セミナー『職域がん対策のあり方』〜コロナで増大するがんリスク、健康経営・がん対策の企業事例〜事後レポート
厚生労働省委託事業である、がん対策推進企業アクション(運営企業:株式会社ウインウイン)は、10月15日(金)にメディア関係者様向けに「『職域がん対策のあり方』〜コロナで増大するがんリスク、健康経営・がん対策の企業事例〜」についてのセミナーを実施いたしました。
セミナーでは、東京大学大学院医学系研究科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授 中川 恵一先生と、株式会社古川の山田 智明氏、ドイツ銀行の中野 知彦氏、株式会社プロセシングの横垣 祐仁氏に登壇いただきお話を伺いました。以下に当日のレポートをご紹介いたします。
セミナーでは、東京大学大学院医学系研究科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授 中川 恵一先生と、株式会社古川の山田 智明氏、ドイツ銀行の中野 知彦氏、株式会社プロセシングの横垣 祐仁氏に登壇いただきお話を伺いました。以下に当日のレポートをご紹介いたします。
■重要性が高まる健康経営、がん対策
東京大学大学院医学系研究科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授 中川 恵一先生
1:がん後進国・日本の現状
日本ではがんに関して誤解している人が多くいます。がんは痛みを伴う病で、がん細胞が大きくなれば開腹してメスで取り除くといったイメージを持たれている人も多いのではないでしょうか。
たしかに、医療ドラマを観ていると、天才外科医による派手な手術シーンがよく流れています。こうしたメディアを通じて広まっているがんのイメージには誤解を生むものが多く含まれており、正しい認識が広まっているとは、言い難い現状があります。
たとえば、がん患者のうち、放射線治療は欧米で約6割、日本でも3割を占めますが、その事実は日本であまり広く知られていません。また、がんは早期の段階では痛みを伴わないため、自覚症状が出てくるまで時間がかかります。
こうした情報を知らないためか、日本はがん健診の受診率が他の国と比較すると非常に低くとどまっています。実際に乳がん検診の受診率は42.3%しかありません。これはアメリカの83.3%やドイツの80.4%のおよそ半分。がんは早期で見つけることで生存率が大幅に上がる病です。
自覚症状のない早期がんと呼ばれる大きさのがんは1~2年で進行がんと呼ばれる大きさまで変容してしまいます。この2年という期間で見つけるためには、自覚症状がなくても検査を定期的に受ける必要があるのです。
2:大人のがん教育は企業が担う
こうした現状を鑑みて、学校では子どもたちへのがん教育が始まっています。では、大人へのがん教育はどこで行われるべきなのか。私は企業を通じてのがん教育が効果的だと考えています。企業ががん教育をすれば、多くの人を網羅的にカバーすることができますし、会社から「がんの勉強会に参加してください」と言われれば、緩い強制力が発生しますよね。残念ながら、なかなか自主的にがんについて知ろうとする人は少ない。企業の取り組みとしてがん教育をしてもらうことが、結果として多くの人にがんの知識を広める手段として有効だと考えています。
そうした考えのもと、厚生労働省とともに「がん対策推進企業アクション」に携わっています。このプロジェクトは「企業等におけるがん検診の受診率向上」と「がん患者・経験者の就労支援対策等のがん対策の推進」を目的としています。すでに推進パートナー企業や団体は約3500を超え、パートナーが抱える従業員の総数は約790万人に上ります。
プロジェクトでは「3つのがんアクション」として「がんについて、企業全体で正しく知る」「がん検診の受診を啓発する」「り患しても働き続けられる環境を作る」を掲げています。がんを知り、がんを見つけ、そして患者を支える仕組みをぜひより多くの企業で進めていただきたいと思います。
3:社員のがんは経営課題
