高齢者施設の利用者の幸福度が「推し活」とともに段階的に進展することを確認
―地元サッカークラブを応援する「Be supporters!」活動に参加する高齢者施設の利用者を対象とした研究成果を、日本認知症学会学術集会で発表―
サントリーウエルネス(株)生命科学研究所(所長:中尾嘉宏、京都府相楽郡精華町 以下、生命科学研究所)は、京都大学 人と社会の未来研究院(教授:内田由紀子、京都市左京区)と、大阪公立大学 大学院情報学研究科 基幹情報学専攻(准教授:藤本まなと、大阪市住吉区)と共同し、当社が推進している活動「Be supporters!(ビーサポーターズ)」(以下、図表中では略称の「Beサポ!」で表記)に参加する、要介護状態(※1)にある高齢者施設の利用者を対象に、「応援活動」(いわゆる、「推し」の存在を作って活動する「推し活」)と幸福度の関係性を明らかにする研究を行いました。11月21日(木)~23日(土)に開催される「第43回日本認知症学会学術集会」で発表します。
なお、ウェルビーイングに関わる研究の中で、高齢者施設の要介護の利用者による「応援活動」を対象に行われた研究は珍しい(※2)と考えられます。ウェルビーイングが「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること」(※3)とされる中、日頃は健康食品等を研究・開発する生命科学研究所が、ウェルビーイングの「社会的に良好な状態」に着目し、社会心理学の観点を踏まえ研究を実施しました。
(※1) 身体上又は精神上の障害があるために、入浴、排せつ、食事等の日常生活における基本的な動作の全部又は一部について、厚生労働省令で定める期間にわたり継続して、常時介護を要すると見込まれる状態であって、その介護の必要の程度に応じて厚生労働省令で定める区分のいずれかに該当するものをいう。
(出典:厚生労働省ホームぺージ:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/nintei/gaiyo4.html)
(※2) PubMed(米国立医学図書館が提供している医学・生物学分野の代表的な文献検索システム)にて、検索ワード (”nursing home” or ”care home” or ”retirement home” or ”assisted living facility” or ”long-term care facility”) and ”cheering” and “well-being”で検索した結果、該当する学術文献なし(2024年8月当社調べ)
(※3) 出典:厚生労働省「平成30年度雇用政策研究会報告書」
▼発表演題
「介護施設利用者の生きがい形成 ―Be supporters!の活動事例分析―」
▼発表者
■サントリーウエルネス(株) 生命科学研究所 森田賢, 大塚祐多, 金田喜久, 出雲貴幸, 中尾嘉宏
■京都大学 人と社会の未来研究院 内田由紀子教授
■大阪公立大学 大学院情報学研究科 基幹情報学専攻 中曽禎啓, 江種大希, 小川唯, 藤本まなと准教授
▼研究の背景
「Be supporters!」は高齢者施設の利用者や認知症の方など、普段は周囲に「支えられる」場面の多い方が、地元のJリーグのクラブを応援することで、「支える」存在になることを目指す活動で、サントリーウエルネス(株)とJリーグが共同で推進しています。「いくつになってもワクワクしたい、すべての人へ」をコンセプトとしており、活動が始まった2020年12月から現在までで、参加者は全国約230施設・延べ約1万人(2024年8月時点)に広がっています。
活動開始以来、参加する施設職員の方々からは、「利用者に応援する好きな選手ができた」「脚が不自由で歩行器を使っている利用者が、好きな選手の写真を見るために、自力で一歩踏み出した」「腕が不自由でリハビリに積極的ではない利用者が、応援しているときは腕を挙げて手を叩く」「部屋に閉じこもりがちだった利用者が、他の方と一緒に応援することで笑顔が増えた」など、利用者のさまざまな変化が報告されてきました。
