新たなバイオベース接着剤のハッケン!自動車用構造材をミドリムシ由来材料で接着
加熱すると解体できる性質を活かして使用済み自動車部品のリサイクルに貢献
ポイント
■ ミドリムシ由来多糖と脂肪酸を原料とする接着剤
■ 石油由来のエポキシ系構造材用接着剤の接着強度に匹敵
■ 加熱により容易に解体できるだけでなく、再加熱で繰り返しの接着が可能
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門 芝上基成キャリアリサーチャー、氷見山幹基 主任研究員、センシングシステム研究センター 寺崎正 研究チーム長は、旭化成株式会社(以下「旭化成」という)と共同で、ミドリムシの細胞から抽出される多糖(パラミロン)をベースとする組成物(以下「ミドリムシ接着剤」という)が、自動車構造材用接着剤として使用可能な接着強度を発現することを確認しました。
ミドリムシ接着剤は、ミドリムシがその細胞内に多量に蓄積するパラミロンを主成分とするバイオベース接着剤です。ミドリムシ接着剤は、脂肪酸をパラミロンに付加することで作ることができます。このミドリムシ接着剤は、アルミニウム製自動車用構造材の接着に求められる接着強度を上回る力でアルミニウム板を接着することができます。この接着強度は、石油由来の代表的な自動車構造材用接着剤であるエポキシ系接着剤の一般的な接着強度に匹敵するものであり、これまでに報告されているバイオベース接着剤の接着強度も上回ります。
従来の自動車構造材用接着剤は、接着力は高いがその反面、解体が容易ではありませんでした。そのため使用済み自動車の解体や部品の再利用は困難でした。これに対してミドリムシ接着剤で接着したアルミニウム板は加熱により容易に解体でき(易解体性)、しかも解体後も再加熱により同程度の接着力でアルミニウム板を再度接着することができます。
使用済み自動車に由来する廃棄物が環境に与える影響は多大です。このことを背景として、使用済み自動車を容易に解体できることと、部品の再利用・再生利用を目的としたELV(End of Life Vehicles、廃車)指令が2000年にEUで発出されています。そのため高い接着強度と易解体性を併せ持つ接着剤が長らく求められていました。今回開発したミドリムシ接着剤は、高い接着強度と易解体性を併せ持つことから、使用済み自動車に由来する環境問題の解決に貢献することが期待されます。
なお、この技術の詳細は、2024年12月5-6日ポルト市(ポルトガル)で開催される「1st
International Conference on Bio-joining」で12月6日に発表の予定です。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
使用済み自動車に由来する廃棄物が環境に与える影響は多大なものとなります。その影響の削減/低減を目的としたEUの法令がELV指令です。これは使用済み自動車を容易に解体できること、および部品の再利用・再生利用を目的としたものです。このような背景から、高い接着強度と易解体性を併せ持つ接着剤が求められていました。しかしエポキシ系接着剤などの従来の接着剤は、接着力は高いものの解体が容易ではなく、そのため依然として使用済み自動車に由来する環境問題の解決には至っていませんでした。
研究の経緯
産総研は、持続可能な循環型社会の実現を目指して、これまでの石油由来の材料をバイオベース材料に置き換えるための研究開発を進めてきました。バイオベース材料の素材として、高い二酸化炭素固定能および水中の糖を効率よく栄養源とする能力を併せ持つミドリムシに着目しました。ミドリムシは二酸化炭素や糖を原料として、パラミロンと呼ばれる多糖を大量に細胞内に蓄積することが知られています。
パラミロンはミドリムシの乾燥細胞重量の半分以上の重さになるほど多量にミドリムシ細胞の中に蓄積される生体物質です。パラミロンはブドウ糖が2,000個ほどつながってできた多糖と呼ばれる分子です。ミドリムシの細胞内では多数のパラミロンが寄り集まって形成された、直径が数マイクロメートルの粒子として存在しています(図1)。