企業のがん対策を進めることは、患者だけではなく企業自体にとっても大きなメリットがあることもあまり知られていません。OECDのデータによると、就労人口に占める65歳以上の割合が日本は約13%。アメリカの約5%、フランスの0.9%と比べてみると世界に先行して日本における労働力が高齢化していることがわかります。仮に定年が70歳まで延長されたとします。70歳までにがんに罹患する確率は男女ともに20%ですから、実に会社の5人に1人はがん患者となる計算です。特に男性は50代後半以降になるとがん患者が急速に増えますから、定年が延長されれば職場における男性のがん患者が増えることになります。
また、女性の社会進出も企業のがん対策に関わってきます。50代前半までの現役世代では、男性よりも女性のほうががんと診断される数が多い。つまり、女性の働き手が増えることで、職場のがん患者は増えるリスクがあります。
さらに健康経営が進むと離職率が下がるというデータもあります。健康経営優良法人に選ばれた企業の離職率は、全国平均の11.6%を大きく下回って2.7%に抑えられています。社会の変化に伴って職場でのがん患者はほぼ確実に増えていきます。企業は働き手を確保し、定着させるためにもがん対策に力を入れたほうがいいのです。
4:コロナ禍で急増する〝隠れがん患者〟
新型コロナウイルスの感染拡大は、人々の行動を大きく変容させました。その影響はがん対策にも多大な影響を及ぼしています。
コロナ禍で在宅ワークが増えたことで、座っている時間が長くなったという人も少なくないかと思いますが、当てはまる人は要注意です、実は、座りすぎはがんで死亡するリスクを82%も高めるというデータがあります。煙草によるがんリスクの増加が60%程度と言われていますから、これがいかに高い数字がお分かりいただけると思います。もともと日本人は座位時間が世界でもトップクラスに長いといわれていますから、殊更に注意していただきたいと思います。
さらに深刻なのは、検診の受診控えです。2020年は未曾有のパンデミックによって、検診受診率は19年の3割程度まで落ち込みました。そして、21年も19年比で20%ほど下がっています。実際にがんの発見の遅れに伴ってがんの重症化が進んでいることがデータに現れています。コロナ流行前(2017年1月〜2020年2月の月平均)とコロナ後(2020年3月〜12月の月平均)で大腸がんのステージ別の発見数を比較すると、ステージ0〜2で少なくなっているのに対して、ステージ3の発見数は6割以上増えているのです。さらに19年度から20年度にかけてがんの手術件数も減っているのです。コロナの感染状況とは関係なく、がんは体の中で増え続けています。見かけ上ではがんは減っているように見えますが、見つからないまま患者さんの体の中で肥大化しているのです。検診を受けていない方はぜひとも検診を受けてください。正しい知識を身につけて、早期にがんを発見することができれば、日本でもがんで亡くなる人を減らすことができるのです。
■中小企業のがん対策
古川株式会社 総務課長 山田 智明氏
まさかプロスポーツ選手ががんになるなんて思いもしなかった
当社ががん対策に取り組むようになったきっかけは、スポンサーを務めているプロサッカーチーム・湘南ベルマーレの久光重貴選手ががんを患ったことでした。普段から体を鍛えている選手ががんにかかったことで、がんは誰でもかかる病気だということに改めて気が付かされました。完璧な生活習慣の人でもがんになる可能性はあるのです。
私たちの会社では、「がん対策推進企業アクション」に参加してがんに対する知識を得ることに加えて、社内のがん検診受診率を上げるさまざまな試みを行ってきました。その一つが受診料の全額負担です。社員はもちろん、その扶養内の配偶者までを対象としました。これは、家族の問題は仕事に直結するため、会社の問題でもあるという考えからです。
企業側にとってはリスク回避への投資となります。当社は地域密着型の事業を展開しているため、一人の社員が約500社のお客様を担当しており、社員とお客様が強固な信頼関係を築くことで事業が成り立っています。がんによって社員が長期離脱を余儀なくされれば、事業にとっては大きなリスクとなるのです。検診によって、早期にがんを発見することができれば、そうしたリスクを減らすことができるます。当社ではがん検診によって、これまで数名の社員が早期にがんを発見することができました。
