特別展「倉敷大原家と中国絵画」開催のお知らせ
元時代の名品から近代の巨匠まで 大原家ゆかりの中国絵画コレクション

趣旨
白壁の町並みがいにしえの風情を今に伝える町、倉敷。瀬戸内海の干拓と新田開発を背景に、江戸時代中期より備中地域の政治・経済の拠点として発展を遂げた町です。天領、すなわち幕府直轄地であった倉敷では、大名の直接支配や庇護を受けない時代が長く続いたことから、町衆の間に自治の気風が育まれ、米や綿花、菜種などの流通・加工を通じて力を蓄えた有力商人たちがその中心的役割を担っていきました。そのような中で、江戸時代後期に勢力を伸ばした「新禄」と呼ばれる商家のひとつが大原家です。幕末には倉敷を代表する豪商へと成長を遂げた大原家は、近代に入ると倉敷紡績の経営に乗り出し、その資本をもとに、今日に続く倉敷の発展を導いていくこととなります。
本展は、大原家の六代目である孝四郎(1833-1910)、七代目の孫三郎(1880-1943)、八代目の總一郎(1909-1968)を中心に、大原家代々が収集し愛賞した中国絵画をご紹介するものです。倉敷紡績初代社長をつとめ、近代産業資本家としての大原家の基盤をつくった孝四郎。西日本屈指の企業家として活躍するとともに、希代の社会事業家としても名を残した孫三郎。戦後の倉敷レイヨン(現クラレ)を率い、理想をあきらめないその姿勢から「美しい経済人」と評された總一郎。彼らの手による中国絵画コレクションには、時代を超えて受け継がれる中国文化への敬愛とともに、変貌を遂げていく日中関係と時代の様相が映し出されているといえるでしょう。室町将軍家旧蔵品、いわゆる「東山御物」であり、古渡の名品として名高い国宝《宮女図》をはじめ、開国間もない日本で繰り広げられた清人画家との交流を物語る胡鉄梅作《謙受堂雅集図》(初公開)、中国最後の文人といわれ、近代日中文化交流でも大きな役割を果たした呉昌碩作《墨梅図》など、元時代より近代に至るまで、国宝2件、重要文化財2件と多数の初公開作品を含む展示作品により、大原家と中国絵画との関わりを紐解いていきます。
また、本展は2023年に本格的修復を終えた《五牛図巻》の修復後初公開の機会ともなります。元時代の名品として知られる《五牛図巻》と、20世紀を代表する伝説の中国人画家張大千との驚くべき関わりをはじめ、修復事業を通して明らかとなった知見を広く共有することにより、今後の活発な議論を促し、中国絵画研究の進展に寄与することを願うものです。
展示構成
プロローグ:大原家の古画コレクション

大原家の七代目である孫三郎は、我が国でいち早く西洋近代絵画を収蔵・公開した大原美術館(1930年開館)を設立したことで知られますが、彼個人が愛好したのは東洋の古美術でした。備中ゆかりの画僧雪舟等楊の絶筆とされる国宝《山水図》は、孫三郎の収集品を代表する1点です。また、六代目である孝四郎の生家藤田家は江戸後期の文人画家浦上玉堂と親交のあった商家であり、孫三郎はその血脈に導かれるように、玉堂作品の一大コレクションを形成していきました。プロローグでは、中国絵画収集の前提ともいえるこれら古画コレクションの中から代表的名品を紹介し、大原家代々に受け継がれた文化的血脈を確認します。
主な展示作品
・雪舟等楊《山水図》 室町時代 16世紀
個人蔵(京都国立博物館寄託) 国宝
※展示期間:4月25日~5月24日
・浦上玉堂 《山雨染衣図》 江戸時代 19世紀
岡山県立美術館所蔵 重要文化財
※会期中展示替えがあります。
第一章:大原家の中国絵画 古渡(こわたり)、中渡(なかわたり)、新渡(しんわたり)と来舶画人

