特許権の件数と株価指標の間の関係性に関する論文発表について
一般消費者向け食品事業を展開する日経平均構成上場企業における調査結果、月刊パテント誌6月号に掲載
今回の研究内容の概要
渡辺浩司氏は、一般消費者向け食品事業を展開する日経平均構成上場企業を調査対象として、特許権と株価指標との統計上の関係性を調査しました。なお、一般消費者向け食品事業を展開する日経平均構成上場企業を調査対象とした背景には、株価指標が業界や、需要者層により異なっていることがあります。食品企業は、上場企業であっても多角経営の傾向が低いことが知られているため、これにより、業界の違いや、需要者の違いによる株価指標への影響が排除できます。
調査の結果、各決算期末の時点で、特許権の件数が多い企業ほど、営業キャッシュフローに対して、株価が割安に評価されていることが判明しました(下図)。この営業キャッシュフローに対する株価の割安さは、調査範囲内において、統計的に有意な結果でした。
なお、営業キャッシュフローとは、営業利益に似た指標で、営業活動による現金の収支を示すものです。営業利益は、現金の支出が伴わなくても売上から費用として控除された上で計算されています。しかし、営業キャッシュフローには、営業活動による、純粋な現金収支が反映されています。
この結果を踏まえ、渡辺浩司氏はさらに検討を重ねたところ、この営業キャッシュフローに対する株価の割安さは、決算発表後に解消していること、特許権の件数が多い企業ほど利益成長性が高い傾向にあること、をそれぞれ統計的に証明しました。
以上の結果は、企業がより多くの先行投資を実施することにより、利益の成長性が高まり、営業キャッシュフローが増加する傾向となることを示唆しています。そして、このような営業キャッシュフローの増加が、決算発表として公表されることにより、企業の株価が上昇に転じている可能性が示唆されます。
研究の経緯
長年、企業の成長性と先行投資には、関係性があることが指摘されていました。しかしながら、そのような関係性を統計的に証明した事例は、これまでほとんど知られていませんでした。この背景にある理由の1つは、決算書等において、先行投資指標を普遍的・包括的に評価する科目が存在しないことです。また、先行投資の成果物である技術的資産の価値評価が困難であったことも原因の一つとして挙げられます。
このような状況下において、特許庁と三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社は、2019年に公表した「中小企業の知的財産活動に関する基本調査」において、 特許権を保有している中小企業等と、特許権を保有していない中小企業の売上高営業利益率や、ROA (Return On Asset)を比較した結果を公表しています。それによれば、特許権を保有している中小企業等では、特許権を保有していない中小企業に比較して、売上高営業利益率や、ROAが高くなる、という結果となりました。
渡辺浩司氏は、このような事実に着目し、一般消費者向け食品事業を展開する日経平均構成上場企業において、特許権の件数と各種財務指標との相関を調査しました。その結果、特許権の件数が多いほど、売上高営業利益率やROA(総資産営業利益率)が上昇していることを統計的に証明することに成功しました。この成果について、特許権の件数は先行投資の多寡を判断する一つの指標とも捉えられます。よって、より多額の先行投資を重ねることにより、製品により高い競争力が付与されている、とも判断できます。その背景には、先行投資による、付加価値の付与や、製造プロセスの効率化等があるものと渡辺浩司氏は考えています。
今回の研究成果は、これまでの渡辺浩司氏による研究や、特許庁・三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社等による研究を踏まえ、先行投資指標の一つとして捉えられる特許権の件数が、株価指標や企業価値にどのような影響を与えるかについて、研究したものです。
研究成果の社会的意義
平成バブル崩壊以降、日本経済は、長期に及ぶ停滞が続いています。このような日本経済の現状は、失われた30年とも呼ばれ、政府・日銀は、持続的な経済対策、金融緩和を継続して、日本経済の再興を試みています。
