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慶應義塾
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イヌ変性性脊髄症の原因となるSOD1タンパク質の種特異的な凝集メカニズムを解明

慶應義塾

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 環境医学研究所の橋本慶 大学院生、渡邊征爾 講師、山中宏二 教授、同 岐阜大学 科学研究基盤センター 神志那弘明 特別協力研究員 兼 KyotoAR動物高度医療センター センター長 、慶應義塾大学 理工学部 古川良明 教授らの共同研究グループは、イヌの変性性脊髄症(DM)における原因タンパク質SOD1の種特異的な凝集メカニズムを解明しました。

DMでは、SOD1タンパク質の40番目のグルタミン酸がリシンに変化するE40K変異により、SOD1タンパク質の異常な凝集が引き起こされて脊髄の運動神経細胞が傷害されると考えられています。一方、ヒトの神経難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)においてもSOD1タンパク質の異常な凝集によって運動神経細胞が傷害されますが、E40K変異はヒトSOD1には全く影響せず、E40K変異によるイヌSOD1の凝集は種特異的なものであることが示唆されています。そこで、本研究グループではE40K変異によるイヌSOD1の種特異的な凝集のメカニズムを解明することを目的に研究を行い、イヌSOD1がもともと、タンパク質中心部の疎水性が高い領域に「隙間」があるためにヒトSOD1よりも不安定で凝集しやすいことを発見しました。また、この「隙間」の有無を操作することによって、E40K変異による種特異的なSOD1タンパク質の凝集を再現することにも成功しました。このことから、中心部の「隙間」に伴うイヌSOD1固有の脆弱性がE40K変異に伴う種特異的な凝集の要因になっていることが明らかとなりました。本研究成果は、今後DMに対する新規治療法の開発につながることが期待されます。

本研究成果は2023年5月6日付で米科学誌 Journal of Biological Chemistry にオンライン掲載されました。


ポイント

  • イヌの変性性脊髄症(DM)の原因と考えられるE40K変異はイヌSOD1を種特異的に凝集させますが、その分子メカニズムは不明なままでした。


  • SOD1タンパク質の117番目のアミノ酸残基をイヌ型(メチオニン)またはヒト型(ロイシン)にすることで、E40K変異の種特異的な凝集が再現されることを発見しました。


  • X線結晶構造解析の結果、117番目のアミノ酸残基がイヌ型(メチオニン)の場合、中心部の疎水性が高い領域に「隙間」が生じて、SOD1タンパク質がE40K変異に対して脆弱になることが判明しました。


  • 以上の結果から、中心部の「隙間」に伴うイヌSOD1固有の脆弱性が種特異的な凝集の基盤となっていることが明らかになりました。


1.背景

イヌの変性性脊髄症(DM)は、脊髄にある運動神経細胞が変性し、後肢を中心に全身の筋肉が進行性に麻痺していく難病です。DMの原因は長らく不明でしたが、ヒトの筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因遺伝子でもあるSOD1遺伝子に変異が同定され(Awano et al. 2009 PNAS)、SOD1遺伝子がコードするCu/Znスーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)(※3)タンパク質の40番目のグルタミン酸がリシンに置き換わる(E40K変異)ことが主要な原因であると考えられています。
SOD1遺伝子の変異を原因とするALSとDMは臨床的および病理学的に多くの共通点が見られます。このため、DMはALSのイヌにおける自然発症モデルとも呼ばれます。これまでの研究から、遺伝性ALSではSOD1タンパク質が変性して細胞内で凝集することが運動神経細胞の変性に重要と判明しています。一方でイヌSOD1もE40K変異によって凝集しますが、ALSではE40K変異を原因とするものが存在せず、またヒトSOD1にE40K変異を導入しても凝集が生じない(Crisp et al. 2013 Exp Neurol)ことから、イヌSOD1のE40K変異に伴う凝集は種特異的なものであることが示唆されています。もし、E40K変異がヒトSOD1と全く異なる、イヌSOD1独自のメカニズムで凝集を引き起こすのであれば、E40K変異に適したDMの治療法を開発する必要があります。そこで、本研究ではイヌSOD1のE40K変異による種特異的な凝集の分子メカニズムを解明することを目的に研究を行いました。


