がん細胞を七色に光らせて腹膜播種の仕組みを解明
〜進行した胃がんや卵巣がんなどの新たな治療法開発に光〜
公益財団法人佐々木研究所附属佐々木研究所の山口英樹副所長と宮崎允研究員を中心とした研究グループは、蛍光タンパク質を使ってがん細胞を七色に光らせることにより、進行した胃がん、卵巣がん、膵臓がん、大腸がんなどが起こす腹膜播種と呼ばれる転移の仕組みを明らかにしました。本研究は同法人附属杏雲堂病院、東京薬科大学、東京理科大学、国立がん研究センターとの共同研究で、文部科学省科学研究費補助金などの助成のもとに行われました。本研究成果は2022年10月28日に科学雑誌Cancer Lettersにオンライン掲載されました。
【研究のポイント】
【背景】
進行した胃がん、卵巣がん、膵臓がん、大腸がんなどは腹膜播種(注1)と呼ばれる転移を起こします。腹膜播種は、がん患者の生存率低下の大きな要因ですが、有効な治療法に乏しいのが現状です。従って、腹膜播種の機序解明と新しい治療法の開発が求められています。
【研究成果】
今回、同研究チームはRGBマーキング(注2)という手法を用いて七色に光るがん細胞を作製しました(図1)。この細胞をマウスの腹腔内に移植して、腹膜播種により形成された腫瘍を観察した結果、それぞれの腫瘍は複数の蛍光色を呈しており、複数のがん細胞集団から構成されることが分かりました。また、がん細胞は腹腔内でクラスターを形成し、集団で腹膜に接着して転移することが明らかになりました(図1)。さらに、がん細胞が発現する組織因子(注3)が腹腔内で血液凝固系を活性化してフィブリン(注4)の形成を誘導すること、このフィブリンが糊のように働きがん細胞同士をくっつけて、腹膜への接着を助けることを発見しました(図2)。実際にがん細胞の組織因子をノックアウトしてマウスに移植すると、フィブリンによるクラスター形成と腹膜播種が抑制されました(図3)。従って、がん細胞は組織因子により血液凝固系を活性化してフィブリン形成を誘導、腹腔内でクラスターを形成して集団で腹膜に接着することにより、多数の細胞集団から成るマルチクローナルな腫瘍を形成することが明らかになりました。
【参考図】
赤、緑、青の蛍光タンパク質を同時に胃がん細胞に導入し、個々の細胞を異なる蛍光色でラベルした。この細胞をマウスに移植し腹膜播種を誘導した。腹膜播種の腫瘍は1色ではなく複数の蛍光色を呈していた。また移植後の腹腔内にはがん細胞のクラスターが多数存在していた。従って、がん細胞は腹腔内でクラスターを形成し、集団で腹膜に接着してマルチクローナルな腫瘍を形成すると考えられた。
マウス腹腔内で形成された胃がん細胞(赤)のクラスター。フィブリン繊維(緑)が形成され、がん細胞同士をつなぎ合わせている様子が観察された。
コントロールおよび組織因子をノックアウト(KO)した胃がん細胞をマウスに移植した。組織因子をノックアウトした細胞では、クラスターの数が減少し、腹膜播種(腸管膜や大網への転移)が顕著に抑制された。
【研究成果の意義・今後の展望】
本研究は、腹膜播種の腫瘍が複数のがん細胞集団により形成されること、その過程には血液凝固系の活性化やフィブリン形成が重要であることを初めて明らかにしたものであり、今後腹膜播種に対する分子標的治療法の開発に大きく貢献すると考えられます。また本研究により、血栓症の治療などに使われている抗凝固薬が腹膜播種の治療薬や予防薬となる可能性が示されました。今後は詳細にその治療効果や副作用などを検討していく必要があります。
【用語解説】
注1:腹膜播種
がん細胞が腹腔内で種を播くように腹膜に接着して広がっていく転移様式。
注2:RGBマーキング
色の三原色である赤、緑、青色の3種類の蛍光タンパク質を同時に細胞に導入して、個々の細胞を異なる蛍光色でラベルする方法。
注3:組織因子
主に血管内皮下組織に存在する線維芽細胞や、創傷時に血管内皮細胞やマクロファージなどで発現し、血液凝固を活性化する細胞表面タンパク質。様々ながん細胞で発現が増加している。
注4:フィブリン
出血した部位を塞いで固める糊のような働きをするタンパク質。
【論文情報】
論文タイトル:Tissue factor-induced fibrinogenesis mediates cancer cell clustering and multiclonal peritoneal metastasis
著者:Makoto Miyazaki, Ayaka Nakabo, Yoshiko Nagano, Yuko Nagamura, Kazuyoshi Yanagihara, Rieko Ohki, Yoshikazu Nakamura, Kiyoko Fukami, Jun Kawamoto, Kenji Umayahara, Masaru Sakamoto, Keiichi Iwaya, and Hideki Yamaguchi
掲載誌:Cancer Letters (Impact factor=9.756)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.canlet.2022.215983
掲載URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0304383522004700?via%3Dihub
【本件に関するお問い合わせ先】
公益財団法人佐々木研究所附属佐々木研究所 腫瘍細胞研究部
山口英樹
〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-2
Tel: 03-3294-3286, e-mail: h-yamaguchi@po.kyoundo.jp
URL: http://www.sasaki-institute.org/
- 治療の難しい腹膜播種と呼ばれる転移の仕組みを明らかにしました。
