回顧と自己省察を実現する大脳メカニズムを発見!

~自身の記憶を内省的に評価する「メタ記憶」の神経基盤の解明~

順天堂大学大学院医学研究科特任教授の宮下保司(東京大学大学院医学系研究科客員教授)、東京大学大学院医学系研究科の宮本健太郎(日本学術振興会特別研究員)らによる共同研究グループは、自分自身の記憶を内省的にモニタリングする能力「メタ記憶」*1の神経基盤を世界で初めて同定し、「メタ記憶」が記憶実行機能自体と乖離しうることを発見しました。この成果は、従来、ヒト特有の能力だと考えられてきた回顧や内省などの自己言及的な認知情報処理の大脳メカニズムを神経ネットワーク動作レベルで解明し、脳機能の科学的根拠に基づいた効果的な教育法の開発や、前頭前野を病巣とする記憶に関わる高次脳機能障害の診断・治療法の確立に貢献すると期待されます。本研究成果は米国Science誌1月13日(日本時間1月14日)号にて発表されます。
【本研究成果のポイント】
  • 従来、ヒト特有の能力と考えられてきた内省・回顧の神経基盤が、霊長類(マカクサル)の大脳に起源を持つことを示した
  • 自身の記憶処理過程を内省的にモニタリングする「メタ記憶」を因果的に生成する大脳神経ネットワークの存在を実証し同定した
  • 「メタ記憶」を司る大脳中枢領域の神経活動を不活化すると、記憶実行能力そのものは影響を受けず、メタ記憶能力のみが特異的に失われる(乖離する)ことを発見した


【背景】
自分自身の記憶を回顧し内省する能力は「メタ記憶」(記憶に関するメタ認知)と呼ばれます(図1)。この「メタ記憶」は、自身の行った認知情報処理を客体化し内省的に評価することが必要となる高度な精神機能なので、永らく、ヒトのみに特有な能力だと考えられてきました。「メタ記憶」が我々の脳からどのようにして生まれるのか、更に、記憶そのものの処理と独立した「メタ記憶」特有の神経基盤が我々の脳内に実際に存在しているかどうかは、現在まで分かっていませんでした。なぜなら、ヒトを対象とした研究では、ある認知処理に相関した脳活動を計測することは可能ですが、その脳活動と行動の間の因果関係を調べることは困難であったためです。そこで、私たちは、ヒトに近縁の霊長類の行動もメタ記憶の兆候を示すという近年の報告に着目し、マカクサルに遂行可能なメタ記憶課題を設計して、上記の問題の解明を試みました。

 

 

 

図1: メタ記憶(回顧・自己省察を可能にする脳の働き)図1: メタ記憶(回顧・自己省察を可能にする脳の働き)



【内容】
この研究で私たちは、マカクサルに対して、メタ記憶課題を訓練しました(図2)。この課題では、サルはまず、再認記憶課題(或る図形を記憶しているかどうか)に回答します。その上で更に、サルは、その回答に対する自身の確信(自信)の程度を判断することが要求されます。サルは、ヒトと違って言語で報告することの出来ない動物ですが、私たちはサル自身が確信している程度を、客観的かつ行動学的に評価する方法を実現させました。即ち、先行する再認記憶試行が正解の場合は「自信あり」の選択肢、不正解の場合は「自信なし」の選択肢をサルが選ぶと報酬が最大化するように課題を設計しました。するとサルは、正解時の方が不正解時より「自信あり」の選択肢を選ぶ割合を増やし、報酬を最大化するように行動したことから、サルも記憶に対する主観的な確信の評価―「メタ記憶」―に基づいた意思決定を行うことが裏付けられました。

 

図2: メタ記憶課題図2: メタ記憶課題


そこで、私たちは、課題遂行中のサルの全脳の神経活動を磁気共鳴機能画像法(fMRI法)*2で計測しました。すると、長期記憶に関わるメタ記憶処理時に背外側前頭葉の9野が特異的に活動することが見出されました(図3)。この領域の担う認知機能については、これまで(メタ記憶以外でも)全く報告がなく、今回、fMRI法を使うことで初めてこの領域の機能を同定したことは特筆に値します。更に、私たちは、fMRI法にて同定した背外側前頭葉9野の賦活領域に対してGABA-A受容体作動薬(ムシモール)*3の微量注入(マイクロインジェクション)を行い、この領域の神経活動を可逆的に抑制しました。すると、再認課題の正答率は変わらないものの、報酬を最大化する行動がとれなくなりました。これは、長期記憶にかかわるメタ記憶判断のみに特異的な機能不全が生じたことを意味しています(図4)。この発見により、記憶そのものの処理と独立した「メタ記憶」の神経基盤が、霊長類の大脳神経ネットワーク中に存在することが初めて実証されました(図5)。