日本に伝存する中国絵画は、その請来時期によって「古渡(中世)」「中渡(近世)」「新渡(近現代)」と区分され、それぞれ作品の傾向も異なりますが、大原家による中国絵画コレクションは、これらを満遍なく含むものとなっています。古渡としては、孫三郎最晩年の収集品で、東山御物、即ち室町将軍家旧蔵品として知られる国宝《宮女図》が白眉であり、新渡としては、次章でとりあげる呉昌碩の作品群が目を引きます。また、実際に日本を訪れた、いわゆる来舶画人の作品も多く含まれています。大原家での宴席の様子を描き留めた胡鉄梅《謙受堂雅集図》はそのひとつで、孝四郎をはじめ倉敷の有力町衆と思しき人々が胡鉄梅を囲んで過ごした和やかなひとときを、活き活きとした筆遣いで伝えています。第一章では、これらの作品を通して日本人が中国絵画へ注いだ眼差しの変化をたどります。
主な展示作品
・「銭選」印《宮女図》 元時代(13–14世紀)
個人蔵(京都国立博物館寄託) 国宝
※展示期間:5月9日~6月7日
・「用田」印《栗鼠図》 元時代 14世紀
個人蔵 初公開
・仇英(款)《上林賦図》 明時代 17世紀
大原芸術財団大原美術館所蔵 初公開
・胡鉄梅《謙受堂雅集図》
清時代 1885年 個人蔵 初公開
※会期中展示替えがあります。
第二章:大原孫三郎と呉昌碩コレクション

三郎とともに大原美術館の礎を築いた洋画家児島虎次郎は、長くヨーロッパに滞在し西洋文化に通じる一方、中国の古文化を深く敬愛し、4回にわたる中国滞在を果たしました。孫三郎は、「中国最後の文人」と称される呉昌碩の作品を多数所蔵していましたが、それらは全て児島が中国訪問時に呉昌碩本人やその周辺の人々を訪ねて買い求めてきたものです。明治以来、呉昌碩は日本でも人気が高く、その作品は今日も我が国に多数伝存しますが、画家児島の眼で選び取られた呉昌碩作品は、それらの中でも特別な輝きを放つ一群といえるでしょう。第二章では、日本の中国進出や日中航路の整備を背景に、実際に中国を訪れることが可能となった大正時代、洋画家児島虎次郎によって収集された呉昌碩コレクションとその関連作品をご紹介します。
主な展示作品
・呉昌碩《倣沈周僧庵山水図》 1912年
個人蔵
・呉昌碩《牡丹玉蘭図》 1913年
個人蔵
・呉昌碩《墨梅図》 1914年
個人蔵
・王一亭《朱達磨図》 1921年
個人蔵
・児島虎次郎《菜果図》 1922年
個人蔵
第三章:大原總一郎と大原美術館の中国絵画

孫三郎が設立した大原美術館は、戦後、八代目の總一郎のリーダーシップのもとに精力的な作品収集と施設の拡充を進めました。中国を主とした東アジア文物の展示施設「東洋館」の新設もそのひとつです。總一郎は青春時代、東西古文化に対する児島の思想に触れ、戦後は、記念碑的大著『雲岡石窟』を手掛けた長廣敏雄、水野清一ら京都大学の東洋美術・考古学研究者との交流から多くを学びました。企業家としての總一郎は、1960年代初頭、当時深刻な繊維不足に陥っていた中国の求めに応え化学繊維ビニロンのプラント輸出に踏み切っており、国交断絶下において政治の常識を超えて成し遂げられたこの事業は、總一郎の中国への思いと、中国文化への理解によって下支えされたものといえるでしょう。第三章では、大原美術館に収蔵された中国絵画を紹介し、中国との国交断絶下で進められた東洋館構想について考えます。また本章では、十数年ぶり、かつ修復後初公開となる《五牛図巻》をご覧いただきます。2カ年にわたる本格的修復事業を通して得られた知見を共有し、今後の活発な議論の契機になればと考えます。
主な展示作品
・董源(款)《群峰霽雪図巻》 明時代 15-16世紀
大原芸術財団 大原美術館所蔵
・韓滉(款)《五牛図巻》
大原芸術財団 大原美術館所蔵
会場
大原美術館 本館 5~7室 (岡山県倉敷市中央1-1-15)
会期
2026年4月25日(土)~同年6月7日(日)
休館日:月曜日 ただし、4月27日(月)、5月4日(月・祝)は開館
*大原美術館の入館券で本展示もご覧いただけます。
開館時間
9:00~17:00(16:30入館締切)
観覧料
大原美術館入館券(本館、工芸・東洋館、児島虎次郎記念館共通)
一般:2,000円/小学生・中学生・高校生または18歳未満:500円/小学生未満:無料
・各種優待制度がございます。
主催
公益財団法人大原芸術財団 大原芸術研究所・大原美術館
後援
大原美術館後援会
監修
板倉聖哲(東京大学東洋文化研究所 教授)
特別顧問
守安收(岡山県立美術館 館長)
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