旧石器時代末期の狩猟対象を放射光X線CTで解明─特別史跡「福井洞窟」出土、約1万6千年前の焼骨片を非破壊で動物種推定─
NSGグループの新潟医療福祉大学の澤田純明教授らによる共同研究グループは、特別史跡「福井洞窟」(長崎県佐世保市)から出土した約1万6千年前の微小な焼骨片について、大型放射光施設SPring-8の高分解能X線CTを用いた非破壊分析に成功しました。骨組織学的解析の結果、これらの骨片がシカやイノシシなどの中型偶蹄類である可能性が高いことが判明しました。
本成果は、旧石器時代末期の人類による動物資源利用の実態を示すとともに、ナウマンゾウなど大型獣の絶滅プロセスを解明するうえでも重要な意義を有するものです。
■概要
微小な焼骨片を非破壊で分析
大型放射光施設SPring-8の高分解能X線CT(以下、放射光X線CT)を用い、長崎県福井洞窟の旧石器時代末期(約1万6千年前)の地層から出土した1cm未満の焼骨片について、内部の骨組織を非破壊で可視化することに成功しました。
中型偶蹄類に由来する可能性を示す
骨の微細構造(オステオンやハバース管)の組織学的分析により、出土骨片はシカやイノシシなどの中型偶蹄類に由来する可能性が高いことを明らかにしました。一方で、ナウマンゾウなどの大型哺乳類やヒトの骨である可能性は否定されました。
断片化した骨を分析する新手法
DNAやタンパク質が変性した焼骨であっても動物種に関する情報を引き出せる本手法は、骨の保存状態が悪い日本列島の旧石器時代研究において、人類と動物の関係や大型哺乳類の絶滅過程の解明に貢献する新たな分析手法です。


■研究の背景
日本列島には1万4千箇所以上の旧石器時代遺跡が存在しますが、火山灰由来の酸性土壌や温暖湿潤な気候の影響により骨の保存状態が悪く、動物骨が出土した例はきわめて限られています。そのため、旧石器時代人がどのような動物を狩猟していたのかは十分に解明されていません。
長崎県佐世保市の「福井洞窟」は、旧石器時代から縄文時代草創期にかけての重要な岩陰遺跡で、旧石器時代末期(約1万6千年前)の地層から焼けた骨片が出土しています。しかし、それらはいずれも1cm未満の細片であり、肉眼による種の識別は不可能でした。しかも、高温で焼かれていたためDNAやタンパク質を用いた分析も困難でした。
■研究の方法
本研究では、貴重な骨資料を損なうことなく内部構造を観察するため、ビームラインBL20B2において、放射光X線CTによる撮影を行いました。得られた骨組織像について、被熱による収縮の影響を考慮したうえで、ゾウ、ヤベオオツノジカ、ニホンジカ、イノシシ、バイソン、クマ、ヒトなどの様々な比較標本と統計的に比較して、出土骨片の組織学的特徴がどの動物に近いのかを検討しました。
■主な成果
1. 微細骨組織の非破壊観察に成功
1cm未満に断片化した焼骨から、「オステオン」や「ハバース管」といった骨の微細構造を非破壊で観察することに成功しました。
2. 中型偶蹄類に由来する可能性が高いことを確認
オステオンおよびハバース管の断面積の統計解析により、出土骨片はシカやイノシシなどの中型偶蹄類の範囲に収まることが示されました。
3. 絶滅大型哺乳類およびヒトの可能性を否定
旧石器時代に絶滅したナウマンゾウやヤベオオツノジカなどの大型哺乳類、およびヒトに由来する可能性は否定されました。
4. 旧石器時代末期の狩猟対象の解明
従来の「大型獣狩猟」イメージに対し、少なくとも旧石器時代末期の福井洞窟では、シカやイノシシなどの中型偶蹄類が狩猟対象であった可能性を示しました。
■今後の展望
本研究は、これまで種の同定が困難であった断片化した焼骨であっても、放射光X線CTを用いたイメージング技術により、動物種を識別しうる重要な情報を抽出できることを示しました。非破壊で分析できる本手法は、文化財保護の観点からも有用です。骨の保存に適さない日本列島において、旧石器時代の人類による動物利用や、大型哺乳類の絶滅過程を明らかにするうえで、本研究の手法が有効なアプローチになると期待されます。
■用語解説
福井洞窟:長崎県佐世保市にある岩陰遺跡。旧石器時代から縄文時代への変遷を示す重要性から、2024年に国の特別史跡に指定されました。
大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設。利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前は Super Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
放射光X線CT:放射光をX線光源として用いて物体内部の様子を非破壊かつ高い空間分解能で撮影する技術です。様々な方向から物体の透過像を撮影し、コンピューター上で再構成することにより、その内部微細構造を3次元で可視化することができます。
オステオン:骨を構成する同心円状の層板構造。中心に血管の通るハバース管があります。その大きさは動物種類によって異なっており、種同定に利用できます。
焼骨:高温で焼かれ、有機成分が消失して白っぽくなった骨。化学的に変性し、DNAやタンパク質の分析は極めて困難とされています。
■研究メンバー(著者順)
澤田 純明(責任著者、新潟医療福祉大学 自然人類学研究所/理学療法学科)
米田 穣(東京大学 総合研究博物館)
上杉 健太朗(高輝度光科学研究センター/分光・イメージング推進室)
星野 真人(高輝度光科学研究センター/分光・イメージング推進室)
渡邊 誠也(兵庫県警察本部 科学捜査研究所)
宮本 直樹(兵庫県警察本部 科学捜査研究所)
鵜澤 和宏(至誠館大学 現代社会学部)
樋泉 岳二(明治大学 研究・知財戦略機構)
安保 凜(新潟医療福祉大学 理学療法学科)
佐伯 史子(新潟医療福祉大学 自然人類学研究所)
栁田 裕三(佐世保市教育委員会)
■論文情報
・タイトル:Non-destructive histomorphological identification of Late Pleistocene burned bone fragments using synchrotron radiation X-ray CT at SPring-8(SPring-8の放射光X線CTを利用した後期更新世焼骨片の非破壊的種同定)
・著者名:Junmei Sawada, Minoru Yoneda, Kentaro Uesugi, Masato Hoshino, Seiya Watanabe, Naoki Miyamoto, Kazuhiro Uzawa, Takeji Toizumi, Rin Anbo, Fumiko Saeki, Yuzo Yanagita(澤田純明・米田穣・上杉健太朗・星野真人・渡邊誠也・宮本直樹・鵜澤和宏・樋泉岳二・安保凜・佐伯史子・栁田裕三)
・掲載誌:Scientific Reports (サイエンティフィック レポーツ)
・発表日:2026年5月19日
・DOI:10.1038/s41598-026-50208-8
■研究費
科研費 挑戦的研究(萌芽)「SPring-8のマイクロCTを利用した福井洞窟出土縄文草創期焼骨群の種同定」(課題番号18K18533)
■連絡先
・論文著者
新潟医療福祉大学 自然人類学研究所/理学療法学科
教授 澤田純明(さわだ じゅんめい)
電話 025-257-4704(直通)
メールアドレス junmei-sawada@nuhw.ac.jp
・福井洞窟についての問い合わせ先
佐世保市教育委員会 文化財課
武尾・栁田(たけお・やなぎた)
電話 0956-24-1111(内線3125)
メールアドレス bunzai@city.sasebo.lg.jp
・SPring-8 / SACLAに関すること
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部 普及情報課
電話 050-3502-3763
メールアドレス kouhou@spring8.or.jp
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