【産総研グループ】材料開発DXをあなたの現場にも
材料の画像から特性を予測するAI、取得データから次の実験条件を提案するAIを社内で簡単に利用できます
ポイント
・産総研が開発したアプリ群で、材料開発の現場で役立つ2種類のモデルが構築可能
・自社で取得したデータを基にプログラミングの知識が無くても材料開発DXを導入可能
・自社で取得したデータを他者と共有する必要なし

概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)マルチマテリアル研究部門 古嶋亮一 研究グループ長らは、プログラミングの知識不要で、ユーザーが取得したデータを他者と共有することなくAI技術を活用できるアプリ群を開発しました。
モノづくりの現場において、ビッグデータやAIなどデジタル技術を活用した材料開発DXの取り組みが進んでいます。しかし、現場への導入には、ツールを使いこなすためのスキルなどいくつかのハードルがあります。中でも、AIを活用するための学習データの収集と利用には十分な検討が必要です。モノづくりの現場においては、自社で取得した材料の物性データなどを他者と共有することはもちろん、外部クラウド上にデータをおくことへの抵抗が根強くあります。
産総研は、このようなハードルを下げ、材料開発DXをより手軽に導入できるアプリ群を開発しました。これらのアプリ群はいずれもプログラミングの知識が不要で、必要となる学習データも自社内の閉じた環境で利用できるため、他者へのデータ提供やクラウドへのデータ格納の必要がありません。今回開発されたアプリ群は、大きく分けて二つあります。一つ目は材料の画像と特性を関連付けるアプリで、自社のデータから深層学習モデルを構築でき、そのモデルを使うことで任意の新規に開発した材料の画像から特性を予測できるものです。二つ目は、多目的ベイズ最適化による推奨実験条件を提示するアプリで、推奨実験条件での目的変数とその標準偏差も推定できます。これらのアプリを有効に活用することで、材料開発が加速でき、モノづくりの効率が上がると期待できます。
なお、このアプリについては、2025年5月22日に開催される「産総研中部センター講演会」において紹介されます。産総研グループの株式会社AIST Solutionsでは、本アプリ群を企業で利用するためのサービス提供を開始します。産総研グループで一体となって、企業での材料開発などモノづくりの効率を上げるために取り組んでいきます。
※下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
材料開発のDXはモノづくりの現場で製品設計の際にビッグデータやAIなどのデジタル技術を活用するものです。事業所の規模などによらず、その導入を検討している企業は決して少なくありません。しかし、多くのモノづくりの現場においては、導入に踏み切れない事情があります。理由としては、まず、プログラミング知識など、DXを実現するツールの使いこなしに特別なスキルをもつ人材を確保できないということがあります。また、モノづくりには多くのノウハウがあるため、自社で取得した材料の物性データなどの重要データを保護することも重要です。データには資産的価値があり、材料開発DXの一環でそのデータを共有して他者に使われることはもちろん、クラウド上にデータをおくことにも慎重にならざるを得ません。
開発したアプリ
上記の課題を克服するため、自社内で材料開発DXをより手軽に導入できるアプリ群を開発しました。これらは、二つに大別でき、それぞれの概要を以下に示します。
(1)AISTex-Modeling App(モデル作成)、AISTech-Predictor App(特性予測)
AISTex-Modeling AppとAISTech-Predictor App は材料の画像と特性を関連付けるアプリ群です。前者は自社のデータを学習に用いてモデルを作成するアプリです。後者は、前者で作成した深層学習モデルを利用して、新たに取得した画像から特性を予測するアプリです(図1)。

