糖鎖が破骨細胞の形成を抑制するメカニズムを解明 ~ 炎症性骨破壊の治療応用に期待 ~
九州歯科大学 感染分子生物学分野・有吉教授らの研究グループによる研究成果
公立大学法人 九州歯科大学(キャンパス:福岡県北九州市、学長:粟野 秀慈)感染分子生物学分野 有吉 渉 教授らの研究グループは、糖鎖(※1)β-glucanが、骨を吸収する破骨細胞に存在する複数の受容体に結合することで、その分化を抑制することを見出しました。これにより、歯周病などに代表される炎症性骨破壊に対する治療への応用が期待されます。
本研究結果は米国東部時間の2024年12月29日にWileyが発刊するJournal of Cellular Biochemistry誌(電子版)、2025年1月30日にElsevierが発刊するCarbohydrate Polymer Technologies and Applications誌(電子版)にそれぞれ掲載されました。
【本研究発表のポイント】
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細菌由来のβ-glucanであるcurdlanは破骨細胞の分化を抑制する。
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curdlanは、CR3と結合し、破骨細胞分化誘導に必要なシグナルの活性化を抑制する。
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curdlanは、dectin-1と結合し、破骨細胞分化誘導に必要なタンパク質を分解する。
【九州歯科大学 感染分子生物学分野について】
1934(昭和9)年に創設され、2019(令和元)年から現在の体制で新たにスタートしました。感染症の病態に関わる「微生物と宿主の相互作用」の解明に取り組んでいます。
【研究の背景】
β-glucanは、真菌、植物、一部の細菌、海藻や穀物に含まれる糖鎖です。β-glucanは、自然免疫細胞の受容体に結合し、さまざまな免疫機能を調節することが知られています。しかしながら、自然免疫細胞と同様に造血細胞から分化し、多種の免疫受容体を有している破骨細胞の分化や骨吸収能に対するβ-glucanの影響やその制御機構については、解明されていませんでした。
【研究の内容と成果】
九州歯科大学 感染分子生物学分野の古賀 絢雅 大学院生、有吉 渉 教授を中心としたグループは、細菌由来のβ-glucanであるcurdlanが、破骨細胞の分化に及ぼす影響について解析を行いました。その結果、β-glucan は破骨細胞前駆細胞(※2)であるRAW264.7細胞(※3)や骨髄細胞の分化誘導因子RANKL(※4)存在下の破骨細胞形成を抑制しました。この抑制に関与する分子機構を解析したところ、curdlanは免疫受容体であるCR3(※5)との結合により、破骨細胞の分化に必須の因子であるNFATc1(※6)の発現を誘導するNF-κBシグナリング経路(※7)を抑制していました。さらに、curdlanは同じく免疫受容体であるdectin-1(※8)との結合により、 細胞が外部の物質を取り込む仕組みであるエンドサイトーシス(※9)と細胞内の不要なタンパク質を分解する仕組みであるオートファジー(※10)が連携して、NFATc1の発現に必要なsyk(※11)タンパク質を分解することを見出しました。これらの結果から、curdlanが前駆細胞の複数の免疫受容体との結合を介して、破骨細胞の形成を抑制することがわかりました。
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【今後の展開】
本研究の結果から、破骨細胞の活性化が関与する炎症性の骨破壊や骨代謝疾患に対する治療法にβ-glucan応用の可能性が期待されます。さらに、破骨細胞分化における細胞内タンパク質の品質管理システムを解明することで、骨リモデリング(※12)の制御に関するより深い知見を得られると考えています。
<有吉 渉 教授 コメント>
Journal of Cellular Biochemistry誌に掲載された論文の筆頭著者の古賀絢雅さんは、本学口腔保健学科を卒業後、修士課程を経て、口腔健康学分野の博士課程(担当:藤井 航 教授)に所属している大学院生です。現在は日本学術振興会の特別研究員として、精力的に研究を遂行し、論文を完成させました。生態の「第三の生命鎖」といわれる糖鎖は、複雑な立体構造などがハードルとなるため、本研究は東京薬科大学の安達教授、北九州市立大学の望月准教授、さらに多くの先生の協力を賜って完結させることができました。誠にありがとうございました。
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【用語の解説】
※1 糖鎖:各種の糖が結合して鎖のようにつながった一群の化合物。
※2 破骨細胞前駆細胞:主に単球やマクロファージに由来し、破骨細胞に分化する未成熟な細胞。
※3 RAW264.7細胞:RANKLの添加により、破骨細胞前駆細胞から成熟した破骨細胞へと分化するマウス由来の細胞。
※4 RANKL:Receptor Activator of Nuclear Factor-κB Ligandの略で、主に骨をつくる骨芽細胞が有する破骨細胞の分化や活性化を促すタンパク質。
※5 Complement Receptor 3の略で、免疫細胞が有し、補体(免疫機能をサポートするタンパク質)やβ- glucanを認識する受容体。
※6 Nuclear Factor of Activated T-cells, cytoplasmic 1の略で、破骨細胞の分化・成熟を制御する主要な因子
※7 NF-κBシグナリング経路:RANKLによる破骨細胞の分化・生存・活性化を促進する重要な細胞内の活性化経路
※8 dectin-1:免疫細胞が有するβ-glucanの認識受容体。
※9 エンドサイトーシス:細胞が外部の物質を取り込む仕組み。
※10 オートファジー:細胞内に蓄積した不要なタンパク質や壊れた細胞小器官を分解・再利用するためのメインテナンスシステム。
※11 syk:Spleen Tyrosine Kinaseの略で、活性化すると破骨細胞の分化や機能を促進させるタンパク質。
※12 骨リモデリング:骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収が繰り返され、骨組織が再構築される過程。
【論文題目】
題名:Molecular Mechanisms of Curdlan‐Induced Suppression of NFATc1 Expression in Osteoclasts.
著者:Ayaka Koga, Yoshie Nagai-Yoshioka, Ryota Yamasaki, Yoshiyuki Adachi, Wataru Fujii, Wataru Ariyoshi
論文雑誌:Journal of Cellular Biochemistry誌
DOI:https://doi.org/10.1002/jcb.30682
題名:Inhibition of osteoclast differentiation by (1→3)-β-D-glucan from Alcaligenes faecalis (curdlan) and dectin-1 interaction via the syk proteolytic system
著者:Wataru Ariyoshi, Ayaka Koga, Yuki Kodama, Ryota Yamasaki, Michihiko Usui, Yoshie Nagai-Yoshioka, Shinichi Mochizuki, Yoshiyuki Adachi
論文雑誌:Carbohydrate Polymer Technologies and Applications誌
DOI:https://doi.org/10.1016/j.carpta.2025.100683
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)21H0314、23K21495、公益財団法人富徳会研究助成FTK2023E2、ならびに公益財団法人ノバルティス科学振興財団研究奨励金2921の一環で行われました。
【問い合わせ先】
九州歯科大学 感染分子生物学分野
教授 有吉 渉(ありよし わたる)
E-mail: arikichi@kyu-dent.ac.jp
【公立大学法人九州歯科大学について】
九州歯科大学は、全国にある歯学部、歯科大学の中で唯一の公立大学で、歯学科と口腔保健学科からなる「口腔医学の総合大学」です。私たちが考える歯学とは「口の健康」を通して、日々の生活を、幸せを支える医療です。歯学部並びに大学院歯学研究科において、歯学のプロフェッショナルの育成に取り組んでいます。また、併設する附属病院は1914年開設以来、地域に密着した歯科の専門性を持った中核病院として歩み続けています。
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