図3: メタ記憶の処理に関わる領域図3: メタ記憶の処理に関わる領域

図4: メタ記憶処理領域の不活化による記憶課題・メタ記憶課題の成績への影響図4: メタ記憶処理領域の不活化による記憶課題・メタ記憶課題の成績への影響

 

図5: メタ記憶と記憶の大脳神経ネットワークモデル図5: メタ記憶と記憶の大脳神経ネットワークモデル

 

 

 

【社会的意義および今後の展開】

今回の結果は、大脳神経ネットワーク内に、「自己の大脳皮質で自分自身が行った情報処理」をモニタリング(監視)して自己評価する神経回路が存在することを初めて示しました。我々ヒトはものを考えるときに、さまざまな情報をもとに思考し、その思考の過程や結果を内省することで、情報処理の抽象度を高めて思索を深めていきますが、大脳神経ネットワークも我々の思索の過程と同様に階層的な構造を持っていることを示唆しています。この研究成果は、人間の抽象的な思考を可能にする回顧や内省などの自己言及的な認知情報処理の大脳メカニズム解明--ことに大脳神経ネットワークの因果的動作レベルにおける解明--につながり、科学的根拠に基づいた効果的な教育法の開発や、記憶に関わる高次脳機能障害の診断・治療法の確立など臨床的にも大きな貢献をもたらすことが期待されます。

また、言語を持たないマカクサルにおいて、「メタ記憶」に特化した神経回路が発見されたことは、動物も自らの記憶を自己モニタリングし、「内省」を行っていることを示しています。この結果は、動物を対象としたメタ認知機能に対する心理学・生理学・神経科学的な更なる探求を促し、将来的には、従来ヒト特有と考えられてきた高度な思考、推論、そしてそれらを統合する自己意識が生み出されるメカニズム及びその進化論的な起源の解明に繋がると期待されます。


【用語解説】
*1 メタ記憶
自分自身の認知活動(主に思考や知覚など)を内省的に捉え認知する能力「メタ認知」のうち、記憶に関するメタ認知のことを「メタ記憶」と呼びます。メタ記憶能力によって、我々は自身の記憶の状態を主観的に評価・認識します。メタ記憶によって得られる知識に基づいて、ヒトは、より効果的な学習を実現していると考えられ、近年、教育分野でも重要な能力のひとつとして注目されています。

*2 磁気共鳴機能画像法(fMRI法)
MRI(磁気共鳴画像装置)を使って、脳の血流反応を計測することにより、脳の活動を非侵襲的に測定する方法。fMRI法の基礎となっているBOLD法(Blood Oxygenation Level Dependent法)は、小川誠二博士(現・東北福祉大学 特任教授)によって発見されたもので、世界で広く用いられています。

*3 GABA-A 受容体作動薬(ムシモール)
脳内の主要な神経伝達物質のひとつであるγアミノ酪酸(GABA)と構造が類似し、GABA-Aサブタイプ受容体を活性化して神経活動を抑制する薬物。注入した場所から数ミリメートルの範囲の脳活動のみを、数時間程度、可逆的に抑制できるので、神経生理学研究において広く用いられています。


【原著論文】
論文タイトル:Causal neural network of metamemory for retrospection in primates
筆者:Kentaro Miyamoto, Takahiro Osada, Rieko Setsuie, Masaki Takeda, Keita Tamura,Yusuke Adachi, Yasushi Miyashita
掲載誌:Science(http://www.sciencemag.org/journals)2017年1月13日(日本時間1月14日)号
DOI: 10.1126/science.aal0162


なお本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の研究開発領域「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」(研究開発総括:小澤瀞司 教授)における研究開発課題「サル大脳認知記憶神経回路の電気生理学的研究」(研究代表者:宮下保司 特任教授)の一環で行われたと共に、JSPS科研費(JP19002010、JP24220008 共に研究代表者宮下保司)による支援を受けて行われました。なお、AMED-CREST研究開発領域は、平成27年4月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より移管されたものです。
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