3〜5歳児が顔の一部が隠れた相手の表情をどの程度読み取れるかを解明
― マスク着用下における子どもの感情理解の発達を支援する手がかりに ―
【研究のポイント】
3〜5歳児は、
・相手の喜び・悲しみ・怒り・驚きの表情は、ほぼ100%正解できる
・相手がマスクを着用している(口元が隠れている)と正答率は下がるが、ほぼ90%正解できる
・相手がサングラスを着用している(目が隠れている)と、ほぼ80%正解できる
・相手がマスクやサングラスを着用していても、顔の一部が隠れた表情に伴って感情を込めた声が聞こえると、ほぼ100%
正解できる
本研究は3〜5歳児を対象とし、マスクやサングラスで顔の一部が隠れた相手の表情から感情を読み取れるか、また表情に感情を込めた音声を伴うことが感情の読み取りを促進するかについても調査しました。結果、マスクで口が隠れた時も、サングラスで目が隠れた時も、顔の全部が見える時より、相手の感情を読み取りにくくなることがわかりました。ただし、サングラスを着用した相手の感情は最も読み取りづらかったものの、正答率は80%程度でした。また、感情を込めた音声を伴うと、顔の全てが見えている時とほぼ同様に感情を読み取れることがわかりました。
本研究で得られた成果は、今後、感染症の対策等における、さまざまな場面におけるマスクの着用に関する判断の一助になると期待されます。
なお、本研究成果は、2023年5月4日に、Taylor&Francisの発行する国際雑誌「Journal of Cognition and Development」のオンライン版に掲載されました。
【研究者コメント】
静岡大学教育学部 講師・古見文一(ふるみふみかず)
2023年3月よりマスク着用は個人の判断となりましたが、今後も感染症や花粉症の対策でマスク着用が必要となる場面も想定されます。本研究では、マスクやサングラスを着用していても、明確に表情を示すこと、感情を込めた声でコミュニケーションをとることで、子どもたちの感情理解の発達を支援できる可能性が示されました。したがって、保育・教育現場でも、必要以上に「マスクを外さなければ」と思わず、マスク着用については個人の判断が尊重されると良いでしょう。
【研究概要】
幼児期(1歳半頃〜小学校入学まで)は、顔の表情を認識する能力が著しく発達します。しかし、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大以降、コミュニケーションの場面でも頻繁にマスクを着用するようになり、そのことが表情の認識を妨げる可能性が指摘されていました。本研究では、未就学児が、顔の一部が隠れている(マスクやサングラスを着用している)人の感情をどの程度認識できるか、および追加の音声情報として、感情を込めた音声を伴うと感情の理解が促進されるかどうかを調べました。
本研究の参加者は、3~5歳の27人の日本人未就学児(男児11名、女児16名)でした。参加児には、顔の全てが見えている画像と、マスクまたはサングラスで顔の一部分が隠れた画像を見てもらいました。また、その際に、感情を込めた音声を一緒に聴く時と、音声を伴わない時を設定しました。そして、画像を見た後に、喜び・悲しみ・怒り・驚きの4つのうち、指定する感情を表している顔を選択してもらいました。
結果、音声が流れない時には、顔が全て見えている顔の正答率は、マスクやサングラスを着用している顔よりも統計的に有意に高くなりました。しかし、最も低い正答率であったサングラスの着用時でも約80%の正答率でした。また、マスクを着用している顔の方がサングラスを着用している顔よりも正答率は統計的に有意に高くなりました。感情を込めた音声を一緒に聴いた時には、顔が全て見えていても、マスクやサングラスを着用していても正答率の違いは統計的に有意ではなく、子どもたちは、ほぼ100%正答していました。
本研究を通じて、子どもたちは、顔の全てが見えている顔よりも、マスクやサングラスを着用した顔から感情を読み取りにくくなることが明らかになりましたが、その影響はそれほど大きくないことがわかりました。さらに、マスクやサングラスで顔の一部が隠れていても感情を込めた音声を伴うことによって、顔の全てが見えている時と同じくらい正しく感情を読み取れることも示されました。