- がん細胞を七色に光らせることにより、腹膜播種の腫瘍は多数の細胞集団から形成されることを明らかにしました。
- がん細胞は腹腔内でフィブリンを形成して集団となり、これが腹膜に接着して転移することが分かりました。
- がん細胞が集団を形成するのを阻害すると、マウス実験において腹膜播種が抑制されました。
- 進行した胃がん、卵巣がん、膵臓がん、大腸がんなどが起こす腹膜播種の新規治療法開発につながることが期待されます。
【背景】
進行した胃がん、卵巣がん、膵臓がん、大腸がんなどは腹膜播種(注1)と呼ばれる転移を起こします。腹膜播種は、がん患者の生存率低下の大きな要因ですが、有効な治療法に乏しいのが現状です。従って、腹膜播種の機序解明と新しい治療法の開発が求められています。
【研究成果】
今回、同研究チームはRGBマーキング(注2)という手法を用いて七色に光るがん細胞を作製しました(図1)。この細胞をマウスの腹腔内に移植して、腹膜播種により形成された腫瘍を観察した結果、それぞれの腫瘍は複数の蛍光色を呈しており、複数のがん細胞集団から構成されることが分かりました。また、がん細胞は腹腔内でクラスターを形成し、集団で腹膜に接着して転移することが明らかになりました(図1)。さらに、がん細胞が発現する組織因子(注3)が腹腔内で血液凝固系を活性化してフィブリン(注4)の形成を誘導すること、このフィブリンが糊のように働きがん細胞同士をくっつけて、腹膜への接着を助けることを発見しました(図2)。実際にがん細胞の組織因子をノックアウトしてマウスに移植すると、フィブリンによるクラスター形成と腹膜播種が抑制されました(図3)。従って、がん細胞は組織因子により血液凝固系を活性化してフィブリン形成を誘導、腹腔内でクラスターを形成して集団で腹膜に接着することにより、多数の細胞集団から成るマルチクローナルな腫瘍を形成することが明らかになりました。
【参考図】
図1:マルチカラー蛍光イメージングによる胃がん腹膜播種のクローン性の解析
赤、緑、青の蛍光タンパク質を同時に胃がん細胞に導入し、個々の細胞を異なる蛍光色でラベルした。この細胞をマウスに移植し腹膜播種を誘導した。腹膜播種の腫瘍は1色ではなく複数の蛍光色を呈していた。また移植後の腹腔内にはがん細胞のクラスターが多数存在していた。従って、がん細胞は腹腔内でクラスターを形成し、集団で腹膜に接着してマルチクローナルな腫瘍を形成すると考えられた。
図2:がん細胞のクラスターとフィブリン繊維
マウス腹腔内で形成された胃がん細胞(赤)のクラスター。フィブリン繊維(緑)が形成され、がん細胞同士をつなぎ合わせている様子が観察された。
図3:組織因子のノックアウトによる胃がん細胞のクラスター形成および腹膜播種の抑制
コントロールおよび組織因子をノックアウト(KO)した胃がん細胞をマウスに移植した。組織因子をノックアウトした細胞では、クラスターの数が減少し、腹膜播種(腸管膜や大網への転移)が顕著に抑制された。
【研究成果の意義・今後の展望】
本研究は、腹膜播種の腫瘍が複数のがん細胞集団により形成されること、その過程には血液凝固系の活性化やフィブリン形成が重要であることを初めて明らかにしたものであり、今後腹膜播種に対する分子標的治療法の開発に大きく貢献すると考えられます。また本研究により、血栓症の治療などに使われている抗凝固薬が腹膜播種の治療薬や予防薬となる可能性が示されました。今後は詳細にその治療効果や副作用などを検討していく必要があります。
【用語解説】
注1:腹膜播種
がん細胞が腹腔内で種を播くように腹膜に接着して広がっていく転移様式。
注2:RGBマーキング
色の三原色である赤、緑、青色の3種類の蛍光タンパク質を同時に細胞に導入して、個々の細胞を異なる蛍光色でラベルする方法。
注3:組織因子
主に血管内皮下組織に存在する線維芽細胞や、創傷時に血管内皮細胞やマクロファージなどで発現し、血液凝固を活性化する細胞表面タンパク質。様々ながん細胞で発現が増加している。
注4:フィブリン
出血した部位を塞いで固める糊のような働きをするタンパク質。
【論文情報】
論文タイトル:Tissue factor-induced fibrinogenesis mediates cancer cell clustering and multiclonal peritoneal metastasis
著者:Makoto Miyazaki, Ayaka Nakabo, Yoshiko Nagano, Yuko Nagamura, Kazuyoshi Yanagihara, Rieko Ohki, Yoshikazu Nakamura, Kiyoko Fukami, Jun Kawamoto, Kenji Umayahara, Masaru Sakamoto, Keiichi Iwaya, and Hideki Yamaguchi
掲載誌:Cancer Letters (Impact factor=9.756)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.canlet.2022.215983
掲載URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0304383522004700?via%3Dihub
【本件に関するお問い合わせ先】
公益財団法人佐々木研究所附属佐々木研究所 腫瘍細胞研究部
山口英樹
〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-2
Tel: 03-3294-3286, e-mail: h-yamaguchi@po.kyoundo.jp
URL: http://www.sasaki-institute.org/
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