これらのアプリに使う画像データは光学顕微鏡写真や電子顕微鏡写真など、測定手法の種類によらず利用可能です。また、金属、セラミックス、複合材料などの多種の材料に適応可能です。ただし、AISTex-Modeling Appを用いてモデルを構築するための画像とAISTech-Predictor App に取り込んで特性を知りたい画像とは、同解像度で、かつ同じ材料種の画像である必要があります。
AISTech-Predictor App で新たに取得した材料の画像を取り込むことで、その破壊靭性や曲げ強度、熱伝導率などの特性が予測値として示されます。また、AIが画像の「どこを見て」予想したのかを示すヒートマップ機能も搭載しています。
これらのアプリはMathWorks社のMATLAB Runtimeをインストールすることで使用できます。新規開発材料の画像を撮って取り込むだけで簡単に予測値を提示できるため、材料の各種特性の評価試験を行う時間と手間の軽減が期待できます。
(2)Data Cleansing for Bayesian Optimization App、Multi-Objective Bayesian Optimization App
Data Cleansing for Bayesian Optimization App (DCBO_App)とMulti-Objective Bayesian Optimization App (MOBO_App) は、多目的ベイズ最適化による推奨実験条件を提示するアプリ群です。前者は多目的ベイズ最適化の前提となるガウス過程回帰モデルの精度向上を目的に、学習データのクレンジングとガウス過程回帰モデルのハイパーパラメーターの最適化を行うことができるアプリです。一般に取得データは不良データを含んでいることがあり、また偶発的なばらつきがあります。それらのデータを学習データとする前にDCBO_Appで選択的に除去(データクレンジング)することでより最適なモデルを構築できます。後者は、前者のアプリによる結果も活かして、多目的ベイズ最適化による推奨実験条件を提示するアプリです。また、推奨実験条件における目的変数とその標準偏差も推定できます。
MOBO_Appにおいては、実験条件と関連特性(目的変数)を紐づけたデータベースを用いて、目的変数を表現するためのガウス過程回帰モデルを構築します。ガウス過程回帰モデルは、目的変数の推定値の他に標準偏差を与えるため、これらの値から求める目的変数を得るための期待値に相当する獲得関数を計算することができます。この獲得関数を基に推奨実験条件を決定します。DCBO_Appは、ガウス過程回帰モデルを構築する際に、データクレンジングやハイパーパラメーターの最適化により、より予測精度の高いモデルを与えるよう機能します(図2)。

今後の予定
今後、関連する種々のデータを取得しながら、アプリの利便性を高め、機能の拡充を進めていく予定です。また、アプリに興味のある企業に、技術コンサルティングなどの制度を通して、活用支援のサービスを提供していきます。
▶︎こんな方におすすめ
・特性を知りたい材料の顕微画像データをお持ちの方
・新規材料開発の実験効率を上げたい方
講演会情報
産総研中部センター講演会
開催日:2025年5月22日
詳細情報:https://unit.aist.go.jp/chubu/chubukouenkai/20250522.html
本件の連携に関する問い合わせ先
株式会社 AIST Solutions
https://www.aist-solutions.co.jp/contact/form.html
用語解説
深層学習モデル
人間の脳の構造を模擬したニューラルネットワークを用いてデータの特徴を学習し、分類や回帰などのタスクを実行するための関数となるものを指します。
多目的ベイズ最適化
目的変数が複数存在する場合、それらを同時に最適化するための手法で、高特性が期待できる点や特性予測の不確実性が高い点を優先的に探索することができます。これらの点は、期待通りの高特性であるとは限りませんが、その可能性を探るという意味で有効です。また、逐次的にデータを追加することで、最終的に求める特性が得られる点にたどり着くことができるという点で有用性が高いです。
推奨実験条件
多目的ベイズ最適化において与えた制限の範囲で、求める特性が得られると推定される実験条件のうち、最もその確率が高そうな条件を指します。
目的変数
入力情報(説明変数)から推定したい特性値や物性値のことを指します。
標準偏差
データのばらつきを表す指標の一つで、σで表現される場合が多いです。正規分布の場合、平均値±2σの範囲に約95%のデータが含まれます。σが小さいほどばらつきが小さいことを意味しており、目的変数の推定には有利ですが、ベイズ最適化に関してはσが大きい方、すなわち不確実性が高い点が高特性を期待できる可能性が残されている点として着目されます。
ガウス過程回帰モデル
不確実性のあるデータのモデル化やベイズ最適化などに利用され、任意の入力xにおける推定値f(x)が、多変量ガウス分布に従うモデルを指します。一般の機械学習アルゴリズムで得られるモデルでは、f(x)は確定値になりますが、ガウス過程回帰モデルにおいては、f(x)は確率的に分布している関数となります。
ハイパーパラメーター
機械学習や深層学習モデルを構築する過程で設定すべきパラメーターのうち、学習過程で自動的に最適化されることなく、事前に設定する必要があるパラメーターを指します。ガウス過程回帰モデルの場合、データ間の類似度を測るカーネル関数、カーネル関数内でのデータの滑らかさを制御する長さスケールなどが該当します。
獲得関数
ベイズ最適化において次に評価すべき入力点を決定するための関数を指します。獲得関数は複数の候補があり、既存の最良値を超える確率を獲得関数とする方法、既存の最良値よりも大きな改善が期待できる確率を獲得関数とする方法などがあります。
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像