こうした中、生命科学研究所は、「Be supporters!」で利用者に起きた事象と感情・行動を構造化し、「応援活動」と幸福度の関係性を明らかにする研究を始めました。これは、生命科学研究所がこれまで健康食品や美容商品の研究・開発を通してお客様の健康と美に対する貢献を目指してきた中で、今後はさらに幸福についての理解を深め、お客様のウェルビーイングに伴走したいという考えによるものです。
▼研究の目的
高齢者施設における「Be supporters!」活動の実態を調査し、活動が利用者や周囲の職員・家族に及ぼしている影響を構造化する
▼研究概要
■研究方法:観察研究(※4)
■対象者:合計51名
・高齢者施設で実施するJリーグの試合観戦に参加している、利用者14名(以下、利用者)
・高齢者施設で実施するJリーグの試合観戦に参加している、高齢者施設に勤務している職員23名
・研究対象者の利用者の家族14名
■評価項目:質問票による評価(※5)、ウェアラブル端末による評価
■実施施設:
・高齢者総合福祉施設オリンピア兵庫(兵庫県神戸市)
・社会福祉法人 射水万葉会 天正寺サポートセンター(富山県富山市)
■調査期間:2023年9月~2024年1月
(※4) 観察研究:対象者の自然な状況を観察し、データを収集・分析する研究方法。質問票やインタビュー、医療記録などを使ってデータを集め、要因間の関連性を解析する。
(※5) 利用者に対する質問票については、利用者本人による回答が難しいため、担当職員が回答。
▼利用者に関する質問項目(全11項目)
(※6) 推し活度:「推し活」にどれくらい熱中しているかを測る、本研究のために独自に作成した指標。「応援している選手の名前あるいは背番号を覚えている」「応援している選手のことが、ふだんの生活で会話に出てくる」「応援している選手やチームのことを、自分からもっと調べて知ろうとしている」という独自に設定した3つの質問項目に対する回答の平均値(「全くあてはまらない」=1から「非常にあてはまる」=5)とした。
(※7) バーセル・インデックス(Barthel Index):日常生活動作を評価するための指標で、利用者の機能的な自立度を測定するために広く使用されている。全項目の合計点は0点から100点の範囲となり、100点が完全に自立していることを示す。(出典:Mahoney, F.I., and Barthel, D.W. (1965). Functional evaluation: the barthel index. Md State Med J 14, 61–65.)
(※8) 意欲の指標(Vitality Index):意欲を評価するための指標で、全項目の合計点数は0点から10点の範囲となる。点数が高いほど、意欲が高い事を示す。(出典:Toba, K., Nakai, R., Akishita, M., Iijima, S., Nishinaga, M., Mizoguchi, T., Yamada, S., Yumita, K., and Ouchi, Y. (2002). Vitality Index as a useful tool to assess elderly with dementia. Geriatr. Gerontol. Int. 2, 23–29.)
(※9) 生きがい意識尺度(Ikigai-9):「生きがい」を測る指標で、「自分は幸せだと感じることが多い」「何か新しいことを学んだり、始めたいと思う」「自分は何か他人や社会のために役立っていると思う」「こころにゆとりがある」「色々なものに興味がある」「自分の存在は、何かや、誰かのために必要だと思う」「生活がゆたかに充実している」「自分の可能性を伸ばしたい」「自分は誰かに影響を与えていると思う」の9つの質問項目から成る。今回の研究では、研究対象に合わせて一部改変して使用した。(出典:今井忠則, 長田久雄, 西村芳貢. (2012). 生きがい意識尺度(Ikigai–9)の信頼性と妥当性の検討. 日本公衆衛生雑誌 59, 433–439.)
