『水素産生菌の見過ごされてきた恩恵』が学術誌Medical Gas Researchに掲載
論文URL : https://www.medgasres.com/preprintarticle.asp?id=344977
食品業界では腸内細菌を便宜的に「善玉菌」と「悪玉菌」に分類していますが、なぜ「善玉菌」が健康に恩恵をもたらしているのか、そのメカニズムについて明確に説明することは困難です。この問題は、腸内の水素産生菌が産生する「水素」に焦点を当てることによって明確に説明することが可能となります。水素分子はミトコンドリア内部で発生する猛毒のヒドロキシルラジカルと反応して水分子に変換することによって細胞が酸化ストレスから防護することができることは既に明らかになっているにも関わらず、これまで水素は生体内で代謝されないものであると考えられて来ていたために、生体内における水素の健康への恩恵についての知見は十分に浸透していません。本報告では、近年、徐々に明らかになってきている水素産生菌が産生する水素と疾病の関係について触れ、水素産生菌こそが健康に恩恵をもたらす「スーパー善玉菌」であることに言及します。 |
1.イントロダクション
乳酸菌、ビフィズス菌などを含む食品が世界中で摂取されている。食品業界では、商業目的として乳酸菌やビフィズス菌のようにヒトの健康に良い効果をもたらす菌を「善玉菌」、敗血症をはじめとした日和見感染を起こす菌を「悪玉菌」と分類している。乳酸菌、ビフィズス菌といった善玉菌は、食物繊維の消化によって短鎖脂肪酸を生成して制御性T細胞を誘導し、腸管内の恒常性を維持している。
一方、腸内細菌のうち水素を産生する水素産生菌と呼ばれる菌は嫌気性細菌であるため、これらの菌種はスーパーオキシドジスムターゼやカタラーゼなどの活性酸素種(ROSs)を消去する酵素を持たず、酸素の存在下では増殖できない。しかしながら、これらの嫌気性細菌は、酵素ヒドロゲナーゼを有しており水素を産生することができる。ヒドロゲナーゼは水素分子の生成と分解を酸化還元反応により可逆的に触媒する酵素である。これまで水素は生体内で不活性であって生体内で代謝されないものとして考えられてきたため、古代ギリシャのヒポクラテスに端を発する現代医学からは気付かれずにきたが、この「水素」こそ我々が着目すべき物質なのである。水素産生菌には病原性を有する悪玉菌も存在するが、通常それらの腸内での占有率は低く保たれている。他方で、ヒトの健康に恩恵をもたらす水素産生菌も存在する。ここでは、ヒトの健康に対して想像を超える恩恵をもたらす善玉菌として機能する水素産生菌に焦点を当てる。
2. スーパー善玉菌 - 水素産生菌 -
ヒトは生まれてから死ぬまでの間、細胞内小器官であるミトコンドリアの内部において呼吸により取り込まれた酸素を原料として最も反応性が高く猛毒であるヒドロキシラジカルが絶え間なく発生している。水素分子は、最小の二原子分子であるため、ミトコンドリアの膜を容易に透過して、ミトコンドリアの内部で発生したヒドロキシルラジカルと反応することによって細胞を酸化ストレスから予防している。副作用を伴うことなく、ミトコンドリアの内部においてヒドロキシルラジカルを消去することができる抗酸化剤はは水素分子だけであると言っても過言ではない。それ故、水素産生菌は水素を産生することができない乳酸菌やビフィズス菌といった善玉菌を遥かに凌ぐ存在であるといってよい。それにも関わらず、食品業界のみならず、医学会や製薬学会から水素産生菌はまったく振り向かれることはなかった。このような背景を鑑みて、我々は健康に恩恵をもたらす水素産生菌を「スーパー善玉菌」と呼ぶことにする。
3. 水素産生菌バクテロイデスとフィルミクテスの恩恵
我々人間の大腸にはおよそ100兆もの腸内細菌が1000種類以上存在しているといわれている。そのうち、70%の腸内細菌が水素代謝の酵素であるヒドロゲナーゼを有している水素産生菌であって、炭水化物を代謝して酢酸や酪酸等とともに水素を産生する(3)。メタゲノム調査によれば、ヒト大腸の水素産生菌としては、フィルミクテスとバクテロイデスが支配的で、フィルミクテスが51%、バクテロイデスが41%で両者を合計すると92%に及ぶ。上述したように、水素は体内で不活性な物質であり代謝されないものと思われてきたため、フィルミクテスやバクテロイデスの健康に対する有益な作用機構の本質についてなかなか気付かれてこなかったけれども、ここでその作用機構の核心を説明します。
