精神障害者の「働きたい!をかなえたい! その境界線をどう越えるのか ―理念・制度・実践―」
全国地域で暮らそうネットワーク主催「チイクラフォーラム」のシンポジウムに参加

一般社団法人キャリカ代表理事・松岡広樹は、2026年9月4日に開催された「チイクラフォーラム11」のシンポジウムに参加しました。テーマは、「働きたい!をかなえたい! その境界線をどう越えるのか ―理念・制度・実践―」です。 厚生労働省 障害保健福祉部 障害福祉課長の大竹雄二氏、厚生労働省 職業安定局 障害者雇用対策課長の河村のり子氏、一般社団法人キャリカ代表理事の松岡広樹が意見を交わし、PwCコンサルティング合同会社の吉野智氏の進行のもと、障害福祉、障害者雇用、地域の実践という三つの立場から議論しました。テーマになったのは、まさに「福祉と雇用の境界」です。障害のある人の「働きたい」を実現するために、福祉は何を担い、企業は何を担い、行政はどのような環境をつくるべきなのか。制度の枠を越え、「働くことそのものの質」に踏み込んだ議論となりました。
障害福祉と障害者雇用、それぞれから「質」を問い直す
大竹氏からは、障害福祉サービス関係予算が長期的に大きく増加する中で、制度を持続可能なものとしていくこと、人材の確保・育成、サービスの質、地域生活支援、他制度との連携など、今後の障害福祉を考える上での論点が示されました。障害福祉サービスを充実させることは重要です。一方で、サービスの中だけで本人の生活が完結するのではなく、地域や雇用との接点をどのようにつくっていくのかという課題があります。
河村氏からは、「障害者雇用の量」だけでなく、障害者雇用の質という視点が示されました。民間企業における障害者雇用者数は増加を続けていますが、雇用後のキャリアを見ると課題も残ります。厚生労働省の資料では、精神障害者の78.1%、発達障害者の82.6%が、障害者手帳の交付や診断後に昇進経験がないと回答しています。また、障害者全体で正社員の割合は約4割となっています。
つまり、「何人雇用したか」だけではなく、「そこでどのような仕事をし、どのような役割を持ち、どのように成長できるのか」まで考える段階に来ているといえます。厚生労働省でも、障害者の雇用施策と福祉施策を横断して検討する動きが進められています。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syokuan_480542_00008.html
今回のシンポジウムは、まさにその「境界線」を、制度と現場の双方から考える機会となりました。
「働きたいを雇用率の一歩先へ」
松岡は、障害福祉・就労支援の経験から、一つの問いを投げかけました。「福祉が自立の阻害要因となっている可能性があるのでは」。これは、現状そのものを否定する言葉ではありません。支援すること、守ること、失敗を避けることを優先するあまり、本人が実際の社会の中で経験し、失敗し、振り返り、もう一度挑戦し、役割を獲得していく機会まで小さくしてはいないか。意思形成支援や意思決定支援がなされない状況下で当事者に選択させているのではないか。支援者自身に向けたアンチテーゼとしての問いです。

キャリカでは現在、地域の20か所以上の企業と協力し、加工会社、飲食店、販売店など、実際の職場での体験や実習を進めています。訓練室の中で「働けるかどうか」を判断してから企業へ送り出すのではなく、実際の仕事の中で、その人の力を発見する。そして、できないことだけを見るのではなく、「どのように教えればできるのか」「どのような環境なら力を発揮できるのか」「どの役割であれば企業の戦力になれるのか」を、本人、企業、支援者が一緒に考えていく。このような関係をこれからのインクルーシブ雇用の一つのあり方として提案しました。
バイオ・サイコ・ソーシャル × 過去・現在・未来から主観的職業生活を捉える
この考え方の背景には、これまでの研究から得られた知見もあります。松岡らによる「働く精神障害者の職業生活の質(QWL)に関する研究」では、企業で働く精神障害のある人184人を対象に量的調査を行いました。その中で注目したのが、ソーシャルサポートと就労意欲との関係です。「相談できる」「励ましてもらえる」といった情緒的受領サポートを受けることと、本人が他者の相談に乗る、励ますといった、支える側になるといった情緒的提供サポートを与えること、が就労意欲との間に有意な関連が確認されました。この調査だけで因果関係を断定することはできません。しかし、障害のある人を「支援される側」に固定するのではなく、「自分も誰かの役に立っている」「職場の中に自分の役割がある」と感じられる環境の重要性を示唆しています。
さらに、その就労意欲に関する障害当事者の主観的プロセスを探るため質的調査を行った松岡ら(2018)の「精神障害者の職場定着のプロセスに関する研究」によると、職場内に友好的なコミュニケーションがあり、職場全体や自分のポジションを理解できること、また段階的に「評価され少し難しい仕事が任されていること」が、働き続けていくプロセスと関係していることが示されています。