実際に社員全員にがん検診を受けてもらうために、検診は通常の健康診断と同日に終業時間内でシフトを調整して受けられる仕組みを作りました。また、社員ががんについて考える機会を創出すべく、がんサバイバーの方を迎えて勉強会を開きました。がん検診や健康の大切さを実感してもらうための取り組みとして、湘南ベルマーレのトレーナーの力をお借りして、パーソナルトレーニングも社内で実施しています。今ではほぼ100%の検診受診率を実現しており、確実に成果をあげています。
■グローバル企業のがん対策
ドイツ銀行 東京支店支店長 中野 知彦氏
dbRibbonsで身体面と精神面をサポート
当社ではdbRibbonsという運動をはじめました。きっかけは私ががんサバイバーである従業員とランチを食べながらその経験について話を聞いていたときのことでした。がんとの闘いにおいて身体的な辛さがあったのはもちろんですが、メンタル面での辛さも感じたと言うのです。彼女は小学生の子どもがいるワーキングマザーでした。自分に何かあったときに子どもはどうすればいいのだろうか。そんなことを考え続ける日々だったそうです。がんになった社員をメンタル面でも支える会社の仕組みが必要だと感じました。
当社の日本代表にこの話をすると「ぜひ、やろう」という前向きな答えが返ってきました。実は彼自身も過去にがんで優秀な部下を失った体験があったのです。
dbRibbonsの目標は大きく二つあります。一つは身体面のサポート。早期発見ができる体制を整え、啓発していくことです。そして、もう一つが、精神面のサポートです。この社内運動を進めていく際に、私が強く発信したのは「がんになってもドイツ銀行はあなたの居場所であり続けます」というメッセージです。具体的には、がんと闘病中の人、克服した人、あるいは介護中の人が集まって体験や思いを共有していきたいと考えています。
dbRibbonsのイベントとして、7月末にリモートでスタートイベントを開催しました。モデレーターとパネラーはがん克服者や治療中の人で、ニューヨークから参加してくれたモデレーターもいました。そこでは、がんの宣告をうけたときの気持ち、治療との向き合い方、家族のサポート、仕事にどう対応したのか、同僚や上司への報告の仕方など経験者ならではの具体的な話を共有することができました。
イベントの中で印象に残ったことがいくつかありました。まずは検診の大切さ。要再検となったときに放置せず、再検査も絶対に受けることを体験者の方が強調されていました。また、がんを患った社員の本音にも触れることができました。たとえば、シフトは特別な配慮がないと難しいけど、普段接するときは特別扱いをしてほしくないというパネラーがいました。これに対して社員からは、実際にどう接していいのかわからなかったからとても助かったという声や身近な人からがんの体験を直接聞くことは貴重だったという声が聞かれました。さらに、がん患者からも会社のサポートの方針がわかってよかったと言ってもらいました。
■がん検診をDX
株式会社プロセシング 代表取締役 横垣 祐仁氏
LINEを活用したがん検診推進
ここ10年でコミュニケーションの手段が電話からSNSやメッセージアプリに移行する中で、検診を受ける人の環境は大きく変化しています。それに合わせて、受診勧奨の在り方も変化していく必要があると考えています。今回は国内で最もユーザーが多いLINEを使った富士通の健康保険組合の事例を紹介します。
同健保は健康診断に力を入れていて、被扶養者の受診率も約65%と高い状況にありますが、さらなる受診率の伸長を狙ってLINEを導入しました。検診の問い合わせや予約、結果の参照までLINE上で行うことができます。これまでは、被扶養者・退職者には紙面で案内状を送付していたので、相当な時間とコストがかかっていましたが、これを削減することが期待されています。
しかし、このシステムを使うにはLINEのアカウントを友達登録してもらう必要があります。富士通健保では、QRコードを読み込んで友達登録すると500円もらえるというキャンペーンをしました。すると、開始1カ月で約1万人も友達登録がありました。健康関連のインセンティブはあまり効果がないとよくいわれますが、QRコードを読んで友達登録するだけといったエフォートレスな動作に関しては、インセンティブが非常に有効であったということです。
またLINEでの勧奨は、紙面での勧奨と比較してより高い効果があることもわかりました。未受診者に年賀状としてLINEとハガキのそれぞれで受診勧奨をしたところ、実際の受診率はLINEが35%、ハガキは6%とおよそ6倍の差が出ました。ここまで違うのならば、コストをかけてでも、LINEの登録者数を増やしたほうがいいと考える健保さんも多いはずです。
