~ニュージーランド北海道酪農協力プロジェクト10周年記念セミナー実施レポート公開~
ニュージーランドで活躍する唯一の日本出身シェアミルカーに聞く、放牧酪農の技術とライフスタイル
2023年3月27日 ニュージーランド政府、フォンテラジャパン株式会社、ファームエイジ株式会社が主体となるニュージーランド北海道酪農協力プロジェクトにて、放牧酪農に関するWEBセミナー「10周年記念セミナー」を開催致しました。当日は酪農家、関係団体など、北海道のみならず全国から60名程の方にご参加いただきました。今回のセミナーでは、「放牧酪農の技術」及び「経営管理とライフスタイル」をテーマとし、ニュージーランド(以下、NZ)の放牧酪農家、和田宏児さんが現地での経験を紹介して下さり、参加者からも多くの質問が寄せられ、充実したセミナーとなりました。
- 〈和田さんからのNZ放牧酪農の紹介〉
2.ポプラ牧場の概要
育成放牧や冬季放牧を行い、自給用飼料も栽培
・搾乳頭数は800頭。乳牛品種はホルスタインが70%、キウイクロスが30%
・1頭あたりの平均乳量は約5200リットル
・搾乳施設は、44頭搾りのロータリーパーラーを使用。パーラーには大麦を回転させて供給する設備付き
・牧場のあるカンタベリー地域は、年間降水量が600~700㎜と少なく、特に夏場は乾燥する。放牧地の95%はトラベリングガンやピボットを使用して灌漑
3.放牧管理
①基本事項
・牧場内は全52パドック
・ブレイクフェンスを使い、1回ごとの放牧面積を管理する集約的放牧
・1日2回朝夕の搾乳後、放牧して新しい牧草を与える
②放牧時の留意点
放牧前:広すぎると牧草が残り、狭いと乳量に影響するため、ブレイクフェンス設定の際、適切な牧草量となる面積にする
放牧後:食べ残しがない状態で次のパドックに移動。残っている場合は搾乳後同じパドックに戻し、牧草の品質維持のため掃除食いさせる
③計画的放牧
・牧場全体の牧草量を定期的にファームウォークして目視で測定・数値化。フィードウェッジ(Feed Wedges)というグラフを作成し、放牧計画を立てる
・グラフでは、パドックを牧草量の多い順に左から並べるので、放牧すべきパドックの順番がわかる
・基準線があり、グラフのバーがそれを上回れば牧草が充足、下回れば不足と判断
・10日から2週間くらい先が予測でき、
先に十分な牧草:1番目や2番目のパドックをサイレージ用に検討
先に牧草が不足:補助飼料の使用を検討
・牧草が成長する春と成長が鈍る秋に、補助飼料の必要量を含めた中期飼養計画(Feed budget)を作成
④NZで放牧管理を重視する理由
・牛乳は牧草から、という考えが徹底
・牧場の牧草の生産量=牧場で生産可能な生乳量、と捉える
・高品質な牧草を多く作り、牛に食べさせ、効率良く牛乳に変えてもらうのが成功の鍵
4.シェアミルキングライフ
・シェアミルキングとは、土地や家畜を所有するオーナーとマネジメントを担当するシェアミルカーとの牧場の共同経営
・オーナーの経営方針や牧場のコンディションを理解し、利益の最大化を図る
・シェアミルカーの利点
少ない資金で新規参入が可能
オーナーとは別の法人を持つので、経営センスが磨かれる
・オーナーの利点
日常の作業や業務から解放され、牧場発展に係るプロジェクトに集中できる
複数の牧場のオーナーになれる
(1日のスケジュール)
(年間スケジュール)
5.ポプラ牧場でのシェアミルキング経営
①大切にしていること
・パートナージョイとのコミュニケーション。重大事項は相談して決定
・牧場経営と子育ての両方がプロジェクト
・NZにある言葉“Happy wife, Happy Life‼”(妻を幸せにすれば、幸せな人生を送れる)
②モチベーション
・一番大切なものは家族
・家族をたくさん笑顔にするには、多くの時間を共に過ごすことが必要
6.お金の話
・コスト重視の経営
≪経済的な豊かさだけでなく、家族も幸せになるNZドリームを目指すのが目標≫
- 〈質疑応答〉
Q:数値化が定着していない中、2週間後の計画の重要性をどう伝えればいいか?
A:牧草は急に生えないので、不足することに早く気付くのが大事。そうしないと牧草によって逆に自分たちがコントロールされる。それを回避するにはファームウォークして計画を立てる必要がある。
Q:NZの若者はどういう考えで酪農で働くのか?
A:ライフスタイルへの憧れが強いと思う。事務の仕事ではなく自然や動物と触れ合いたいから、牧場の仕事に就く。
【吉川さん(ありがとう牧場、足寄町)】
Q:ファームウォークの頻度は?
