多能性幹細胞に人工的に概日時計機構を作動させることに成功~1日のリズムを刻む(‘ticking’)iPS細胞の誘導~
【ポイント】
多能性幹細胞は概日時計機構を有さないことで知られているが、ある低分子化合物の処理と時計遺伝子の導入により人工的に概日リズムを誘導することに成功した。
時計機構が作動したiPS細胞(‘ticking’iPS細胞)ではあらゆる体細胞になれる能力(多能性)は保持しているが、無限に分裂する能力(増殖能)が顕著に抑制されていた。
本研究の成果は、多能性幹細胞が時計機構を有さないメカニズムとその必要性を説明するものであり、ヒト発生初期の時計出現機構を解明する上で重要な知見である。
【概要説明】
植物、昆虫やヒトに至るまで、体を構成するほとんどの細胞は概日時計機構を有しており、24時間周期の生体機能を発揮している。しかしながら多能性幹細胞*1ではこの時計機構が未発達であることが分かっている。哺乳類において概日リズム*2は時計遺伝子の転写フィードバックループにより駆動しているが、iPS細胞では時計遺伝子の転写がポリコーム抑制複合体*3により抑制されていること、その複合体の阻害剤と時計遺伝子BMAL1の細胞内導入の組み合わせで概日リズムが惹起されることを明らかにした。一方でこの人工的な概日時計機構の誘導はiPS細胞の増殖能を著しく低下させることを発見した。
【考察と展望】
ヒトiPS細胞ではPRC2による時計遺伝子のエピジェネティクス制御が概日リズムの発生を抑えていることが示唆された。一方で、PRC2の阻害のみでは有意なリズムが観察されないため、BMAL1の細胞内導入のようなスイッチが必要であると考えられた。
また時計機構が作動しない必要性について、概日リズムが発生したヒトiPS細胞では増殖能が低下することから、その発生を抑えることが無限増殖能の獲得に重要である可能性が示された。ヒト発生においても受精卵の急速な分割を可能とするために、敢えて時計機構を未獲得としたまま増殖性の獲得に集中する必要があったと推測できる。
本研究は、ヒトiPS細胞の生理機構の一端を示すとともに、ヒト発生における概日時計機構のOFF/ONスイッチの重要性を示す報告である。さらに多能性幹細胞と同様に無限増殖能を有する一部のがん細胞では概日時計機構の破綻が生じており、本研究を応用した戦略でそれらのがん細胞の増殖を抑制する薬剤の開発に繋がる可能性がある。
【用語解説】
*1 多能性幹細胞:胚体外組織以外のあらゆる体細胞に分化できる細胞。受精4日目の胚盤胞から樹立されたES細胞や山中4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)により人工的に誘導したiPS細胞がこれにあたる。多能性幹細胞は多能性の他に無限増殖能を有する。
*2 概日リズム:おおよそ一日周期のリズムのこと。細胞内で時計遺伝子発現が概日リズムを示すことで生体の様々な生理現象に概日リズム性が現れる。
*3 ポリコーム抑制複合体:DNAの高次構造を形成するヒストンタンパク質を修飾するタンパク質複合体である。ヒストンH3の27番目のリシンをメチル化することでDNAの高次構造を変化させ遺伝子転写を抑制する。多能性幹細胞で活性が高く、分化に関わる遺伝子発現を抑制することで多能性を保持する役割を有する。
【論文情報】
研究論文名:Artificial induction of circadian rhythm by combining exogenous BMAL1 expression and polycomb repressive complex 2 inhibition in human induced pluripotent stem cells(ヒトiPS細胞における外因性BMAL1の発現とポリコーム抑制複合体2の阻害による概日リズムの人工的誘導)
著者、所属:Hitomi Kaneko1, Taku Kaitsuka2*, and Kazuhito Tomizawa1* (金子瞳1、貝塚拓2、富澤一仁1; 1熊本大学大学院生命科学研究部 分子生理学講座、2国際医療福祉大学 福岡薬学部 薬学科)
公開雑誌:Cellular and Molecular Life Sciences
Doi 10.1007/s00018-023-04847-z
URL https://link.springer.com/article/10.1007/s00018-023-04847-z
【謝辞】
本研究成果は、文部科学省科学研究費助成事業、国立研究開発法人科学技術振興機構研究成果展開事業の支援を受けて実施したものです。
[お問い合わせ]
<研究に関すること>
熊本大学大学院生命科学研究部 分子生理学講座
担当:教授 富澤 一仁
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E-mail:tomikt※kumamoto-u.ac.jp
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