界の氷河にのみ生息する氷河特有動物種が、今世紀中の氷河融解によって生息地を奪われ、地球上で最も深刻な絶滅の危機に直面する生物群の一つであることを証明しました。2025年の「国際氷河保存年」を契機に、氷河の物理的な消失だけでなく、そこに宿る生命の多様性の保全も考える必要があります。今後は、実験室での飼育による保護(生息域外保全)など、従来の枠組みを超えた保全策の検討が求められています。
■用語解説
注1)雪氷生物:氷河や氷床、積雪などの極寒の環境に適応し、そこで一生またはその一部を過ごす生物種。藻類などの光合成微生物に加え、その生産物に支えられた従属栄養性の動物種が含まれる。
注2)氷河特有動物種:氷河という極限の低温環境下でしか生存・繁殖できない、極めて特殊化した動物種。
■論文情報
タイトル:The global diversity and decline of glacier animals
著 者:Andrea Simoncini, Isabel Cantera, Simone Giachello, Barbara Valle, Mauro Gobbi, Diego Fontaneto, Krzysztof Zawierucha, Ronald Laniecki, Stephen Coulson, Valeria Lencioni, Sophie Cauvy-Fraunié, Alejandra Moràn-Ordóñez, Gianalberto Losapio, Nozomu Takeuchi, Qiao Liu, Daniel Shain, Heather Fair, Karel Janko, Miloslav Devetter, Marco Antonio Jiménes-Santos, Marie Šabacká Mattia Falaschi, Silvio Marta, Gentile Francesco Ficetola
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
DOI:10.1073/pnas.2514455123
■研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(26247078, 19H01143, 24H00260の助成を受けて行いました。
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像