次に精密検査の話ですが、職域のがん検診は、市町村国保と比較すると精密検査受診率が低いと言われています。これは職域のがん検診が「受けっぱなし」なことも多く、更にはがん検診の結果を健保が全て受け取っていないケースもあることなども原因と考えています。なぜがん検診の結果が受け取れないのか。実は、検診の委託業者からがん検診の結果をもらうためには、追加で費用が発生するケースがあります。ある健保では結果を取り寄せるのに、追加で1,200万円が必要だったということも聞きました。つまり、がん検診の結果が一元管理されていないために、そもそも精密検査の対象者を把握できていない健保も多いのです。
また、がん検診は結果のフォーマットがバラバラなのも問題です。結果を取り寄せたとしてもバラバラのフォーマットでは、健保がそれを健康施策に活かすことはとても難しくなります。これらは一例ですが、職域のがん検診はまだまだ課題が山積だと思っています。
■企業に期待すること
10万人あたりのがん死亡数はアメリカが約150人なのに対して、日本は約300人とおよそ倍になっています。しかも、アメリカは1990年以降、死亡数が減少傾向にありますが、日本は急激な増加傾向です。
本日登壇いただいた企業のように、今後も率先して各企業が大人のがん教育を進めていくことで、健康経営につなげていただきたいと思います。
がん対策企業推進アクションでは、今後も活動を通して正しい情報発信を行い、国民の皆様のがん対策の意識向上に努めてまいります。
■登壇者のご紹介
東京大学医学部附属病院放射線科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授
中川恵一氏
http://www.u-tokyo-rad.jp/staff/nakagawa.html厚生労働省 がん検診のあり方に関する検討会構成員、がんの緩和ケアに係る部会座長、文部科学省がん教育のあり方に関する検討委員など。東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部放射線医学教室専任講師などを経て現職。緩和ケア診療部長、放射線治療部門長などを歴任。
著作には『コロナとがん』などがんに関する著書多数。日本経済新聞でコラム「がん社会を診る」を掲載中。
株式会社古川
総務部 課長 山田智明氏
http://www.kk-furukawa.co.jp/
神奈川県の小田原で地域密着企業として、プロパンガス事業・アクアクララ事業・太陽光事業・電力事業から「快適」と「省エネ生活」の事業を展開。主な業務は、総務部にて社内の健康診断とがん検診はもちろん、福利厚生や車両管理、債権管理、社内インフラネットワーク関連なども業務として担当している。
ドイツ銀行 東京支店
支店長 兼 チーフ・オペレーティング・オフィサー 中野知彦氏
https://japan.db.com/japan/
日本におけるドイツ銀行グループにおいて、職場でのがん治療サポートのための従業員組織、「dbRibbons」を2021年7月に立案・発足。同組織のワーキング・グループのリーダーとして、また経営陣の一員として、その活動をサポートしている。
株式会社プロセシング
代表取締役 横垣祐仁氏
https://www.c-prc.net/
富士通のヘルスケア部門においてエンジニアとして富士通グループやその他健保・企業の健康経営、データヘルスに関わるシステム構築や運用コンサルティングに従事。2020年5月より現職。東大病院との共同によるがん検診の費用対効果分析研究や、厚生労働省の大規模実証事業(全国の自治体、健保組合のがん検診受診率向上事業)への参加など、がん検診の普及に向けた取り組みを行っている。
■がん対策推進企業アクションとは
厚生労働省がん対策推進企業アクション事業ではがん対策の普及啓発を目指し、企業内における「がん検診受診率向上」「治療と仕事の両立支援」に向けた啓発活動を行っています。
https://www.gankenshin50.mhlw.go.jp/index.html
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