走査型電気化学顕微鏡を用いてカリウムイオン電池の界面反応メカニズムを解明

~高性能な水系カリウムイオン電池の実現に一歩前進~

東京理科大学

研究の要旨とポイント

  • 走査型電気化学顕微鏡(SECM)とオペランド電気化学質量分析法(OEMS)を用いて、カリウムイオン電池の負極表面に形成されるSEI被膜の詳細を明らかにする手法を見出しました。

  • カリウムイオン電池において、SEI被膜の界面反応メカニズムを明らかにしました。

  • 本研究をさらに発展させることで、高性能な電池開発ひいては次世代電池である水系カリウムイオン電池の実用化への貢献が期待されます。



【研究の概要】
東京理科大学理学部第一部応用化学科の駒場慎一教授、多々良涼一講師、Zachary T. Gossage博士(プロジェクト研究員)、伊藤奈南子氏(2023年度 修士課程1年)の研究グループは、走査型電気化学顕微鏡(SECM, ※1)とオペランド電気化学質量分析法(OEMS, ※2)を用いて、カリウムイオン電池の負極表面に形成されるSEI (※3)被膜の分析法を確立し、SEI被膜の界面反応メカニズムを明らかにしました。本分析手法はさまざまな電極と電解質に適用できるので、電池分野全体の開発促進に資すると大いに期待されます。


SEI被膜とは、電池の充放電時に電解液が分解されて負極表面に形成される複合体のことで、電解液のさらなる分解を防ぎ、電池の性能を維持する役割を果たしています。近年の研究でこの被膜の良し悪しが電池性能に大きく影響することが明らかとなり、被膜形成に焦点を当てた研究が盛んに行われてきました。しかしながら、そのほとんどがリチウムイオン電池に関するものであり、カリウムイオン電池のSEI被膜の特性については未解明のままでした。そこで、本研究グループはSECMとOEMSという2つの分析法を用いて、高濃度の塩と水からなる電解液で形成されるSEI被膜の動的メカニズムについて、より深い知見を得ることを目的として研究を進めました。


本研究では、電解液として55 mol/kgのK(FSA)0.6(OTf)0.4・1H2O水溶液、負極に3,4,9,10-ペリレンテトラカルボン酸ジイミド(PTCDI)を使用した水系カリウムイオン電池を測定対象としました。この電池に各種分析法を適用して、SEI被膜の挙動を解析しました。その結果、リチウムイオン電池で見られるSEI被膜と同様に、明確な不動態化構造を形成していることが明らかとなりました。また、SEI被膜が初期サイクル中に電解質の陰イオンを分解しながら成長することが示唆されました。さらに、低濃度電解質から高濃度電解質に変化させた場合、水素発生の電位が-0.9 Vから-1.4 V 以下までシフトすることが確認されました。SEI被膜は不動態として振る舞うと考えられますが、電極全体の被覆が不完全なことが水素発生と電位窓の制限に関与している可能性が高いと考えられます。


本研究は、SEI被膜の特性評価を行うための新たな電気化学的アプローチ法で、SEI被膜の安定性や形成時の状態を追跡するための強力な手段です。今回測定した電池以外のさまざまな電池にも適用可能であるため、幅広い電池開発の促進が期待されます。


本研究成果は、国際学術誌「Angewandte Chemie International Edition」にオープンアクセスで掲載されました(オンライン版:8月18日、Version of Record:9月15日、冊子版:印刷中)。


※PR TIMESのシステムでは上付き・下付き文字を使用できないため、化学式や単位記号が正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。正式な表記は、東京理科大学WEBページ(https://www.tus.ac.jp/today/archive/20230913_0911.html)をご参照ください。 


【研究の背景】

近年、リチウムイオン電池の電解液として用いられる有機溶媒を水溶液に置き換えた水系電池が注目されています。水系電池では高濃度の無機塩をベースとした電解質を使用して、電池を動作させることができます。電池の安全性や環境への配慮に加え、豊富に存在する資源を使用することができるため、コストを抑えた幅広い用途への使用が期待されています。現在、水系リチウムイオン電池、水系ナトリウムイオン電池、水系カリウムイオン電池などの開発が進んでおり、3 Vを越える起電力が報告された例もあります。中でも水系カリウムイオン電池は、近年特に注目が集まっている技術で、リチウムイオン電池に比べて安価な材料で作製できるだけでなく、高い安全性と優れた起電力を得ることが期待されています。一方で水系電池においては、条件によって電解液中の水の電気分解が生じることが課題の1つとなっています。電解液には種類ごとに電位窓(溶媒や電解質の酸化還元反応が生じない電位の範囲)があり、正極と負極の反応電位が電位窓の範囲内にあることが求められます。水溶液では電位窓が狭いので、有機溶媒を用いたときと比較して高い起電力を持つことが難しいと言われています。


