新規就農者の気候変動対策は“観る力”“聞く力”“つながる力”で ~丹波市立農の学校~
初心者から本格的な有機農業が学べる社会人向けの全日制農業学校、丹波市立農の学校(みのりのがっこう)では、近年の異常気象の頻発や農業を取り巻く社会環境の急激な変化を踏まえ、関連講義の充実に加え、地域の農家への研修や交流の機会を改めて強化している。
狙いは、様々なリスクに際して、最前線の農家と同じ目線で観察し考える力を養うことと、先輩農家たちに相談しながら解決する関係性を築くこと。背景には、約50年に渡って都市住民と共に有機農業に取り組み、地域ぐるみで多くの新規就農者を育ててきた「有機の里」の歴史がある。
1.令和6年度、座学や研修受け入れなど地元農家は約30軒
今期、農の学校の授業カリキュラムの中で座学や視察、作業研修などを受け入れた地元農家は28軒、さらに毎年休日の課外で田植えイベントなどに受講生を受け入れる農家もあり、また過去5年間に新規就農した卒業生の農場を学校講師とめぐる実習も毎年実施している。学びを通じた地元農家とのつながりは卒業後も続き、就農後の農業スキルアップや共同出荷など、就農初期のスムーズな経営スタートに寄与している。
一方、座学では関東や信州で活躍する農家を含め、地域外の10~12農家が毎年栽培技術や農業経営の実際を講義し、さらに農産物の流通や農業会計、農育、スマート農業など農家と伴走して第一線で活躍するプロフェッショナルも登壇する。
そうした市内外の農家間や講師との間にもつながりがあり、ノウハウの比較など、学びがより深まるカリキュラムとなっている。
2.土台は「観察力」。聞く力の前に必要なのは、体系的な農業知識と体験
今年の夏から秋にかけては、例年にない高温と少雨、短時間の大雨など極端な気象が作柄に大きな影響を及ぼした。こうした気候対策について、農の学校では、学校講師と共に地域の有機農業者団体の勉強会に参加するなど、最前線の情報に触れる機会も持った。
ただし、農業初心者がいきなりプロの目線で「観察」し「考える」ことは本来とても難しい。「入学後1か月目に初めて訪問した農家では、何を質問すれば良いのかすらわからなかった」と受講生たちは振り返るが、夏に開催された気候対策の野外勉強会では、受講生からも積極的な質問が出た。4月から約4カ月間の実践的な学びを通じて、プロ同様とはいわないまでも、確かな「観察力」や基礎知識が身についてきた証といえる。
丹波市立農の学校の学びの基本は、「農作物が本来の「育つ力」を発揮できるように田畑の環境を整える」という有機農法の考え方。ベテラン農家が五感で季節変化を感じ取り、農作物の成長を見極めて農作業を進めることにならい、同様の「観察力」を毎日畑で養いながら、それを体系づける理論も学んで補う。約2haの農場では、年間50品目以上の野菜やコメなどの作物を栽培しており、全授業時間の約7割を農場実習に充てる実践重視のカリキュラムによって、多様な作業体験に裏打ちされた観察力を養っている。
3.大小さまざまな営農スタイルの有機農家を訪問し、手を動かし、質問する
農の学校では、地域の農家による研修を、座学、視察、作業研修の3段階で組み、大小さまざまな営農スタイルの農家約30軒が協力する。座学では校舎でスライドや図表を用いて学び、季節を超えた栽培サイクルや経営、資源循環の仕組みなどを学ぶ。一方、視察では全員で農家の圃場や作業場に足を運び、現場ならではの工夫や技術の勘どころを見学する。さらに、作業研修は希望制とし、自分の希望する営農スタイルに近い農家や、自分が興味を持った技術に関する作業を選ぶ。少人数で実際に作業を習い手伝いながら、作業手順の意味やプロのスピード、畑の管理方法、機械の使いこなしなどを体感し、将来の就農に生かす。
農作物の基本知識を理解し、農作業を密に経験した上で有機農家を訪問すると、その農家がおこなっている作業上や経営上の工夫が推測でき、畑で育つ農作物の健康状態や異変も見えてくるようになる。「なぜこの方法、手順を選んだのか?」「なぜ、この機械を選んだのか?」「なぜ、学校の作物より、この畑の方が1週間以上早く育て始めているのか?」そうした質問に、研修先の先輩農家が丁寧に答えてくれる。
さらに、実際のその農家の指示の下で作業をすることで見えてくるポイントもある。
「肥料の違い」「水やりの違い」「出荷サイズをわざと小さく/大きくしているのはなぜか?」などなど。これが、作業研修で学びが深まるポイントだ。
3種類の研修を多様な農家で受けることで、受講生の栽培技術や経営センスは徐々に幅広くなり、同時に様々な先輩農家とのつながりが生まれる。このつながりは、就農後に栽培技術に迷った際の相談や、共同での出荷販売など、就農初期のスムーズな経営安定化に寄与している。
4.有機農業をめざす新規就農者に優しいまち「有機の里・丹波」
「全国どこを探しても、こんなに新規就農者に優しくて、しかも有機農業の先輩が多い地域は珍しい。ぜひこのメリットを生かして、いろいろチャレンジしてほしい」
地元の有機農業者団体の先輩農家たちは、口を揃えてこう語る。
農の学校がある丹波市市島地域は、1970年代から全国の有機農業運動を牽引してきた「有機の里」として知られる。約30軒の農家と、それを支える消費者や農協、町の職員、大学の研究者などの連携から始まった活動は、新たに有機農業を始めたい、と志す新規就農希望者も、地域内外から受け入れ育ててきた。現在も、農の学校の在校生や就農したばかりの新人農家に、ベテラン農家が集う勉強会や商談会のお誘いがかかる。農の学校も、こうした先輩農家のお誘いを積極的に受講生につなぎ、参加を後押ししている。
5.卒業生の進路、全国各地の卒業生がつながって
全国から受講生が入学する農の学校では、卒業後の就農地選択は全国どこでも自由だが、毎年約6割の卒業生が丹波市を選ぶ。1年間この学校で学びながら暮らすうちに、丹波で自分らしい農業を見つけ、地元で様々なつながりを得て、新たな一歩を踏み出しているものと分析している。
また、入学当初から全国各地の故郷に帰って就農することを志す受講生も居る。そうした受講生も、卒業後しばしば同窓生同士で連絡をとりあい、情報交換をしている。また今年度は、農の学校の運営会社・株式会社マイファームが関わる2つの姉妹校、「アグリイノベーション大学校」および「みらい農業学校」の受講生や卒業生が参加する交流会に参加するなど、新規就農希望者同士のつながりもサポートを始めた。
そうしたつながりは、持続的な農業を続ける上でも、貴重な財産となる。異常気象が頻発する時代、地域の農家にとって突破口となる技術や情報は、気候風土の異なる地域外にある可能性も高い。丹波のベテラン農家も全国に仲の良い農家仲間を持ち、折に触れて情報交換している。農の学校の卒業生同士も互いに助け合い、刺激を与えあって、有機農業を盛り上げていってほしいと考えている。
農の学校では現在、2025年4月に入学する第7期生を募集しており、さらなるカリキュラムの改善にも取り組んでいる。
●丹波市立農の学校のサイトを見る
https://agri-innovation.jp/minori/
●取材について
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