第九十九回 東をどり - 新ばし白花繚乱 開催のお知らせ 令和6年5月24日(金)~27日(月) 四日間・全十回公演 於:新橋演舞場
普段は一見お断りと閉ざす花柳界の門、年一度の東をどりにその扉が開きます。演舞場の舞台、芸者衆の踊りに綺麗を観て、幕間は料亭が用意する美食と旨酒。大正十四年に始まる催しは今年で九十九回を迎えます。
普段は一見お断りと閉ざす花柳界の門、年一度の東をどりにその扉が開きます。演舞場の舞台、芸者衆の踊りに綺麗を観て、幕間は料亭が用意する美食と旨酒。東をどりに日本を遊ぶ 大正14年に始まる催しは来年100回を前に、今年で99回を迎えます。
5月に開催の九十九回 東をどり
東京新橋組合 頭取 岡副 真吾
料亭が在って芸者衆が行き交う街、そこが花柳界です。東銀座から築地へ掛けての新橋花柳界、日本有数の花街として今に続きます。新橋芸者は銀座の芸者なのです。
花柳界のしきたりは一見お断り、普段は扉を閉ざします。年に一度の東をどりに新橋花柳界は扉を開いて、期間の四日間、新橋演舞場は大料亭に替ります。舞台は二幕、晴れの舞台に向けて稽古に励んだ芸者衆の踊りに日本の綺麗を観て頂きます。新橋芸者は尾上 西川 花柳、三流の家元の直弟子。九十九回、今年の東をどりでは尾上流の菊之丞家元がつくる華の舞台をお楽しみ頂きます。
日本を遊ぶとき 食に酒 茶席に土産
各回、開演30分前に開場、幕間は30分の休憩、その間に大料亭に替った演舞場をお楽しみ頂きます。
食の楽しみ
新橋六料亭の手合せです。事前注文で陶箱弁当と酒肴の折詰め。地下食堂 東 でお召上り頂きます。ここも活け花など、常とは違う室礼でお迎えします。
酒の楽しみ
二階ロビーには各料亭が推奨する酒競べ。下手には西洋の一流ドン ペリニヨンのブース。上手のかべすは麦酒競べの場。料亭は酒に合せて酒肴をご用意します。
他には、日替りで料亭の茶席、土産の品も取り揃えます。
第九十九回 東をどり 概要
日程
令和6年 5月24日(金) ・25日(土)・26日(日)・27日(月) / 全十回公演
壱の回 11:00 開演 - 12:30 終演 ※24日、27日を除く
弐の回 13:40 開演 - 15:10 終演
参の回 16:20 開演 - 17:50 終演
会場
新橋演舞場 〒104-0061 東京都中央区銀座6-18-2
TEL : 03-3541-2600
最寄り駅 : 地下鉄日比谷線 東銀座駅 / 大江戸線 築地市場駅
チケット
桟敷席 : 10,000円
雪席 : 8,000円
月席 : 6,000円
花席 : 2,000円
学割:年齢を問わず日本文化に親しんで頂くよう、学生証をご提示頂くと新橋演舞場で販売する当日券に限り各席とも半額となります。
券売
3月26日(火) 10:00より前売り開始
電話
チケットホン松竹 : 0570-000-489 / 03-6745-0888 (10:00~17:00)
WEB
チケットWeb松竹 : https://www1.ticket-web-shochiku.com/t/
窓口販売
※劇場窓口の営業時間は変更する場合があります。
新橋演舞場 10:00~17:00
歌舞伎座 10:00~18:00 *休演日は17:00まで
南座・大阪松竹座 10:00~17:30
サンシャイン劇場 14:00~17:00
公式ホームページ : https://azuma-odori.net
幕間の楽しみ
事前注文
味を競う陶箱弁当 : 6,000円
𠮷兆初代の湯木貞一翁が生み出した松花堂弁当。孫にあたる東京𠮷兆の湯木義夫の献立を、東京𠮷兆、新喜楽、金田中、米村の料亭が競宴する東をどりだけの名物。
酒肴の折詰 : 3,000円
当日のお召上がりもお土産も可。上記の料亭に、松山、わのふが加わり酒肴を競演。
予約方法 : チケット購入後、5月20日(月)までに電話で申込み。
電話 : 演舞場サービス 0120-224ー117 (10:00~16:00)
当日のお楽しみ
料亭の酒競べ
年ごとに料亭が持ち寄る自慢の酒。選び比べるのは、ここでの楽しさ。