A:2週間に1回ほど。十分な人員がいれば週1回したい。なお、冬場はほとんどしない。
コロナであまりできなかった時は、必要以上の補助飼料を使うなどして収益低下を招いた。
Q:コントラクターにファームをやらせるのを考えたことは?
A:ない。
センサーを放牧地につけて衛星から読み取る方法があるが、周りに導入している人はいない。
今出てきているテクノロジーは、1頭ずつ首輪を着けて管理するシステム。放牧は舎飼いに比べ、1頭ずつの管理ができないので、この技術が広がり、すでにNZの全500万頭中、約70万頭が首輪を装着している。
Q:何歳でのリタイアを考えているか?
A:60歳までやりたいが、ジョイ(妻)が許してくれなさそうなので55歳。下の子が大学を卒業する頃だから。
【高田さん】
Q:NZの幸せを目標とした契機は?
A:当初は仕事や酪農が好きなので休まなかった。でも、ジョイが従業員は旅行してるし、自分たちもしたいと言ってきて大喧嘩に。私が折れてオーナーに休みを申し出たら、牧場のことは気にせず、家族と過ごすべきだと言ってくれたこと。
【参加者】
Q1:施肥の考え方については?
A1:肥料は窒素分を使う。放牧後に30~40キロ/haの尿素を入れ、年間では約350キロ/haを使用。以前は現行の2倍ほど入れたが、環境汚染の影響で、新たな法律の制限ができた。窒素を入れないと濃い緑が出ず、葉の量も減少して牧草のエネルギーが減るため、不可欠。他には土壌検査の数値により、リン分やカリウムなどを春と秋に入れる。なお、尿素の弊害はさほどない。冬の前に撒きすぎるとアンモニア体が草の中に溜まって、中毒になるという話はある。
Q2:補助飼料は何をあげているか?
A2:大麦は年間通して1~2キロ/日与える。春や夏に不足した時はグラスサイレージ、秋はコーンサイレージ中心。うちはサポートブロックが広く、補助飼料の自給率は8割と相当高い。
Q3:傾斜が多く、トラクターが入りにくい草地はどのように活用できるか?
A3:ローテションをそこだけ早くして、草が長くなるのを防ぐ。仮に長くなれば、乾乳牛に掃除食いさせる。
Q4:オーチャードグラスの食べ残しが出るが、どうすればいいか?
A4:一定のところまで成長すると硬くなり、牛が食べないから、早めに与える。
Q5:ホリデーを取る際、どのように従業員に任せるのか?
A5:休暇中の放牧計画を作って渡す。長年一緒なので信頼関係がある。
Q6:放牧中の削蹄はどうしているか?
A6:長い距離を移動するので、足を痛める牛も多い。主な目的は蹄の怪我の治療で、単に長くなって削蹄するのは1~2%。
Q7:日本ではコストが高騰し、赤字の方も。NZは基本的に収益性が高いのか?
A7:コスト高はNZも同じ。10年前より倍増したため、乳価が上がっているが利益率は増えていない。
Q8:北海道の放牧酪農家に対し、技術的なアドバイスはあるか?
A8:土地を持て余している方は、集約的放牧で採草地や自給作物を作る放牧地を増やし、購入飼料を減らせば、コストを削減でき、収益性が上がる。
- 〈まとめ〉
10年ほど、北海道の酪農家を見ているが、変化するのが難しいようだ。変化できればヒントが得られ、財務的に厳しい状況を変えられる。私どもが普及を行っている放牧、グラスファームを使えば餌が減り、収益も上がる。全酪農家が放牧草だけでなく、採草地の品質を良くするー例えばTDNで75~80%に品質を高めるーことで餌の削減効果がある。あと和田さんのように家族を大切にしつつ、動物をケアすれば、持続可能な畜産ができる。
●ファームエイジ株式会社 高田 健次
キースがいつも言うように、ビジネスはお金を稼ぐだけが目的ではない。また、農業は持続可能性が鍵。ポイントは、放牧草やサイレージの品質を保ち、定期的に数値化すること。和田さんのように中長期的に考える技術やコスト管理も重要。さらに、老後も含む将来の目標を設定すれば、今どういう形で力を使っていくか決まる。後は、良い情報を自分なりにアレンジして掴むことに加え、環境への対策も必要。
知識だけでなく、自分たちができることが大事。NZの技術を使って北海道でできることをやっていきたい。放牧でできることは、草地管理や目標設定、地域への貢献など多い。ハッピーライフという言葉も出たが、今回の参加者がそうなって他の方へ繋げていただきたい。今後もセミナーを通して、よりよい畜産ができるようにしていく。
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