【新潟医療福祉大学】がんドライバー遺伝子異常の多くは、タンパク質量への影響が限定的
― マルチオミクス解析で分子階層間の情報伝搬を定量化 ―
新潟医療福祉大学医療情報経営学部健康データサイエンス学科の中野永講師は、バイオインフォマティクスを用いて7種類のがん・754症例のマルチオミクスデータを統合解析し、がんのドライバー遺伝子異常の影響がmRNA発現を経てタンパク質量までどの程度保たれるのかを定量的に評価しました。その結果、多くのドライバー遺伝子異常では、その影響がタンパク質量まで一貫して強く伝わるとは限らないことを示しました。本研究成果は、国際対がん連合(UICC)の公式学術誌International Journal of Cancerに2026年7月16日付で掲載されました。
研究について
【研究背景】
近年、がん治療では患者一人ひとりの遺伝子変異に応じて治療薬を選択する「精密医療」が進められています。一般的には、DNAに生じた遺伝子変異がmRNAの発現変化を引き起こし、さらにタンパク質量や細胞機能の変化につながると考えられています。この考え方は、現在のがん治療や治療標的の選択を支える重要な基盤となっています。
しかし、遺伝子変異の影響がDNAからmRNA、さらにタンパク質量へどの程度伝わるのかについては、これまで十分に定量化されていませんでした。
そこで本研究では、Clinical Proteomic Tumor Analysis Consortium(CPTAC)が公開する7種類のがん・754症例のマルチオミクスデータを用いて、ゲノム、mRNA発現量、タンパク質量、リン酸化データを統合解析しました。

【主な結果1:ドライバー遺伝子異常からmRNA発現、タンパク質量への情報伝搬を定量化】
本研究では、ドライバー遺伝子異常の影響がmRNA発現を経て、さらにタンパク質量までどの程度保たれるかを評価する独自の解析指標を構築しました。バイオインフォマティクスと統計解析を組み合わせることで、分子情報の伝わり方を定量的に評価しました。
【主な結果2:強い情報伝搬は約6%にとどまる】
86の遺伝子・がん種の組み合わせを解析した結果、評価可能であった83組のうち、ドライバー遺伝子異常の影響がmRNA発現を経てタンパク質量まで強く保たれていたのは、5組(約6%)でした。多くのドライバー遺伝子異常では、その影響がタンパク質量まで一貫して強く伝わるとは限らないことが、定量的に示されました。ただし、タンパク質量まで強く伝わらないことは、その遺伝子異常ががんで重要ではないことを意味するものではありません。遺伝子異常は、タンパク質の量を大きく変えなくても、その働き(活性)、細胞内での位置、他の分子との結合、分解、リン酸化などを介して、がんの性質に影響する可能性があります。なお、本研究では、これらの機能的影響を直接評価していません。

【主な結果3:精密医療におけるマルチオミクス評価の必要性を示唆】
本研究成果は、がん治療の標的やバイオマーカーを評価する際には、遺伝子変異だけで判断するのではなく、mRNAやタンパク質量、リン酸化など、複数の分子階層の情報をあわせて評価する必要性を示唆しています。
本研究で構築した解析枠組みは、今後、独立したデータや実験的検証を重ねることで、治療標的やバイオマーカーの機能的評価を補完する基盤となる可能性があります。
【研究者のコメント】
がんの遺伝子変異は、治療標的を選択する重要な手がかりです。しかし今回の研究から、多くのドライバー遺伝子異常では、その影響がmRNAやタンパク質量まで一貫して強く伝わるわけではないことが分かりました。本研究では、ゲノム、mRNA発現量、タンパク質量などのマルチオミクスデータを統合し、分子情報がどこまで伝わるかを定量的に評価しました。今後は、遺伝子異常の影響がどの分子階層で弱まり、あるいはタンパク質量の変化ではなく、活性や修飾などの形で現れるのかを明らかにし、治療標的やバイオマーカーのより適切な評価につなげたいと考えています。
【原論文情報】
論文名:Pan-cancer quantification of driver alteration transmission across molecular layers reveals limited propagation to protein abundance
著者:Hisashi Nakano
所属:Department of Health Data Science, Niigata University of Health and Welfare
掲載誌:International Journal of Cancer
※国際対がん連合(UICC:Union for International Cancer Control)の公式学術誌
出版社:Wiley
DOI:10.1002/ijc.70657
【研究者情報】
新潟医療福祉大学 健康データサイエンス学科
講師 中野 永
【新潟医療福祉大学】 https://www.nuhw.ac.jp/
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