2.研究成果

イヌとヒトのSOD1には約20%の異なるアミノ酸配列が存在していることから、本研究グループでは、これら種間で異なるアミノ酸残基の中にイヌSOD1特異的な凝集の原因となるアミノ酸残基が存在するのではないかと考え、その同定を目指しました。イヌSOD1とヒトSOD1の一部をそれぞれ交換したキメラ(※4)SOD1を作製し、イヌSOD1と同様にE40K変異依存的に凝集するアミノ酸残基を絞り込んだ結果、117番目のアミノ酸残基(イヌではメチオニン・ヒトではロイシン)が重要であることが明らかになりました。イヌSOD1の117番目のメチオニンをヒトSOD1と同じロイシンに置換すると、イヌSOD1のE40K変異に伴う凝集を顕著に抑制し(図(a)、矢頭のような凝集がみられない)、またこれとは逆にヒトSOD1で117番目のロイシンをイヌSOD1と同じメチオニンにするとE40K変異依存的なヒトSOD1の凝集を引き起こしました(図(b)、矢頭)。
研究グループは引き続いて、なぜ、この117番目のアミノ酸残基がイヌSOD1の種特異的な凝集に重要なのか、その分子メカニズムを解明するための実験を行いました。これまでの研究で、凝集性を持つタンパク質の多くは構造が不安定で、加熱により容易にタンパク質構造が壊れることが知られています。実際、イヌSOD1は変異をもたない野生型でもヒトSOD1より熱に対して安定性が低いことがわかりました。これは、イヌSOD1がもともとヒトSOD1に比べて凝集しやすい性質を持つことを示唆しています。興味深いことに、今回同定した117番目のメチオニンをヒトSOD1と同じロイシンに置換すると、イヌSOD1の熱安定性は劇的に改善され、一方で、ヒトSOD1の117番目のロイシンをイヌSOD1と同じメチオニンに置換すると、今度は逆にヒトSOD1の熱安定性が低下しました。神経培養細胞を用いた毒性評価においても、117番目のアミノ酸残基がロイシンであるときにE40K変異をもつイヌSOD1変異体の毒性が低下しました。これらの結果は、117番目のロイシンがイヌとヒト、両方のSOD1タンパク質の構造を安定化しており、E40K変異による凝集や毒性を抑制するのに重要であることを示唆しています。
では、なぜイヌSOD1は117番目のメチオニンがロイシンになることで安定化されるのでしょうか。この疑問に答えるため、研究グループでは、さらにX線結晶構造解析(※5)を行ってイヌSOD1の立体構造を解析しました。その結果、イヌSOD1の中心にある疎水性の高い領域においてメチオニンが「隙間」を作ることを見出しました(図(c))。さらに117番目のアミノ酸をメチオニンからロイシンに置換すると、この「隙間」が解消されることを発見しました。よって、イヌSOD1がヒトSOD1よりも不安定なのは、この「隙間」の有無によることが示唆されました。
以上の結果から、イヌSOD1にはヒトSOD1とは異なり、117番目のメチオニンが作る「隙間」に由来した脆弱性が存在し、それがE40K変異に伴う種特異的凝集の要因となっていると考えられます。

3.今後の展開
本研究では、イヌSOD1の種特異的凝集の鍵となるメカニズムを解明しました。イヌSOD1はヒトSOD1と異なるメカニズムで凝集しているのではなく、「隙間」に由来するE40K変異に対する脆弱性の有無が種特異的凝集メカニズムの鍵となることが明らかとなりました。「隙間」をもたないヒトSOD1でE40K変異は凝集を引き起こさないことから、この疎水性が高い領域を安定化させればイヌSOD1の異常な凝集を抑制し、DMの発症や進行を抑制できる可能性が考えられます。


4.研究助成
本研究は、日本学術振興会科研費(JP18H02740, JP19KK0214, JP22H00467 [山中]、JP22J15394 [橋本])、新学術領域研究「生命金属科学」(JP19H05765 [古川])、日本医療研究開発機構(JP21ek0109426 [山中])の支援を受けて行われました。


5.用語説明
※1 変性性脊髄症(Degenerative Myelopathy; DM)
脊髄の運動神経細胞が変性、脱落することで、後肢を中心として全身に進行性の麻痺や筋萎縮を生じる、ヒトALSに類似した難病で、イヌのウェルシュ・コーギー・ペンブローク、ボクサー、ジャーマン・シェパードなどに多い。ヒトの遺伝性ALSの原因にもなっているSOD1遺伝子上の変異が原因である。E40K変異が最も多いが、一部に18番目のトレオニンがセリンに変異するT18S変異も報告されている。


※2 筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis; ALS)
脊髄および脳の運動神経細胞に細胞死がおこる神経難病。遺伝的な背景をもたない孤発例が全体の約9割を占めるが、残りの1割は遺伝性に発症する。SOD1遺伝子上の変異は、遺伝性ALSの中でも約2割を占め、また本邦では最も多く、これまでに100以上の原因変異が同定されている。


※3 Cu/Znスーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)
SOD1遺伝子によってコードされる活性酸素の除去を担う酵素。これまでの研究から、SOD1は機能喪失(loss-of-function)ではなく、SOD1タンパク質が異常凝集して毒性を発揮する毒性獲得(gain-of-toxicity)のメカニズムで運動神経細胞を傷害することが明らかとなっている。


※4 キメラ
同一個体に遺伝学的由来の異なる細胞が混じっている状態を指す。本論文では、イヌ・ヒトのSOD1遺伝子が混じったキメラSOD1遺伝子を作製して細胞での実験に用いた。


※5 X線結晶構造解析

タンパク質の結晶にX線をあてることでタンパク質の立体構造を明らかにする技術。本研究では、大腸菌でイヌSOD1タンパク質を大量に作製して結晶化させ、立体構造解析を行った。


6.発表雑誌
掲載誌名:Journal of Biological Chemistry
論文タイトル:Intrinsic structural vulnerability in the hydrophobic core induces species-specific aggregation of canine SOD1 with degenerative myelopathy–linked E40K mutation
著者・所属
Kei Hashimoto1, 2, Seiji Watanabe1, 2, Masato Akutsu3, Norifumi Muraki3, Hiroaki Kamishina4, 5, Yoshiaki Furukawa3, Koji Yamanaka1, 2, 6, 7
1Department of Neuroscience and Pathobiology, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Nagoya, Aichi, Japan
2Department of Neuroscience and Pathobiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan
3Department of Chemistry, Keio University, Yokohama, Kanagawa, Japan
4Life Science Research Center, Gifu University, Gifu, Japan
5Kyoto AR Advanced Veterinary Medical Center, Kyoto, Japan
6Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Aichi, Japan 7Center for One Medicine Innovative Translational Research (COMIT), Gifu University Institute for Advanced Study, Gifu, Japan

DOI:10.1016/j.jbc.2023.104798

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