ガンマ線の照射によって室温下でセラミックス被覆中の水素が移動することを発見

―材料からの水素除去技術の新展開―

国立大学法人 静岡大学

 静岡大学学術院理学領域の近田拓未講師(理学部附属放射科学教育研究推進センター兼務)らは、東京大学との共同研究で、核融合炉の実現に向けて解決すべき重要課題の一つである水素同位体の除去に関する研究開発として、ガンマ線照射による室温でのセラミックス被覆からの水素同位体の除去に成功しました。
 核融合炉では、燃料となる水素同位体(重水素、三重水素)が炉内の材料に留まることで、燃料効率の低下や放射性同位体である三重水素による被曝のリスクの増加が懸念されています。本研究では、水素同位体の透過漏洩や構造材料の腐食を低減するために設置することが検討されている酸化ジルコニウム被覆に対して、重水素を導入した後に室温でガンマ線照射することで、照射前と比較して被覆内の重水素濃度が減少することを発見しました。また、被覆内の水素同位体の存在状態や、照射する環境によって、ガンマ線による影響が異なることを明らかにしました。この結果により、これまで核融合炉の材料中に蓄積された水素同位体を除去するために運転を停止し長期間の加熱処理が必要と考えられていたのに対し、核融合炉内で発生するガンマ線で水素同位体を除去できる可能性を示しました。この成果は、核融合炉の燃料効率および安全性向上に資する基盤技術となるのみならず、材料中の水素制御技術全般に革新的な知見をもたらすものとして、今後広く応用されることが期待されます。
 本研究成果は、オランダのElsevier B.V.が出版する国際科学誌International Journal of Hydrogen Energyに2022年11月7日にオンライン掲載されました。(DOI: 10.1016/j.ijhydene.2022.09.103)




【発表のポイント】
●一般的に加熱が必要な材料中の水素除去を、ガンマ線の照射によって室温下で成功。
●材料中の水素の安定性や照射環境に応じて、ガンマ線による影響が異なることを解明。
●核融合炉材料および水素エネルギー関連材料からの水素同位体除去技術への活用が期待。


【研究背景】
 脱炭素、無尽蔵の資源、および固有の安全性の観点から、将来の基幹エネルギーとして研究開発が進められている核融合炉は、水素の同位体である重水素と三重水素(トリチウム)を燃料として核反応させてエネルギーを生み出します。重水素は海水に150 ppm(0.015 %)程度含まれるため資源として豊富といえますが、トリチウムは地球上にほとんどないため、核融合炉内で生産、回収し、燃料として供給するサイクルを確立する必要があります。しかし、水素同位体は鉄鋼材料などの金属中を高温で高速で通り抜ける(透過する)性質があるため、生産したトリチウムが回収されずに冷却材など配管の外に漏洩してしまう懸念があります。そこで本研究グループでは、水素同位体の炉外への漏洩を低減するための被覆の研究開発を進めており、これまでにセラミックス材料を用いた被覆で高い水素同位体透過低減性能を達成してきました。一方で、被覆を含めた核融合炉を構成する材料中に水素同位体が蓄積することによって、核融合反応を維持するために必要とする燃料が増えてしまう他、放射性核種であるトリチウムの蓄積による安全上の問題が生じます。トリチウムを材料から除去するためには、炉の運転を停止し加熱処理を行う必要があることから、稼働率の観点から材料中のトリチウムの蓄積についても対策が求められています。