バクテロイデスは二量体IgA抗体と結合することによってコロニーを形成して腸上皮細胞近傍の粘液中に定着し、そこから絶えず水素を産生している。ヒトの腸内からは一日におよそ10リットルの水素が産生しているものと算出できる。産生された水素は腸上皮細胞のヒドロキシルラジカルを消去して腸壁を酸化ストレスから防御する。余剰の水素は拡散によって細胞膜を透過し、その一部は血流に乗って全身を巡る(図1)。水素の膜透過性と拡散性は医薬品にはない優れた特徴のひとつであるといえる。腸内細菌が産生した呼気中の水素濃度は腸内のpHや炭化水素に依存することが知られている。したがって、血流に乗った水素は頭部に達しており、さらに水素は血液脳関門を透過して脳内に入り脳を酸化ストレスから守っていると考えられる。水素(H2)と同じ二原子分子である酸素(O2)が血液脳関門を透過して脳細胞の呼吸で用いられていることからも、水素分子も血液脳関門を透過できることは容易に想像できる。認知症の患者ではバクテロイデスが健常者に比べて少ないという報告がなされている。この報告には水素については記載されていないけれども、バクテロイデスが少ないことによって、腸内で産生される水素が少なくなり、そのため脳細胞内のDNAやタンパク質などの生体物質がヒドロキシルラジカルの攻撃を受けたことが原因で認知症を引き起こしていると想像できる。
上述のバクテロイデスと二量体IgA抗体のコロニーは、ヒト大腸を支配するもう一つの水素産生菌であるフィルミクテスの代謝機能を促進して、その結果として腸炎促進が防御される。フィルミクテスは酪酸産生菌とも知られ、健康長寿の高齢者は酪酸菌が有意であるという報告がある。フィルミクテスが産生した酪酸はp21遺伝子を介して、大腸がんを予防、抑制する他、潰瘍性大腸炎やクローン病の患者で酪酸菌の数が有意に少ないという報告もあるけれども、これは酪酸による影響だけではなく、酪酸菌が産生している水素も影響していることが想像できる。
フィルミクテスを活性化させる物質として、機能が未知の遺伝子として粘液関連機能因子(MAFF)が想定されている。しかし、ここで腸炎促進を防御しているものが水素であると考えてみると、水素産生菌であるバクテロイデスとフィルミクテスの相互作用がヒトの健康維持に寄与していると考えることは不思議な事ではない。実際に水素水の摂取により水素を胃腸管に送達することで水素産生菌の活動を調節し、腸内細菌叢障害の臨床的特徴を改善した報告もある。
老化とそれに伴う疾病を予防することを目的に研究開発を進めているGoogleの子会社のキャリコ(南サンフランシスコ 米国)は実験動物としてハダカデパネズミを用いている。ハダカデパネズミは普通のげっ歯類に比べておよそ10倍も長寿であり、さらにガンに対する耐性を有している。ハダカデパネズミの腸内細菌を調べるとバクテロイデスとフィルミクテスが優勢であるという報告がある。ハダカデパネズミの長寿とガン耐性にバクテロイデスとフィルミクテスが産生している水素が関与している可能性がうかがえる。
水素は上述した特性を有するため、現代医学や医薬品では改善することが不可能な酸化ストレスに起因するパーキンソン病、癌などの難病を改善することができる。このようなことからも水素産生菌が「スーパー善玉菌」と言っても過言ではないことがわかる。
図1.(1)二量体IgA抗体と結合したバクテロイデスは腸上皮細胞にコロニーを形成する。(2)バクテロイデスが水素を産生する。(3) 産生した水素は腸上皮細胞内部で発生するヒドロキシルラジカルを消去し腸壁を酸化ストレスから守る。 (4) バクテロイデスのコロニーから発生する水素はフィルミクテスの代謝を活性化している可能性がある。(4) 余剰の水素は拡散し、その一部が血流に乗って全身を巡る。
4. 水素産生菌と疾病 - 腸脳相関への水素の関与の可能性 -