この電位窓を拡大して電池性能を向上するために、SEI被膜を利用する方法があります。SEI被膜は、電解液の分解や自己放電を防ぐ上で大きな役割を果たすことが知られており、これを理想的に制御することで、電池性能の向上が実現できると期待されています。しかしながら、SEI被膜に関する研究例の多くはリチウムイオン電池に関するものであり、カリウムイオン電池に焦点を当てたものはほとんどありませんでした。そのため、カリウム塩電解液におけるSEI被膜の特性については未解明のままでした。


【研究結果の詳細】

はじめに、3極式セルを用いてK(FSA)0.6(OTf)0.4・1H2O中におけるPTCDI電極の充放電挙動を評価しました。初回サイクルの充放電効率は約76%で、いくつかの不可逆的なプロセスがあることが示唆されました。さらにサイクルを繰り返すと、130 mAh/g 前後の安定した放電容量を示し、11 サイクル目には 充放電効率は約96%まで回復しました。これは、電解液の分解とSEI被膜の形成に起因していると考えられます。


次に、透過型電子顕微鏡(TEM)とエネルギー分散型X線分光法(EDX)を用いて、第1サイクル後のPTCDI電極表面を観察しました。その結果、一部の領域で厚さ10 nm程度の不均一なSEI被膜が形成されていること、FやSなどの電解質由来の元素が電極全体で増加していることが明らかとなりました。そのため、充放電により不動態化したSEI被膜が発達していることが示唆されました。


さらに、SECMを用いてPTCDI電極表面におけるSEI被膜形成をモニタリングしました。Ptマイクロ電極(PtUME)をPTCDI電極近傍に配置した後、PtUMEの電位を0.55~0.6 Vに保持し、フェロセニルメチル)トリメチルアンモニウムクロリド(FcNCl)を連続的に酸化させました。その結果、水素が発生するより前の電位領域で、安定かつ不可逆的な不動態化が起こっていることが明らかとなりました。また、SEI被膜が初期サイクル中に電解質の陰イオンを分解しながら成長することが示唆されました。


最後に、PTCDI電極でのH2発生とSEI被膜形成について調べるために、電解液の濃度を変えて、OEMS測定を行いました。その結果、通常濃度の電解液(1 mol/kg)では-0.9 Vで連続的な水素発生が生じましたが、高濃度電解液(55 mol/kg)では-1.4 Vよりも低い電位まで掃引したときにはじめて水素発生することが明らかとなりました。


本研究を主導した駒場教授は「リチウムイオン電池は資源制約の観点から安定供給に対する不安や価格高騰が危惧されています。資源制約のないカリウムイオン電池はこの問題に対する画期的な解決策となる可能性を秘めています。また、本研究は、⾛査型電気化学顕微鏡の専門家であり、アメリカで学位を取得したZachary T. Gossageプロジェクト研究員が、カリウムイオン電池の先駆的研究に取り組む当研究室に着任して行った協奏的な研究結果であることも、特筆すべき点です」と、研究の意義を語っています。


※本研究は、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(JST-CREST, JPMJCR21O6)、文部科学省 データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト(JPMXP1121467561)、日本学術振興会の科研費(JP20H02849)、東電記念財団の助成を受けて実施されました。


【用語】

※1 走査型電気化学顕微鏡(SECM): 電気化学反応を利用して、試料表面の局所的な情報をその場測定できる分析装置。


※2 オペランド電気化学質量分析法(OEMS): 電池の充放電を行いながら、電解液の質量分析を行う手法。電解液中の動的過程を観察することができる。


※3 SEI(solid electrolyte interphase)被膜: リチウムイオン電池やカリウムイオン電池において、電解液が分解されることで負極の表面に形成される被膜。さらなる電解液の分解を抑制するなど、電池の性能に大きく影響する。


【論文情報】

雑誌名:Angewandte Chemie International Edition

論文タイトル:In-situ Observation of Evolving H2 and Solid Electrolyte Interphase Development at Potassium Insertion Materials within Highly Concentrated Aqueous Electrolytes

著者:Zachary T. Gossage, Nanako Ito, Tomooki Hosaka, Ryoichi Tatara, Shinichi Komaba

DOI:10.1002/anie.202307446

URL:https://doi.org/10.1002/anie.202307446

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