【研究成果】
 本研究グループは、これまで高い水素透過低減性能が示されている酸化ジルコニウム(ZrO2)被覆を二種類の成膜手法を用いて作製し、重水素を導入した後、種々の条件でガンマ線を照射し、照射後の被覆中の水素同位体の量を核反応分析法(※1)によって測定しました。図1に、ガンマ線の吸収線量を変化させた被覆試料における、深さ100 nmの位置における軽水素と重水素から得られた信号を示します。この分析では、測定中の信号の変化から、可動性の水素同位体と安定な水素同位体に区別することが可能となりました。
 有機金属分解法(※2)で作製した被覆では、ガンマ線の吸収線量が増加するにしたがって水素同位体の総量が減少しました。特に、1.3 MGy照射した試料では、可動性の軽水素および重水素のほぼ全量がなくなり、さらに安定な重水素も減少しました(図1(a))。一方、マグネトロンスパッタリング法(※3)で作製した被覆では、安定な水素同位体のみ存在しており、1.3 MGyの吸収線量を与えた試料で減少が見られたものの、吸収線量と水素同位体の量に明確な違いはみられませんでした(図1(b))。この結果は、被覆中の水素同位体の存在状態によって、ガンマ線を照射した時の影響が異なることを示しています。図2に、入射させる粒子のエネルギーを変化させ核反応を起こす深さを調整することで、ガンマ線照射前後の重水素の深さ分析を得た結果を示します。ガンマ線照射時の周囲の気体をアルゴンと水素に変えて実施したところ、アルゴン下よりも水素下で照射した方が、重水素濃度の減少が小さいことが明らかになりました。これは、試料の周囲に水素が多く存在することで、被覆表面からの重水素の脱離が妨げられたためと考えられます。以上のように、成膜手法や照射時の条件によって、被覆中の水素同位体のガンマ線照射効果が異なることが明らかになりました。
 

図1 重水素導入した(a)有機金属分解法および(b)マグネトロンスパッタリング法で作製したZrO2被覆試料の深さ100 nmにおける、15N-NRAで得られた水素同位体シグナルのガンマ線吸収線量依存性図1 重水素導入した(a)有機金属分解法および(b)マグネトロンスパッタリング法で作製したZrO2被覆試料の深さ100 nmにおける、15N-NRAで得られた水素同位体シグナルのガンマ線吸収線量依存性

図2 重水素導入後、水素またはアルゴン雰囲気で1.3 MGyガンマ線照射した(a)有機金属分解法および(b)マグネトロンスパッタリング法で作製したZrO2被覆試料における、3He-NRAで得られた重水素濃度の深さ分布図2 重水素導入後、水素またはアルゴン雰囲気で1.3 MGyガンマ線照射した(a)有機金属分解法および(b)マグネトロンスパッタリング法で作製したZrO2被覆試料における、3He-NRAで得られた重水素濃度の深さ分布


【今後の展開】
 核融合炉に使われる他の材料で同様にガンマ線照射による水素同位体の除去が可能か検証します。特に、大量のトリチウムが溜まると考えられている核融合炉の内壁に使われる材料を用いて調べ、核融合炉における新たなトリチウム除染方法の提案に展開します。


【論文情報】
題名:Gamma-ray-induced migration of hydrogen isotopes in zirconium oxide coatings at room temperat
   ure
   酸化ジルコニウム被覆における水素同位体の室温下ガンマ線誘起移行
雑誌名:International Journal of Hydrogen Energy
巻号・ページ:Volume 47, Issue 93, Pages 39619-39625
著者:Takumi Chikada, Shota Nakazawa, Markus Wilde, Wataru Inami, Yoshimasa Kawata
DOI:10.1016/j.ijhydene.2022.09.103


【研究助成】
本研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(B) 19H01837)の支援を受けて実施されました。


【用語解説】
(※1)核反応分析法(Nuclear Reaction Analysis, NRA):高エネルギーの原子やイオンを物質に照射すると、物質内の原子核と反応し、異なる元素が生成する。この核反応を用いて、材料中の特定の原子の数を計測する手法。本研究では、水素および重水素と核反応を起こす窒素15(15N)、また重水素のみと反応するヘリウム3(3He)の高エネルギー粒子を用いて被覆中の水素および重水素の量を求めた。

(※2)有機金属分解法:金属が有機溶媒に溶けた状態で存在している溶液を用いて、塗布、乾燥、仮焼、熱処理を経て有機物を分解し、金属酸化物被覆を作製する手法。多くの成膜手法で必要な真空容器を使わず、液体を用いることから配管の内面にも成膜可能の手法として、実用化に向けた研究が進められている。

(※3)マグネトロンスパッタリング法:被覆の原料となる固体を標的とし、真空容器内でプラズマを衝突させることで原子やイオンとしてはじき出し、真空容器内に設置した基板の上に蒸着させる成膜手法。あらゆる金属やセラミックス被覆を蒸着できる手法で、不純物の少ない均一な被覆が作製できる。
 

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会社概要

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業種
教育・学習支援業
本社所在地
静岡県静岡市駿河区大谷836
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054-237-1111
代表者名
日詰 一幸
上場
未上場
資本金
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設立
2004年04月