「配慮」から「配慮されながら成長できる支援付きアプレンティスシップ」へ
こうした実践と研究から、今回もう一つ提示したのが、「令和型・支援付き徒弟制度(アプレンティスシップ)」という考え方です。昔ながらの師匠と弟子による徒弟制度を、そのまま復活させるという意味ではありません。本人の権利と意思を尊重し、合理的配慮を行った上で、仕事を通した成長の階段をつくる考え方です。障害者雇用に必要なのは、「簡単な仕事だけを切り出して任せ続けること」だけではありません。本人の職業生活の質と、企業への貢献。この二つを対立させず、同時に実現していくことが重要です。

精神障害ある人の中には、反すう思考、失敗や緊張場面を避けようとする傾向、集中・計画・柔軟な切り替えなどの認知機能上の課題、自己評価の低さなどによって、一人では経験を次の行動につなげにくい場合があります。つまり、一人でPCDAサイクルを回すことが苦手な方がいます。
それに対して、失敗を「できなかった」で終わらせるのではなく、やってみる → 振り返る → 教えてもらう → もう一度やってみる、というPCDAサイクルを、職場の中で一緒につくっていく。そこで重要になるのが、仕事を教えられる職場の指導者と、その指導者や本人を支える就労支援者との連携で、「令和型・支援付きアプレンティスシップ」です。
福祉・企業・行政が一緒に「働きたいと思える条件」をつくる
今回のチイクラフォーラムを通じて改めて見えてきたのは、障害者雇用は、一つの制度や一つの支援機関だけでは完成しないということです。福祉は、本人を囲う場所ではなく、社会へつなぐ橋になり、本人と企業を支える。企業は、障害のある人を受け入れるだけではなく、共に働く人を育てる人材育成の主体になる。行政は本人が地域の中で「知る」「見学する」「試してみる」という経験を重ねながら意思を形成し、自ら選択し、それを実現していける環境をつくる。その中で本人は、支援されるだけの存在ではなく、仕事を通して誰かを支え、地域や企業に貢献する存在になっていく。私たちが目指したいのは、「働きたいと思える条件を、社会の側につくること」です。
キャリカでは今後も、地域企業との職場体験・実習で企業につなぎながら、「就職できたか」だけではなく、本人の役割、技能の成長、職務の広がり、職業生活の質、そして企業への貢献までを検証していきます。障害の有無にかかわらず、人が働きながら育ち、誰かの役に立ち、仕事を通して社会の一員になっていく。その当たり前を実現すること。今回のチイクラフォーラムで交わされた福祉・雇用・実践の対話を、地域での次の実践につなげていきます。
◼️一般社団法人キャリカについて
一般社団法人キャリカは、埼玉県草加市と東京都足立区で、自立訓練、就労移行支援、就労定着支援、就労選択支援を提供する障害福祉サービス事業者です。 障害のある人が自分らしい生活と働き方を築くことを支援しています。障害福祉の実践と研究を結びつけ、支援の質の向上と社会への還元に取り組んでいます。
◼️本件に関するお問い合わせ
一般社団法人キャリカ
所在地: 東京都足立区千住1-11-2 Jプロ北千住ビル6階A
メール: info@careco.or.jp
電話番号:03(6806)2616
担当者: 松岡広樹
◼️参考文献
松岡ら「精神障害者の職場定着のプロセスに関する研究」『生活科学研究』40、103-112、2018年。
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