この粒子中のパラミロンの純度はほぼ100%であるため、複雑な精製工程を経ることなくそのまま各種材料へ化学変性することができます。またミドリムシ細胞は柔らかい細胞膜だけで囲われており(つまり硬い細胞壁をもたない)、そのためパラミロンはミドリムシ細胞から容易に取り出すことができます。さらに、ミドリムシの培養には、培養液1リットル当たり数十グラム以上の収率が望める高密度培養が可能であること、また他の微生物が生息しにくい酸性条件下でも培養が可能であることなどの長所があります。
産総研は過去10年以上に渡り、パラミロンのバイオベース材料素材としての利用可能性について検討を行い、パラミロンを化学変性することでさまざまな材料へ加工できることを発表してきました(例えば2013年1月9日産総研プレス発表)。また産総研では、接着現象の詳細な解明や接着力の評価技術の高度化についても開発を行ってきました。今回、産総研グループ(産総研、および、株式会社AIST
Solutionsの総称)は旭化成と共同で、新たに開発したミドリムシ接着剤の精密な接着力評価を行ったところ、自動車構造材用の接着剤として利用が可能なレベルの、高い接着力を発揮することを確認しました。
研究の内容
上記の特徴を持つパラミロンは大量生産、大量供給のポテンシャルがあることから、産総研ではパラミロンを、様々な化成品の原料となる石油化学産業におけるナフサのような存在と位置づけ、新たなバイオベースものづくり産業の創成を目指して、パラミロンを出発物質とするさまざまな材料創製を目指す研究開発を行ってきました。
今回、パラミロンベースのものづくり研究開発の一環として、産総研と旭化成は、天然にも見られる脂肪酸をパラミロンに一定量付加することで合成したミドリムシ接着剤が、(1)加熱冷却プロセスにより2枚のアルミニウム板を強力に接着し、また(2)再加熱により容易に解体でき、さらには(3)解体したアルミニウム板上に残存しているミドリムシ接着剤が、複数回の接着解体プロセスを経ても最初の接着力と同程度の接着力を維持できることを確認しました。
ミドリムシ接着剤の調製と評価方法は次の通りです。まず初めに、有機合成の手法でパラミロンに脂肪酸を付加することで、ミドリムシ接着剤の原料である、粉末状のパラミロンエステルを合成しました。この粉末を熱プレスすることにより厚さ0.05 mmの透明フィルムに加工しました(図2)。
次にこのフィルムを5×25 mmの大きさに切り出し、レーザー処理をしたアルミニウム合金(A6061)製の板(100×25×3 mm)の端に置き、さらにもう一枚の同様の処理をしたアルミニウム板をフィルムに重ね合わせるように置いたのちに、熱プレス、つづいて冷却することで2枚のアルミニウム板が接着された試験片を作成しました(図3)。
つづいて万能試験機を使って試験片の両端を固定して引張り、試験片が破断したときの力から引張せん断強度を算出しました。図4の表は、今回開発したミドリムシ接着剤と、代表的なエポキシ系構造材用接着剤、従来の最高強度のバイオベース接着剤のそれぞれの引張せん断強度値を比較したものです。ミドリムシ接着剤の引張せん断強度(30 MPa)は、一般的な構造材料用のエポキシ系接着剤の強度
(20~30 MPa)に匹敵し、2023年9月にNature誌で発表されたバイオベース接着剤の接着力(18
MPa)を上回る値です。ちなみにミドリムシ接着剤で接着された今回の試験片を破断させるために要した力は3750 N、重さに換算しますと約380 kgに相当します。つまりこの試験片を破断させるためには380 kgの重さが必要です。
図5はミドリムシ接着剤で接着した試験片が、再加熱により手で容易に解体できることを示しています。繰り返しの接着性を評価した結果もあわせて示しています。解体と加熱による再接着を4回繰り返したのちでも接着力は維持されていました。この結果からミドリムシ接着剤は、使用済み自動車部品の解体を容易にする重要な一手段となりうるものと考えています。
今後の予定
今回の結果は、ミドリムシ接着剤が持つ自動車構造材用接着剤としての高いポテンシャルを示唆しています。ミドリムシ接着剤の利活用で使用済み自動車の解体や部品の再利用、再生利用が容易となることで、使用済み自動車に由来する環境問題の重要な解決手段となることが期待されます。今後はミドリムシ接着剤の社会実装化を加速すべく、ミドリムシ接着剤の多角的な評価と改良に加えて、ミドリムシ接着剤原料の合成法のさらなる効率化に関する開発を進めます。自動車構造材用に加えて電子機器材料用など幅広い用途の利用可能性にも期待しています。