【研究背景】
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大以降、日常生活でマスクを着用する機会が急激に増えました。マスクの着用は、COVID-19の感染対策として推奨され、2020年にはWHOや厚生労働省が、マスクの着用を広く呼びかけていました。日本では、2023年3月以降、マスク着用は個人の判断とすることが厚生労働省から発表されましたが、感染リスクの高い人や、感染リスクの高い場面では、注意が必要であることが示されています。このようにマスクは、感染症の予防には効果的である一方、顔の一部分が隠れてしまうため、表情の読み取りが困難になるのではないかという指摘がありました。特に、表情から感情を読み取る能力が発達途上にある子どもたちとコミュニケーションをとる際には、マスクの着用が表情による感情の読み取り能力の発達に悪影響を及ぼすのではないかと危惧されていました。
以上を踏まえ、本研究では、未就学児を対象として、マスクやサングラスで一部分が隠れている顔からの感情の読み取りが、どの程度困難になるのかを解明することを目的としました。日本では、欧米に比べてマスクの着用は、コロナ禍以前より一般的(花粉症の対策やインフルエンザの感染予防において)でした。一方、サングラスの着用はあまり一般的ではないという背景もあったため、マスクとサングラスの比較も必要であると考えられ、感情の読み取りに関して、サングラスによる影響とマスクによる影響を比較することもまた重要と想定しました。さらに、顔の一部分がマスクやサングラスで隠れていると、感情の読み取りが困難になるのであれば、どのような工夫によってマスクやサングラスで顔の一部分が隠れている時の感情の読み取りを助けられるかを模索する中で、声の情報に着目しました。そこで、感情を込めた声を一緒に聴くことで、マスクやサングラスを着用して顔の一部分が隠れている顔からの感情の読み取りが促進されるかについても検討しました。これらについて明らかにするため、仮説は以下の通りとしました。
仮説1:マスクを着用し、口の周りが隠れている顔からの感情の読み取りは、顔の全てが見えている顔からの感情の読み取りよりも困難である。
仮説2:サングラスを着用し、目の周りが隠れている顔からの感情の読み取りは、マスクを着用し、口の周りが隠れている顔からの感情の読み取りよりも困難である。
仮説3:マスクやサングラスを着用して顔の一部分が隠れていても、感情を込めた音声を一緒に聴くことで、顔の全てが見えている時と同じくらい感情を読み取ることができる。
【研究の成果】
本研究では、静岡大学教育学部付属幼稚園に通う3〜5歳児クラスの幼児27名(男児11名、女児16名、平均月齢67.48ヶ月)を対象として、2021年11月に心理学調査を行いました。調査の内容は、パソコン上に4つの顔画像を表示し、その中から、喜び・悲しみ・怒り・驚きの4つの感情のうち、指定された1つの感情の顔画像を、調査参加児に選んでもらうというものでした。顔画像は、大学生の男女1名ずつの顔を使用し、全てが見えている画像とマスクで口の周りが隠れている画像、サングラスで目の周りが隠れているものを作成しました(図1)。顔画像を表示する際には、顔画像が示す4つの感情を表現する音声を一緒に流す時と、音声を流さない時がありました。条件をまとめると、
・顔の覆いなし・音声なし
・顔の覆いなし・音声あり
・マスク着用・音声なし
・マスク着用・音声あり
・サングラス着用・音声なし
・サングラス着用・音声あり
の6つとなり、これらの6つの条件の正答率を比較しました。