一方、米国市場では、GAFAM等のIT企業群が多額の先行投資を実行し、その果実を享受して高い売上成長性を維持しています。同時に、各種のスタートアップ企業、ユニコーン企業も多く誕生しています。米国経済の持続的成長は、イノベーションによる経済成長を達成した最も卑近な事例であり、「知財立国」を掲げる日本政府も、この米国経済の例を参考に日本経済の活性化を試みているものと考えらます。
先行投資やその成果物である知的財産権が、企業の成長性や企業価値に与える影響が判明することにより、金融機関や、ベンチャーキャピタル等が知的財産権の件数等を指標として、資金提供を行っていくことへの理由づけを提供することもできます。本研究は、今後の研究如何により、日本における「イノベーションによる経済成長」に貢献しうるものと考えています。
実施した調査の詳細
【調査対象期間】2015年度から2018年度、合計4年度分
【調査対象企業】調査対象企業は、日経平均構成上場食品企業のうち、一般消費者向け食品事業が、総売上の過半を占める企業に限定した。日経平均構成上場食品企業のうち、日清製粉グループ本社、日本たばこ産業については、一般消費者向け食品事業が売上の過半を占めていないためデータ対象から除外した。また、味の素については、グループ全体で保有する特許権のうち、半導体関連事業に関係する特許権が過半を占めていたため、データ対象から除外した。
【特許権数調査】J-PlatPatを調査対象DBとし、各対象企業及びその連結子会社について、該当年度1年を通じて有効に存続する特許権の件数を計数し、連結子会社については、議決権割合を乗じて、対象企業の特許権の件数に加算。
【決算データ分析】各対象企業の各年度有価証券報告書を調査。
【統計分析】相関係数については、主に、ピアソンの積率相関係数を算出するとともに、一部、スピアマンの順位相関係数も併せて算出した。各相関係数について、Student t検定を利用した無相関検定を実施した。
株式会社サンビジネス専務取締役 高山隆裕氏のコメント
渡辺さんは知的財産の役割や可能性について何時も真摯に考えており、弊社に入社する前から知財価値評価関連の論文を精力的に発表しています。今回、月刊パテント誌6月号に掲載した内容もこれに類するものです。ライフワークとなっている彼のこの取組を実際のビジネスにも活かすことで、知財を通じて日本企業が成長できる足掛かりになるよう、更に完成度の高いものにしていきたいと考えております。
株式会社サンビジネス知財IT業務部 弁理士 渡辺浩司氏のコメント
特にスタートアップや中小企業は、土地・建物等の有形固定資産を保有していないことが多いことが知られています。先行投資の成果として企業の成長性が高まるのであれば、先行投資の成果物である知的財産権の経済的価値が高まり、技術開発を主とするスタータアップや中小企業の資金調達を容易にできる可能性がありえます。今後、今回の研究成果を踏まえ、無形固定資産の経済的評価や、知的財産の流動性(=現金化のしやすさ)について、研究を進めていきたいと思っています。
株式会社サンビジネスについて
1971年創業、資本金9,000万円、従業員数約60名。知的財産・知的財産管理に関係する技術支援・ソリューション提供やコンサルティング、翻訳等に加え、各種出版関連事業、シンクタンク事業等を幅広く展開。知財IT業務部では、知財管理システムANAQUAを中心として、主に上場企業に情報技術と知的財産の両側面からソリューションを提供している。
本研究成果の掲載論文
渡辺浩司、「特許権が企業価値に与える影響と知財情報開示の重要性-インカムアプローチからの考察-」月刊パテント Vol.76, No.6, p.120-126(2023)
参考文献
(1) 特許庁、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社、「平成30年度中小企業等知財支援施策検討分析事業『中小企業の知的財産活動に関する基本調査』報告書」(2019)
(2) 渡辺浩司、武井健浩、「プロセス・イノベーションが上場企業の経営指標に及ぼす影響」月刊パテント Vol.74, No.5, p.78-84(2021)
(3) 渡辺浩司、武井健浩、「スタートアップの資金調達と知的財産権の役割」月刊パテント Vol.74, No.1, p.95-101(2021)
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