用語解説
ミドリムシ
光学顕微鏡で確認できるくらいの小さな藻(微細藻類)の一種。長さはおおよそ50マイクロメートル。鞭毛と呼ばれる長い毛のような器官を使って水中を泳ぎ回ることができ、また水中の糖を栄養源として増殖することができる。葉緑体を持っており、光合成を行うことができる。つまり動物的な側面と植物的な側面を持つ珍しい生き物である。
パラミロン
ミドリムシの細胞内に蓄積される、グルコースが連結してできた多糖と呼ばれる分子。ミドリムシは光合成ができない環境下や、糖などの栄養源が枯渇した環境下では、パラミロンを代謝することでエネルギーを生み出して生命活動を維持することができる。つまりパラミロンはミドリムシにとって非常時の栄養源ともいえる。
自動車構造材用接着剤
今後、自動車の軽量性や高耐久性に寄与するアルミニウムの需要が益々増えてくると予想される。このアルミニウムを接着するための接着剤は世界各国で開発競争が行われている。現段階ではエポキシ系接着剤が有望とされているものの、易解体性は劣る。例えば、エポキシ系接着剤で接着された自動車構造材は、液体窒素で凍らせたのちに専用の器具で力を加えて強引に外すなど、非常に手間と時間がかかる方法で解体されているのが現状である。
バイオベース接着剤
植物などの天然物に由来する分子(バイオ分子)を原料とする接着剤。一般的に、接着力はエポキシ系接着剤などの石油由来の接着剤に比べて非常に低いとされる。
脂肪酸
炭化水素鎖にカルボキシ基を1つ有するカルボン酸(カルボン酸:酸の一種で、炭素と水素と酸素で構成されるカルボキシ基を含む)。天然にも多く存在する。
エポキシ系接着剤
エポキシ基(エポキシ基:炭素と酸素で構成される三員環(三角形)の構造をもつ官能基)を含む樹脂を主成分とする接着剤。エポキシ基の高い反応性に基づく架橋(橋掛け)により多数の分子が絡み合った構造となり、その結果強靭性、耐水性、耐熱性、耐薬品性に優れた接着能を発揮する。優れた強度と性能を実現することから自動車や航空機などのモビリティ分野でも使用される。1液型と2液型の種類があり、金属、木材、コンクリート、プラスチックなどに接着が可能。
引張せん断強度
接着された材料が横方向の力にどれだけ耐えられるか、その数値的な指標で、ISO 4587, Adhesives-
Determination of tensile lap-shear strength of rigid-to-rigid bonded assemblies、JIS K 6850 「接着剤−剛性被着材の引張せん断接着強さ試験方法」に記載の手法により評価する。工業製品の多くは引張せん断力が働くように設計されるため、最も代表的な接着強度指標として使われている。
レーザー処理
車体接着長期安定化のための界面設計技術開発(2021~2024)(NEDO)において開発したレーザー表面処理を採用。
“Effect of laser pre-treatment on adhesive joint performance and evaluation of interfacial
strain distribution using mechanoluminescence”, N. Terasaki, Y. Fujio, Y. Sakata, K. Houjou,
K. Shimamoto, H. Akiyama, K. Yase, S. Horiuchi, S. Hartwig, J. Steinberg, C. Gundlach,
R. Hirakawa, The Journal of Adhesion, 2024, 1-18.
https://doi.org/10.1080/00218464.2024.2313103
Nature誌で発表されたバイオベース接着剤
3種の生体由来物質を出発物質として合成した反応性接着剤。バイオベース接着剤として非常に高い接着強度を実現した。
“Sustainably sourced components to generate high-strength adhesives”, C. R. Westerman,
B. C. McGill, J. J. Wilker, Nature, 2023, 621, 306-311.
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