大麻は脳の免疫細胞を介して脳機能に悪影響を与える?
米国やカナダをはじめ国際的に大麻の規制が緩和される中、日本では大麻所持による逮捕者が増加し、特に若年層の使用者の増加は大きな社会問題となっている。近年、大麻に含まれる主要な向精神物質成分であるD-9-テトラヒドロカンナビノール(THC)の含有量が年々増加し、アメリカ国立薬物乱用研究所(National Institute on Drug Abuse, NIDA)の報告によれば、その濃度は20年前と比べて約4倍に上昇しているとの報告もあり、若年者における認知機能発達への影響が憂慮されている。脳内には神経細胞だけでなく、非神経細胞であるグリア細胞も存在し、脳内環境や神経細胞の機能を調節している。しかし、これまで大麻の脳への影響は主に神経細胞の機能変化に焦点が当てられており、グリア細胞についてはほとんど研究が行われてこなかった。グリア細胞の中でも脳内の主要な免疫細胞として知られるミクログリアが、思春期の大麻暴露によって影響を受け、神経発達、社会性記憶障害を引き起こすことを、米ジョンズホプキンス大学の神谷篤教授と長谷川祐人研究員らが明らかにした。論文は10月25日付英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ電子版に掲載された。
大麻の使用は精神疾患の発症リスクの一つであり、特に若年層での使用は脳機能と発達に影響する可能性が知られている。一方で、すべての大麻使用者が精神症状を発症するわけではないため、遺伝的に精神疾患や認知機能障害を起こしやすい人にとって、大麻の暴露が環境因子として、脳機の能発達に悪影響を及ぼしている可能性がある。
本研究では、正常マウスに加え、精神疾患遺伝リスク(16p11dup)を持ったマウスモデルに、思春期(生後30日から51日)にTHCを慢性投与した(図1) 。
その結果、大麻暴露と遺伝リスクの相乗効果により、ミクログリアの数が減少し、活性化を示唆する形態学的変化が観察された (図2) 。
さらに、モデルマウスへの思春期THC投与は、認知機能に重要とされる内側前頭前皮質の特異的な神経細胞の興奮性減少を引き起こし、その結果社会性記憶が障害されることを示した(図3)。これらの神経および認知機能の障害は、ミクログリアに存在するTHCの受容体であるカンナビノイド受容体タイプ1を選択的にノックアウトすることにより抑制されることも示した。
本研究では、脳発達と精神障害の発症に重要な時期である思春期におけるミクログリアの大麻への脆弱性が示唆され、免疫細胞として知られていたミクログリアが、神経細胞の発達に直接影響することを大麻使用の観点から示した。海外での嗜好品としての大麻合法化の動向により、大麻は安全で無害であるという考えが広まり、若者による大麻使用が急増している。医療用大麻が医薬品として有効である一方で、本研究を含め、大麻が思春期における脳神経発達に悪影響を与えることを示す知見が集積しつつあり、若い世代における大麻乱用を防ぐことが、メンタルヘルスの観点から重要であると考えられる。
論文情報
タイトル:Microglial cannabinoid receptor type 1 mediates social memory deficits in mice produced by adolescent THC exposure and 16p11.2 duplication
掲載紙:Nature Communications
著者:Yuto Hasegawa, Juhyun Kim, Gianluca Ursini, Yan Jouroukhin, Xiaolei Zhu, Yu Miyahara, Feiyi Xiong, Samskruthi Madireddy, Mizuho Obayashi, Beat Lutz, Akira Sawa, Solange P. Brown, Mikhail V. Pletnikov, Atsushi Kamiya
DOI: 10.1038/s41467-023-42276-5
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-023-42276-5
本件・共同研究等の問い合わせ先
ジョンズホプキンス大学医学部 精神医学部門
教授 神谷篤
住所:600 North Wolfe Street, Meyer 3-162A Baltimore MD 21287 USA
Web: https://www.hopkinsmedicine.org/profiles/details/atsushi-kamiya
Eメール: akamiya1[@]jhmi.edu
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