シャンパンブース
東をどりに世界の一流ドン ペリニヨンがやって来ます。
料亭の酒肴
人気の玉子焼は六軒の小さな玉子焼が並びます。鮨、松葉串、酒のお供にどうぞ。
茶席 東庵
当日予約/料亭の主人、女将が席主を勤め日替りで室礼、道具も替わる茶席です。(東京𠮷兆、新喜楽、金田中)
東をどり土産処
江戸団扇に好みの芸者の千社札を貼れば世界にひとつのオリジナルデザイン。自身の千社札の注文も出来ます。
麦酒競べ : 麦酒四社に東をどりに似合うビールを推奨して貰いました。飲み比べてください。
街の賑わい : 東銀座街づくり協議会の協力で東をどり期間、演舞場前の道路が歩行者天国になります。会場の外まで賑わいが拡がります。
新橋花柳界と東をどりの歴史
新橋が花柳界として発祥したのは幕末、黒船の来航から暫くした安政五年です。西国の雄藩、薩摩、長州と徳川幕府の間には方針の違いから軋轢が生じます。徳川贔屓の江戸の中、新興新橋が勤王の志士を迎えました。直ぐに迎えた明治維新で、彼らは政府の中枢となります。明治は近代化を国是とした時代。初代総理の伊藤博文卿は公務を終えて、夜ごと新喜楽の座敷に各界から人を集めました。諸君の分野では明日の日本とは何ぞやと議論を重ねました。新橋は新時代の社交場となり、一流の顧客を迎えるにあたり技芸ん一流を街の方針としました。芸能各流の一流の指導者を招いて研鑽に励みます。当時の京阪には芸者衆の歌舞練場が在りました。芸処と呼ばれるようになる大正14年、倣って芸者衆の劇場、新橋演舞場を建設します。最先端、レンガ造りの劇場の柿落し公演が初回の東をどりでした。
戦火に焼けた演舞場は昭和二十三年春に再建されます。戦前の東をどりはそれぞれに研鑽を積んだ踊りを見せる発表会でした。芸者として人間国宝となる当時の篠原頭取は開幕から終演までをデザインする公演に作り替えました。その中心が舞踊劇。川端康成、谷崎潤一郎、吉川英治など、文豪に戯曲を依頼、舞台美術は横山大観、竹内栖鳳、前田青邨という画壇を代表する作家が手掛けました。新橋花柳界の人脈と何より戦後復興を願う文化人の心意気で東をどりは復活します。舞踊の名手がまり千代が舞踊劇で見せた美しい男姿が話題を呼び、公演は大成功を収めます。楽屋口にはブロマイドを手にした女学生が出待ちの人垣となる光景をつくりました。
街の発祥百五十年を迎えた八十四回の東をどりから、料亭と芸者の魅力を伝える催しへと姿を替えました。格調高き序幕と転換する二幕の舞台構成、幕間には料亭の食と美酒でお迎えします。芸の新橋を支えるのは稽古に励む街の風、コロナ禍には映像と踊りを繋ぐ公演に挑み、翌年は復活を期して疫病退散の願掛けるお祭りに、昨年は完全復活に向けた一歩に、令和7年には百回を迎えます。一見お断りの花柳界、そこに在る日本の綺麗、素敵な日本を感じる文化の入口となるよう東をどりは歩みを進めます。
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紹介内容に変更がある場合があります。予めご了承をお願いたします。
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記載料金は、全て税込価格で表記しています。
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原則として、公演中止以外でのチケット、事前注文食事券の払い戻しはいたしません。
東をどりに関する一般の方からのお問合せ
東京新橋組合
TEL 03-3571-0012 平日10:00~17:00
公式ホームーページ : https://azuma-odori.net
公式X : @azumaodori : 公式Instagram:#東をどり
東をどり広報事務局
東をどり広報事務局
担当 : 伊藤
TEL : 090-6198-2781
Mail : h_itoh@yoshizawajimusyo.jp
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