ミトコンドリアに関わる遺伝子が神経変性を起こす機序を解明
~新たなパーキンソン病原因遺伝子の理解と治療的試み~
順天堂大学大学院医学研究科・神経学講座の服部信孝教授、パーキンソン病病態解明研究講座の今居譲先任准教授の研究グループは、パーキンソン病の原因遺伝子CHCHD2*1の変異によるドーパミン神経変性の機序を世界で初めて明らかにしました。さらにミトコンドリアの機能を改善する遺伝子操作により、病態改善が可能なことをモデル動物で示しました。この成果はパーキンソン病の原因の一端を明らかにし、これからのパーキンソン病の予防・治療法の開発に大きく道を拓く可能性を示しました。本研究成果は科学誌Nature Communications電子版に6月7日付けで発表されました。
【本研究成果のポイント】
【背景】
パーキンソン病は中脳ドーパミン神経*2の変性を特徴とする難治性の神経変性疾患です。 発症原因は不明ですが、一部にパーキンソン病を頻発する家系が存在し、パーキンソン病に関わる遺伝子が徐々に明らかになってきました。私たち研究グループは、パーキンソン病を頻発する家系からDNAを収集し、精力的にパーキンソン病原因遺伝子の単離を行っています。その過程で優性遺伝形式でパーキンソン病を頻発する家系の解析から、2015年にCHCHD2遺伝子を原因遺伝子として見つけました。CHCHD2遺伝子から作られるタンパク質(遺伝子と同名:CHCHD2)は、ミトコンドリアにあるタンパク質であり、パーキンソン病家系ではCHCHD2の特定のアミノ酸変異が共通して見つかっています。このことから、CHCHD2遺伝子をパーキンソン病の原因遺伝子として同定できましたが、CHCHD2のアミノ酸変異によりどのようにパーキンソン病が発症するのかは明らかになっていませんでした。そこで、パーキンソン病原因遺伝子の機能の解明に強力なモデル動物であるショウジョウバエと哺乳類培養細胞を組み合わせて、CHCHD2変異により神経細胞死が起こるメカニズムの解明とその治療的試みを進めました。
【内容】
今回、私たち研究グループは、まずCHCHD2の生体での役割を明らかにするため、CRISPR/Cas9*3を使ったゲノム編集により、CHCHD2遺伝子を欠失したショウジョウバエ(CHCHD2ノックアウトハエ)を作製しました。このハエを解析することにより、CHCHD2がなくなるとミトコンドリアの細胞内呼吸(酸素呼吸)が低下し、活性酸素種(ROS)が発生することが分かりました。さらに、電子顕微鏡観察から、ミトコンドリアのクリステ*4と呼ばれる構造が崩壊していることを明らかにしました(図1、2)。
【今後の展開】
パーキンソン病原因遺伝子にはミトコンドリアの機能調節に関わるものが少なからず見つかっていることから、パーキンソン病全般にミトコンドリアが関わっている可能性があります。すなわち、パーキンソン病の発症予防のためには、ミトコンドリアの機能の変調を早期に捉えるバイオマーカー*8の開発、ミトコンドリアを保護する創薬の開発が重要と考えています。本研究で開発したCHCHD2ノックアウトのモデルハエは、ミトコンドリアおよび神経の加齢依存的な変性を忠実に再現するパーキンソン病モデル動物であり、このモデル動物を解析ツールとしたパーキンソン病病態解明のアプローチは、ヒトのパーキンソン病の効果的な予防法・治療法の開発・評価に威力を発揮します。私たち研究グループは、患者さんのご協力のもとこれらの研究も進めていきます。
【用語解説】
*1 CHCHD2 (coiled-coil-helix-coiled-coil-helix domain containing 2): CHCHD2遺伝子は優性遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子の一つである。CHCHD2遺伝子から作られるタンパク質は、同名のCHCHD2と名付けられている。ここでは混乱しないように、遺伝子はCHCHD2遺伝子、タンパク質はCHCHD2と表記する。
*2 中脳ドーパミン神経: パーキンソン病において神経変性が起こる神経。この神経が変性するとパーキンソン病で見られる運動機能障害(手足の震え、筋肉の硬直、姿勢制御の障害など)が起こる。
*3 CRISPR/Cas9 :ゲノムDNAの配列を高い精度と効率で改変する新技術。
*4 クリステ:ミトコンドリア内部の構造。細胞内呼吸(酸素呼吸)に関わる酵素群が存在する。
*5 チトクロムC:呼吸に関わる酵素群の電子の受け渡しを仲介するタンパク質。ミトコンドリア外に漏出すると細胞死シグナル実行因子カスパーゼが活性化することが知られている。
*6 MICS1( mitochondrial morphology and cristae structure 1):チトクロムCに結合する膜タンパク質。チトクロムCのミトコンドリア外への漏洩を抑制して、細胞死を防ぐ。