腸内細菌叢の組成の破綻(ディスバイオシス)に関連する疾病と水素によって改善が確認されている疾病を比較すると重複している疾病が多いことがわかる。上述のバクテロイデスに関連する疾病としては、難治性下痢、クローン病、過敏性大腸炎、SIRS、炎症、パーキンソン病、リウマチ、ガン、動脈疾患、認知症、早産が知られており、フィルミクテスに関連する疾病としては、難治性下痢、クローン病、過敏性腸炎、SIRS、潰瘍性大腸炎、うつ病などが知られている。ディスバイオシスに関連する疾病と水素で改善する疾病との間には共通するメカニズムが根底にあると推測できる。つまり、ディスバイオシスに関連する疾病の原因は、水素産生菌の減少によって身体に対する水素の供給が減少したことが原因であると考えることができる。例えば、パーキンソン、リウマチ、心血管病、クローン病、認知症の患者は腸内の水素産生菌の数が少なかったり、呼気中の水素濃度が低いことが明らかとなっている。コンカナバリンAで誘発した肝炎に対し腸内の水素産生菌の産生する水素が効果があることも実証されている。
先に述べたように、水素は血液脳関門を容易に透過して脳内に入ることができることから、脳内で発生しているヒドロキシルラジカルをも消去できる。脳内に入った水素は脳神経細胞を酸化ストレスから守り、うつ病や認知症といった脳神経障害に起因する疾病を改善する。腸内細菌学会において、脳と腸の双方向的な関連については「脳腸相関」または「腸脳軸」と呼ばれているが、水素産生菌が産生する水素が「脳腸相関」の中心的な役割を果たしているに違いない。
うつ病などの精神疾患には、(1)腸内細菌、(2)酸化ストレス、(3)炎症、そして(4)ミトコンドリア機能障害 が密接に関係しているという報告がある。この報告には水素については言及されていない。しかしながら、水素産生菌が産生する水素によって脳を含む全身の「酸化ストレス」が軽減され、それにより「ミトコンドリアの機能障害」と「炎症」が抑制されることによって精神疾患が改善されるというメカニズムを鑑みれば、水素が疾病改善の中心的な役割を果たしていることは容易に想像がつく。
5. 水素は健康長寿を実現するだろう
腸内の水素産生菌が少ない人は、水素ガスの吸入や水素水の飲用により、身体に水素を供給することが可能である。ヒドロゲナーゼを有する水素産生菌は、水素を産生するだけでなく、水素を分解することによりエネルギーを作り出すことができる。水素産生菌は、水素を二酸化炭素で分解して酢酸やメタンにしたり、硫酸を水素で還元して硫化水素にしたりしてエネルギーを節約することもできる。このことから、身体への水素の供給によって、水素産生菌の数を増加させることができる。
本論文の著者等は、大阪大学医学部の研究グループとの共同研究で、敗血症モデルマウスに水素水を7日間投与し、敗血症の原因となるバクテリアル・トランスロケーションが抑制されることを明らかにするとともに、水素産生菌であるバクテロイデスの数が増加することを確認した。腸内における水素産生菌の増加はより多くの水素を腸内で産生することになり、その水素が健康の維持に寄与する。
水素産生菌により産生される水素量と呼気中の水素濃度には相関関連があり、呼気中の水素濃度は、腸内細菌の代謝する炭化水素の有用な指標として用いられている。日本の百歳以上の長寿の呼気中の濃度を測定すると、水素濃度が平均年齢79歳の糖尿病の高齢者よりも高いことが報告されている。体内で発生する水素産生菌から産生される水素によって酸化ストレスから守られて長寿に寄与しているものであると考えられる。
水素は「健康長寿」どころか、もしかしたら「不老不死」を実現してしまうのも夢ではないかもしれない。水素産生菌が「スーパー善玉菌」と呼んでよい所以である。
和文タイトル:水素産生菌の見過ごされてきた恩恵
英文タイトル:The overlooked benefits of hydrogen-producing bacteria.
著者:市川祐介 博士(理学)1,2、山本暖2,3、平野伸一 博士(獣医学)1、佐藤文平1,2、武藤佳恭 博士(工学)3、佐藤文武1,2
所属:1. MiZ株式会社 研究開発部、MiZ Inc. CA, USA、 3. カリフォルニア大学バークレー校、4. 武蔵野大学 データサイエンス学部、5. 慶應義塾大学 環境情報学部
論文URL : https://www.medgasres.com/preprintarticle.asp?id=344977
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