次世代センサ「イベントカメラ」をコンピュータ上で忠実に再現 ―光の経路をたどる物理シミュレーションで高速・高精度なイベント生成を実現―
千葉大学大学院融合理工学府博士前期課程の真鍋悠一郎氏(研究当時)、同大大学院情報学研究院の久保尋之准教授、早稲田大学理工学術院の森島繁生教授、一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科の谷田川達也准教授らの研究チームは、明るさの「変化」をマイクロ秒レベルで捉える次世代センサ「イベントカメラ(注1)」の撮像機序を忠実に再現し、コンピュータ・グラフィックスで作られた動的な三次元シーン内を模擬的に撮像できる技術を開発しました。この技術は、通常のカメラが撮影する明るさに相当する量を任意の時間において忠実に計算し、イベントの発生時刻を効率よく絞り込む、新たなシミュレーション手法です。特に、任意時間の明るさの計算を、物理的に忠実なパストレーシングによって効率的に行う計算アルゴリズムが今回の研究成果の最も優れた点として評価されました。
今回の研究成果は、実機の入手性が限られるうえ、大規模な撮影データの収集が容易ではないためデータ基盤の整備が困難なイベントカメラを対象とする研究開発の加速、特に自動運転・ロボットなどに向けたAIの学習用データ生成に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2026年9月17日に国際学術誌IEEE Transactions on Visualization and Computer Graphicsにてオンライン公開されました。
論文はこちら:10.1109/TVCG.2026.3726999

■研究の背景
私たちが普段使うデジタルカメラは、フレームと呼ばれる静止画を一定の時間間隔で何度も撮影します。一方、イベントカメラは、生物の網膜の仕組みにヒントを得た新しいセンサで、明るさに変化が生じた際に、各画素で独立に検出します。そのため、イベントカメラには、全ての画素が一様に明るさを記録する通常のデジタルカメラと比べ、マイクロ秒レベルのきわめて高い時間分解能と低消費電力、広いダイナミックレンジを実現できます。この特性から、高速で動く物体の追跡や三次元計測、自動運転など幅広い分野で、イベントカメラの応用が期待されていますが、イベントカメラのようにマイクロ秒レベルの時間分解能を実現しようとすると、同じ1秒間の映像に何十万枚もの画像を計算する必要があり、その膨大な計算コストが大きな技術課題となっていました。
■研究成果のポイント
今回の提案技術では、フレーム画像を介さず、光の経路を物理的に追跡する「パストレーシング(注2)」によって任意画素における任意時刻の明るさを直接計算し、イベント発生時刻を精密に割り出す、新たなシミュレーション技術を開発しました。通常、パストレーシングはその厳密さにより多くの計算を必要としますが、時間区間を半分に分割して明るさの変化が一定量を超える時刻を探索する「二分法(注3)」、明るさの変化が統計的にどの程度起こりそうなのかを早期に見定める「統計的仮説検定(注4)」を組み合わせることで、高い時間分解能のイベント列を素早く検出できます。
実験の結果、本手法はフレーム画像を基にする既存のシミュレータと比べて、高品質なイベントデータを生成できることを確認しました(図1)。また、統計的仮説検定による計算の打ち切りとGPU向けの最適化を併用することで、二分法のみを用いる場合に比べて計算時間を約3分の1に短縮できることを示しました。
■今後の展望(研究者コメント)
イベントカメラは、高速な現象の計測や自動運転、ロボットの視覚など、これからのコンピュータビジョンを支える重要なセンサになると考えています。本研究のシミュレータを使えば、実機がなくても多様な条件のイベントデータをコンピュータの中で作り出せるため、データ不足に悩むイベントカメラ研究の裾野を広げることができると期待しています。
■用語解説
注1)イベントカメラ:一定間隔で画像(フレーム)を撮影する通常のデジタルカメラと異なり、画素ごとに明るさの変化を「イベント」として独立に検出する次世代型のセンサ。マイクロ秒レベルの高い時間分解能、低消費電力、広いダイナミックレンジという特長があります。
注2)パストレーシング:光が三次元シーンの中で反射や屈折を繰り返してカメラに届くまでのパス、すなわち光の伝達経路を複数追跡することで、物理的に正しい明るさを計算するCG映像の計算手法の一つ。映画などの高品質なCG映像制作だけでなく、厳密な光の伝達を調べるための科学技術計算で広く使われています。
注3)二分法:時間的、空間的な数値の変化が一定のしきい値を超える場所を検出する際、調べる区間を半分ずつにせばめながら、時間的・空間的な位置(本研究では明るさの変化が一定量を超える時刻)を精密に求める探索アルゴリズム。
注4)統計的仮説検定:データのばらつきを考慮して、ある仮説が正しいといえるかどうかを統計的に判断する手法。本研究では「この時間区間ではイベントが発生しない」と判断できる区間の計算を早めに打ち切るために用い、不要な計算を大幅に削減しています。
■論文情報
タイトル:Path-Tracing-Based Event Camera Simulation via Event-Adaptive Time Refinement
著者:Yuichiro Manabe, Tatsuya Yatagawa, Shigeo Morishima, Hiroyuki Kubo
雑誌名:IEEE Transactions on Visualization and Computer Graphics
DOI:10.1109/TVCG.2026.3726999
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援によって実施されました。
・日本学術振興会(JSPS) 科研費(JP24K02953、JP25K21810)
・科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(JPMJFR206I)
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