ブレインヘルス・ニュースNo.23 コーデックスにおける乳児用粉ミルクのアラキドン酸についての言及
母乳に代わる赤ちゃんの大切な栄養源である粉ミルク。その国際規格の改定案が、今年7月に行われたコーデックス総会(Codex:Codex Alimentarius、事務局:ローマ)で採択された。新しい規格では、粉ミルクにDHA(ドコサヘキサエン酸)を配合する場合は、同時にアラキドン酸(ARA)にも配慮することが望ましいことが言及された。
DHA同様、アラキドン酸(ARA)も本来、母乳に含まれる成分である。日本ではアラキドン酸(ARA)を増強した乳児用粉ミルクがすでに発売されているが、母乳含量までの増強には至っていない。日本も参加するコーデックスの今回の決定は、どのような意味を持つのか。臨床栄養学に詳しい、徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部教授の武田英二氏に解説してもらった。
DHA強化の粉ミルクにはアラキドン酸の添加を
生まれてから離乳食が始まるまでの間、赤ちゃんはお母さんのおっぱいを唯一の栄養源として育つ。その母乳が不足していたり、何らかの理由で母親が母乳を与えられない場合には、育児用調整乳、いわゆる粉ミルクで代用されることになる。
乳児用の粉ミルクは、主に牛乳を原料として作られる。そのままではタンパク質や脂質、ミネラルなどの組成が母乳と大きく異なるため、乳児に適さない成分を除いたり、必要な成分を補うなどして、成分調整が行われる。
日本で販売される粉ミルクは、健康増進法により一定の規格が定められているが、DHAやヌクレオチド、タウリンなど、母乳の組成に近づけるため、各メーカーが任意で配合している成分もある。
この乳児用粉ミルクについて、今年7月にローマで開かれたコーデックス総会で、新しい国際規格が承認された。コーデックスはFAO(国連食糧農業機関)とWHO(国際保健機関)の合同機関として1962年に設置された組織で、国際的な食品規格(コーデックス規格)の策定などを行っている。日本の参加は1966 年からで、現在では170 カ国以上がこの組織に参加している。新しい規格では「もしDHA を乳児用ミルクに添加する場合、アラキドン酸(ARA)含量は少なくともDHA と同濃度にすることが望ましい」ことが言及されている。
DHA+ARAで、乳児の知能、運動能力が向上
アラキドン酸(ARA)とDHA は、どちらも母乳中に含まれている成分だが、粉ミルクの主原料となる牛乳には、ほとんど入っていない。
日本では、世界に先駆けてDHAが強化された乳児用粉ミルクが販売されており、アラキドン酸(ARA)への配慮も一部乳児用粉ミルクメーカーですでに始まっている。欧米では粉ミルクへのアラキドン酸(ARA)の添加はすでに一般的で、特に米国ではFDA(米国食品医薬品局)が、乳児に対するその安全性を認めたこともあり、スタンダードになりつつある。世界的に見ても、アラキドン酸(ARA)を配合している粉ミルクが発売されている国は、60 カ国を越える。
アラキドン酸(ARA)やDHA の乳児に対する影響については、乳児の知能や運動能力の発達を促すことが多くの研究によって示されており、これが粉ミルクへの添加の科学的根拠になっている。今回のコーデックスの決定で、国際的にその有用性が認められたことになる。
近年報告された研究をひとつ紹介しよう。実験では生後5日以内の乳児56人を3つのグループに分け、「DHA もアラキドン酸(ARA)も配合していない粉ミルク(無添加グループ)」、「DHA 配合の粉ミルク(DHA グループ)」、「DHA とアラキドン酸(ARA)の両方を配合した粉ミルク(DHA + ARA グループ)」を、生後5日目から17週目まで各グループに与えた。そしてその乳児らが生後18カ月を迎えたところで、彼らの総合的な知能、及び運動量を調べた。
まず歩行、ジャンプ、お絵描きといった「精神運動発達指標」では、グループ間に有意な差は認められなかったものの、「DHA + ARA グループ」では全米平均を上回る結果が得られた(図1)。一方、記憶や単純な問題の解決力、言語能力を見た「精神発達指標」においては、「DHAグループ」とは差がないものの、「無添加グループ」と比べて、「DHA + ARA グループ」は有意に高い値であることが示された(図2)
注目される日本の対応。日本の粉ミルクはどう変わる?
今回のコーデックスの決定について、小児科医としての経験も長い武田氏は「アラキドン酸(ARA)は、日本では一部の乳児用ミルクで考慮されている。コーデックスの国際規格の変更で、具体的な動きが見られるようになるかもしれない。粉ミルクへのアラキドン酸(ARA)配合においては、その国の母乳のレベルの意味について、まず十分理解する必要があるだろう。各国の母乳組成が報告されている中で、日本人の母乳ではDHA 含量の方がアラキドン酸(ARA)含量よりも2倍ほど多く、魚を食べる機会が多い食生活が反映されている」と語る。
アラキドン酸(ARA)はDHA などとともに、体内で細胞膜の原料として使われる。そのため成長の著しい乳児期には特に重要で、母乳にアラキドン酸(ARA)やDHA が含まれる理由もそこにあるのではないかと考えられている。またこの時期は体だけでなく、脳の神経細胞が急速に増える時期でもある。先に述べたように、DHA やアラキドン酸(ARA)の摂取が、乳児の知能や運動能力の発達を促進することも、このことと無関係ではないだろう。
大人の場合、アラキドン酸(ARA)は体内でリノール酸から十分量作られる。しかし乳児の場合、リノール酸からアラキドン酸(ARA)への変換能力は非常に低く、アラキドン酸(ARA)そのものを与える方が効果的であることが、最近の研究で示されている。これは特に未熟児に言えることで、未熟児にアラキドン酸(ARA)を与えることはさらに重要となる。以上のようなことから、粉ミルクに適量のアラキドン酸(ARA)を添加することは妥当な措置、というのが武田氏の考えだ。
コーデックスが定める国際規格に強制力はない。具体的な対応は各国に任されている。今回の決定を受けて、日本の粉ミルクはどう変わるか。今後の動きに注目したい。
※1 アラキドン酸(ARA)
細胞膜を構成する主要な不飽和脂肪酸。体の組織のいたるところに存在するが、特に記憶との関係が深い海馬を中心に脳にも多く含まれ、そのため脳の機能そのものに大きく関わっていることが、最近の研究結果から明らかになりつつある。食品では肉や卵、魚などに含まれ、食事からの摂取が必要な「必須脂肪酸」のひとつに数えられている。
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