*7 4E-BP:インスリンシグナルの下流に位置づけられる4E-BPは、ミトコンドリアの代謝に関与し、抗酸化ストレス、寿命の伸長に関わることが知られている。
*8 バイオマーカー: 病気の進行の指標となる生体サンプル中の物質。例えば糖尿病のバイオマーカーとして血液検査で調べられるHbA1cがある。
発表誌:Nature Communications
タイトル:Loss of Parkinson’s disease-associated protein CHCHD2 affects mitochondrial crista structure and destabilizes cytochrome c
日本語訳:パーキンソン病関連タンパク質CHCHD2の喪失は、ミトコンドリアのクリステ構造に影響し、 チトクロムCを不安定化させる
著者名 : Hongrui Meng, Chikara Yamashita, Kahori Shiba-Fukushima, Tsuyoshi Inoshita, Manabu Funayama,Shigeto Sato, Tomohisa Hatta, Tohru Natsume, Masataka Umitsu, Junichi Takagi, Yuzuru Imai,Nobutaka Hattori
DOI : 10.1038/ncomms15500
謝辞:なお、本研究はJSPS科研費 JP26293070, JP15H04842、MEXT科研費 JP23111003、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業) 、大塚製薬の研究助成を受け、大阪大学および産業技術総合研究所との共同研究として行われました。
- CHCHD2遺伝子の変異により細胞死シグナルの活性化がおこり、神経細胞死に繋がることを発見
- ミトコンドリアを保護する遺伝子を新たに同定し、病態改善に成功、治療法確立への道筋をつけた
- パーキンソン病でみられるCHCHD2の変異が、機能喪失型変異であることを遺伝学的手法で解明
【背景】
パーキンソン病は中脳ドーパミン神経*2の変性を特徴とする難治性の神経変性疾患です。 発症原因は不明ですが、一部にパーキンソン病を頻発する家系が存在し、パーキンソン病に関わる遺伝子が徐々に明らかになってきました。私たち研究グループは、パーキンソン病を頻発する家系からDNAを収集し、精力的にパーキンソン病原因遺伝子の単離を行っています。その過程で優性遺伝形式でパーキンソン病を頻発する家系の解析から、2015年にCHCHD2遺伝子を原因遺伝子として見つけました。CHCHD2遺伝子から作られるタンパク質(遺伝子と同名:CHCHD2)は、ミトコンドリアにあるタンパク質であり、パーキンソン病家系ではCHCHD2の特定のアミノ酸変異が共通して見つかっています。このことから、CHCHD2遺伝子をパーキンソン病の原因遺伝子として同定できましたが、CHCHD2のアミノ酸変異によりどのようにパーキンソン病が発症するのかは明らかになっていませんでした。そこで、パーキンソン病原因遺伝子の機能の解明に強力なモデル動物であるショウジョウバエと哺乳類培養細胞を組み合わせて、CHCHD2変異により神経細胞死が起こるメカニズムの解明とその治療的試みを進めました。
【内容】
今回、私たち研究グループは、まずCHCHD2の生体での役割を明らかにするため、CRISPR/Cas9*3を使ったゲノム編集により、CHCHD2遺伝子を欠失したショウジョウバエ(CHCHD2ノックアウトハエ)を作製しました。このハエを解析することにより、CHCHD2がなくなるとミトコンドリアの細胞内呼吸(酸素呼吸)が低下し、活性酸素種(ROS)が発生することが分かりました。さらに、電子顕微鏡観察から、ミトコンドリアのクリステ*4と呼ばれる構造が崩壊していることを明らかにしました(図1、2)。
図1 ミトコンドリアのクリステ
図2 ショウジョウバエ筋肉のミトコンドリア
クリステは酸素呼吸に関わる酵素群が配置されている場所です(図1)。次に、哺乳類培養細胞からCHCHD2に結合するパートナーとして、クリステの維持およびチトクロムC*5の安定化に関わるMICS1*6を同定しました。CHCHD2がなくなることにより、チトクロムCの不安定化、ROSの発生、細胞死シグナルの活性化が起こり、神経細胞死が誘導されることが分かりました(図3)。
図3 CHCHD2の役割とその喪失による神経細胞死の機序