調査の結果、6つのいずれの条件においても、参加児はチャンスレベル(4択問題のため25%)よりも統計的に有意に高い正答率で回答していました。さらに、条件間の比較を、画像の種類(覆いなし、マスク着用、サングラス着用)と音声(音声あり、なし)の2つを要因とする2要因参加者内分散分析によって行ったところ、画像の種類の主効果 (F (2、 52) = 13.04、 p < .001、 ηp² = .33)、音声の主効果 (F (1、 26) = 18.09、 p < .001、 ηp² = .41)、および交互作用 (F (2、 52) = 7.82、 p = .01、 ηp² = .23) が有意となりました。さらに、単純主効果の検定の結果、感情を込めた音声が一緒に聞こえなければ、画像の種類については、覆いなしはマスク着用、サングラス着用よりも正答率が有意に高く、マスク着用はサングラス着用よりも正答率が有意に高いことがわかりました(仮説1、2を支持)。一方で、感情を込めた音声が一緒に聞こえれば、画像の種類によって、正答率に差がないことがわかりました(仮説3を支持)。また、感情を込めた音声を一緒に聴かない場合のサングラス条件でも、正答率は約80%であり、マスクやサングラスによって、顔の一部分が隠れていたとしても、感情の読み取りに与える悪影響はそれほど大きくないことがわかりました。
【今後の展望と波及効果】
本研究を通じて、マスクやサングラスの着用は、未就学児の感情の読み取りに影響を及ぼすものの、大きな懸念となるほどのネガティブな影響ではないことが明らかになりました。また、たとえマスクやサングラスを着用していても、感情を込めて話をすることで、その影響は解消されることもわかりました。日本では、2023年3月より、マスクの着用に関する指針が改められ、マスク着用は個人の判断が基本となりました。今後は、マスクの着用に関して、着用することも外すことも個人で総合的に判断することが必要とされます。その際、顔の一部が隠れることによるコミュニケーションへの影響や、今後の日常生活におけるマスクやサングラスを着用している時のコミュニケーションの在り方を検討する際に、本研究の知見が活用できます。ただし、本研究で用いた顔の画像は、意識的に表情を誇張するものであり、感情を込めた音声も意識的に誇張したものでした。そのため、日常生活でマスクやサングラスによるコミュニケーションへの悪影響を低減するためには、意識的に表情を表出することや、声に感情を込めることが重要かもしれません。また、本研究の調査を行った2021年11月は、既に新型コロナウイルスの感染予防のためのマスク着用が一般的となっていたため、子どもたちが、マスクを着用した顔を見ることに慣れていた可能性もあります。今後、子どもたちが、マスクを着用した顔に慣れていない状況になった際には、マスクを着用した表情の読み取りが困難となる可能性もあることには留意が必要です。
2023年3月にマスクの着用に関する指針が改められて以降も、「マスクを外すのが恥ずかしい」、「みんながマスクを外したら自分も外す」など、子どもたちにも、マスクを外すことへの抵抗等があることが度々報道されています。このように、これからも社会の変化は、子どもたちの社会性の発達に影響を及ぼすと考えられます。今後は、マスク着用だけでなく、現代の社会的な問題が子どもたちの社会性に及ぼす影響をさらに検討し、子どもたちの社会性発達を支援できるような研究を行っていきたいです。
【論文情報】
掲載誌名:Journal of Cognition and Development
論文タイトル: Can Preschoolers Recognize the Facial Expressions of People Wearing Masks and Sunglasses? Effects of Adding Voice Information
著者:Fumikazu Furumi、 Minori Fukazawa and Yumiko Nishio
DOI: 10.1080/15248372.2023.2207665
【研究助成】
日本学術振興会「若手研究」(課題番号20K14155)の助成を受け、実施しました。
【用語説明】
チャンスレベル…ある事象が偶然生じる確率のこと。今回の研究では、参加児は4択問題に回答しましたが、あてずっぽうで回答したとしても1/4(25%)の確率で正答することができました。そのため、正答率が25%と差がなければ、あてずっぽうで回答した可能性があったので、統計的にチャンスレベル(25%)と差があるかを検定しました。
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