▼結果①:「推し活」と「生きがい」の連動
高齢者施設で実施するJリーグの試合観戦に参加している利用者14名のうち、特に5名については「推し活度」と「生きがい意識尺度(Ikigai-9)」が連動して変化する特徴的な様子が観察されました。この5名は「推し活」が「生きがい」に大きく影響していると考えられます。
▼結果②:「社会関係資本(※10)」と「段階的欲求(※11)」が段階的に進展
特徴的な変化が観察された5名について、「選手にサインを求めるようになる」「ブラジル人選手を応援するためにポルトガル語の勉強を始める」「地域の住民やサポーターに声をかけられるようになる」等の具体的な事象を分析し、ウェルビーイングに関わる先行研究(※12)を参考に、いわゆる「つながりの力」である「社会関係資本」と、自己実現に向けた人間の欲求を理論化した「段階的欲求」が進展していると考えました。ここでは5名のうち2名について、以下ケース1・ケース2で例示します。
(※10)社会関係資本:人と人の関係性を資本として捉える考え方で、米国の政治学者、ロバート・パットナム氏によって「個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」と定義された。英語では「ソーシャル・キャピタル」。
(※11)段階的欲求:米国の心理学者アブラハム・マズローが著書「人間性の心理学」の中で提唱した「マズローの欲求段階説」のこと。人間の欲求を5段階の階層で説明した心理学理論。
(※12)坂倉杏介, 保井俊之, 白坂成功, 前野隆司 (2013). 「共同行為における自己実現の段階モデル」による「地域の居場所」の来場者の行動分析ー東京都港区「芝の家」を事例に. 地域活性研究 4, 23–30.
(ケース1)「社会関係資本」の進展が先行 ~他者との交流が増え、ムード―メーカー的存在になった~
・90代女性(ショートステイ利用/要介護3)
・担当施設職員の声:
以前入居していた施設では、他の利用者への敵対心が強くてコミュニケーションが難しく、トラブルもあっ
たと聞いている。当施設に移り、「Be supporters!」に参加して色々な方と交流するようになってから、
日常的なトラブルは明らかに減った。今はみんなのムードメーカー的な存在になっている。
(ケース2)「段階的欲求」の進展が先行 ~周囲の手伝いをするようになり、自分の役割ができた~
・80代男性(小規模多機能利用/要介護2)
・担当職員の声
入居した当初は、他の利用者と一緒に取り組む活動は一切やらないと断っていた。施設でも一人で椅子に座
って、孤立していることも多かった。当施設が「Be supporters!」の活動を始めたところ、クラブのポス
ターを壁に貼ったり、机や椅子を動かしたり、よく職員の手伝いをしてくれるようになり、今までは話をし
なかった女性の利用者とも会話するようになった。
▼まとめ
「Be supporters!」を実施する施設では、利用者の要介護状態に関わらず、「社会関係資本」と「段階的欲求」に段階的な進展がありました。「Be supporters!」への参加で心が動くことをきっかけに、仲間ができ、自分の存在や役割を認められると同時に、人とのつながりが生まれ、その状態が継続することで少しずつ幸福度が進展した、そして結果的に利用者自身や周囲に変化が生まれたのではないかと考えられます。また、進展のパターンは人それぞれで、その人らしい幸福度の高まり方が存在すると考えられます。
▼参考
本研究の発表に先立ち、一般の中高年者における「推し活」と幸福度の関係性について理解を深めるため、生命科学研究所は、「推し活」を実施する一般の中高年者約2,000人を対象としたオンラインアンケート調査を実施しました。また、その結果を、2024 年 9 月に「日本社会心理学会第 65 回大会」で発表し、「推し活」を実施する中高年者において、ポジティブな感情を高めることが幸福感に寄与していることを報告しています。「推し活」は、高齢者施設の利用者のみならず、中高年者にとってもウェルビーイングに寄与する一つの手段になると考えられます。
▼今後について
サントリーウエルネス(株)は、「ひとりひとりの『生きる』を輝かせる~体と肌と心のつながりを通じて~」というミッションのもと、健康食品や美容商品を年間延べ200万人超のお客様にお届けしています。人生100年時代の今、「健康寿命」だけではなく、幸せを感じることができる期間である「幸福寿命」も大切な価値観と考え、「Be supporters!」を通じていくつになっても自分らしく輝いて生きることの大切さを発信していきます。
また、生命科学研究所は今後も「Be supporters!」に関する研究を継続し、利用者や周囲にもたらす影響を検証していきます。研究の結果はより良い活動や、人の幸福についての理解を深めるために活用し、お客様のウェルビーイングに伴走することを目指します。
▼参考Webサイト
「Be supporters!」公式サイト
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