重要なことにパーキンソン病家系で見つかったアミノ酸変異を導入したCHCHD2では、 CHCHD2ノックアウトハエのミトコンドリアの不調を改善させることができませんでした。このことから、パーキンソン病はCHCHD2の機能の喪失で発症することが考えられます。次に、ミトコンドリアからのROS発生を抑える遺伝子として4E-BP*7を見出しました。 そこで、CHCHD2ノックアウトハエへ4E-BPを遺伝子導入したところ、ミトコンドリアの形態改善(図4) ・機能改善ならびにドーパミン神経変性の抑制に成功しました 。
図4 4E-BPはCHCHD2変異によるミトコンドリア変性を改善する
【今後の展開】
パーキンソン病原因遺伝子にはミトコンドリアの機能調節に関わるものが少なからず見つかっていることから、パーキンソン病全般にミトコンドリアが関わっている可能性があります。すなわち、パーキンソン病の発症予防のためには、ミトコンドリアの機能の変調を早期に捉えるバイオマーカー*8の開発、ミトコンドリアを保護する創薬の開発が重要と考えています。本研究で開発したCHCHD2ノックアウトのモデルハエは、ミトコンドリアおよび神経の加齢依存的な変性を忠実に再現するパーキンソン病モデル動物であり、このモデル動物を解析ツールとしたパーキンソン病病態解明のアプローチは、ヒトのパーキンソン病の効果的な予防法・治療法の開発・評価に威力を発揮します。私たち研究グループは、患者さんのご協力のもとこれらの研究も進めていきます。
【用語解説】
*1 CHCHD2 (coiled-coil-helix-coiled-coil-helix domain containing 2): CHCHD2遺伝子は優性遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子の一つである。CHCHD2遺伝子から作られるタンパク質は、同名のCHCHD2と名付けられている。ここでは混乱しないように、遺伝子はCHCHD2遺伝子、タンパク質はCHCHD2と表記する。
*2 中脳ドーパミン神経: パーキンソン病において神経変性が起こる神経。この神経が変性するとパーキンソン病で見られる運動機能障害(手足の震え、筋肉の硬直、姿勢制御の障害など)が起こる。
*3 CRISPR/Cas9 :ゲノムDNAの配列を高い精度と効率で改変する新技術。
*4 クリステ:ミトコンドリア内部の構造。細胞内呼吸(酸素呼吸)に関わる酵素群が存在する。
*5 チトクロムC:呼吸に関わる酵素群の電子の受け渡しを仲介するタンパク質。ミトコンドリア外に漏出すると細胞死シグナル実行因子カスパーゼが活性化することが知られている。
*6 MICS1( mitochondrial morphology and cristae structure 1):チトクロムCに結合する膜タンパク質。チトクロムCのミトコンドリア外への漏洩を抑制して、細胞死を防ぐ。
*7 4E-BP:インスリンシグナルの下流に位置づけられる4E-BPは、ミトコンドリアの代謝に関与し、抗酸化ストレス、寿命の伸長に関わることが知られている。
*8 バイオマーカー: 病気の進行の指標となる生体サンプル中の物質。例えば糖尿病のバイオマーカーとして血液検査で調べられるHbA1cがある。
発表誌:Nature Communications
タイトル:Loss of Parkinson’s disease-associated protein CHCHD2 affects mitochondrial crista structure and destabilizes cytochrome c
日本語訳:パーキンソン病関連タンパク質CHCHD2の喪失は、ミトコンドリアのクリステ構造に影響し、 チトクロムCを不安定化させる
著者名 : Hongrui Meng, Chikara Yamashita, Kahori Shiba-Fukushima, Tsuyoshi Inoshita, Manabu Funayama,Shigeto Sato, Tomohisa Hatta, Tohru Natsume, Masataka Umitsu, Junichi Takagi, Yuzuru Imai,Nobutaka Hattori
DOI : 10.1038/ncomms15500
謝辞:なお、本研究はJSPS科研費 JP26293070, JP15H04842、MEXT科研費 JP23111003、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業) 、大塚製薬の研究助成を受け、大阪大学および産業技術総合研究所との共同研究として行われました。
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザーログイン既に登録済みの方はこちら
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像