日本海拡大時の大地の急速沈降と回転の同時発生を発見
地質調査が明かす棚倉断層帯沿いの堆積盆の詳細な発達史
・日本海拡大時に東北日本では堆積盆ごとに回転が生じた可能性があることが分かった
・日本列島の成り立ちと日本海拡大のメカニズムの解明に貢献
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質情報研究部門 細井 淳 主任研究員と羽田 裕貴 研究員、茨城県立茨城東高等学校 谷井 優理恵 教諭、茨城大学理学部 岡田 誠 教授による研究チームは、茨城県大子町周辺の地質調査および地層に記録されている過去の地磁気(古地磁気)方位を解析し、約1720万~1660万年前、棚倉断層帯の運動が堆積盆の形成・沈降(リフティング)と回転を同時に引き起こしたことを発見しました。
従来、日本海拡大時に日本列島の大地が回転したことは知られていましたが、その規模やメカニズムは未解明でした。特に東北日本では、報告されている回転の時期や規模、回転方向が場所ごとにまちまちでした。今回の発見はその謎を解き明かす成果であり、日本列島を縦断する大断層の一つ、棚倉断層帯の運動が堆積盆の形成・沈降・回転を同時に引き起こしたことを初めて解明しました。この成果は、日本列島の成り立ちを明らかにするものであると共に、日本海拡大(世界的には背弧拡大)のメカニズム解明に貢献します。
なお、この研究の詳細は、2023年6月26日(日本時間)に国際誌「Tectonics」に掲載されます。
下線部は【用語解説】参照
研究の社会的背景
産総研では国の方針に従い、社会にイノベーションをもたらすための重要なインフラ情報として、知的基盤情報を整備しています。産総研地質調査総合センターは全国各地域の地質を調査・研究し、知的基盤情報として地質図幅の整備を進めています。
2021年に新たに公表された国の第3期「知的基盤整備計画」では、地質災害の軽減や地域振興・地方創生、学術的重要性の視点から、優先度の高い地域を対象に地質図幅を整備することになっています。茨城県大子町周辺はその一地域で、今まさに地質図幅の整備を進めています。本研究成果はその地質図幅整備の過程で得られました。
研究の経緯
今から約6600万年以上前の白亜紀には、日本列島はアジア大陸と一体でした。新生代になると日本海が形作られ始め、約2400万~1500万年前に日本海の拡大は最盛期を向かえました。その結果、日本列島は大陸から分かれて、今のような列島になりました。日本海が拡大する際、日本列島は回転したことが古地磁気の記録から知られています。しかし、東北日本では回転の時期や規模、回転方向が調査場所によりまちまちなため、回転の規模やメカニズムは諸説あり、解明されていませんでした。
日本列島が回転したメカニズムを解明するためには、日本海拡大時の古地理、すなわち当時の断層や堆積盆の形状やその分布を把握し、その上で当時の地層に記録された古地磁気方位を調べる必要があります。しかし、日本海拡大時の断層や当時の堆積盆の形状や分布は、その後の地殻変動などで乱され、現在ではほとんど把握することができません。
茨城県大子町周辺地域は、日本海拡大時の巨大な断層(棚倉断層帯)と当時の堆積盆がほぼそのまま残る非常に珍しい地域です。また、その発達史は概ね判明しています(Hosoi et al., 2020)。そのため大子町周辺の堆積盆は、日本海拡大のメカニズム、特に堆積盆の形成・発達と大地の回転運動を解明するのに最適な地域です。
本研究の一部は、JSPS科研費19K14822(代表:細井 淳)若手研究による助成を受けています。
研究の内容
本研究は茨城県大子町周辺に分布する日本海拡大期の地層を調査し、日本海拡大時の古地磁気記録を探りました。その結果、正磁極期(現在の地磁気方位と同じで磁石が北を指す時代)と逆磁極期(現在の地磁気方位と逆、磁石の方位は南を指す時代)の地層があることを発見しました。それらの正・逆磁極期の年代から、約1720万~1660万年前の地層群、約1660万~1630万年前の地層、約1630万~1520万年前の地層群を認定できました(図1)。これは従来よりもはるかに精度よく地層の年代を解明できたことを意味します。
地層の年代を高精度に把握できたことにより、地層の年代と堆積物の厚さの関係から、堆積物が堆積盆を埋めた速度(堆積速度)を見積もることができました。その結果、特に約1720万~1660万年前の地層群は堆積速度が一段と速いことが分かりました(図1)。このことは、堆積盆の沈降速度が速かった可能性を示します。実際にこの時代に堆積盆内の環境は陸上から海へと変化しました(天野他、2011)。堆積盆の発達は棚倉断層帯の運動に左右されたと考えられるため、約1720万~1660万年前に、棚倉断層帯の運動によって急速に堆積盆は沈降したと考えられます。
次に、各地層に記録されている古地磁気の方位を比べました。その結果、約1660万年前以降の地層は、想定される当時の地磁気方位とほぼ同じ方向(南北方向)でしたが、約1720万~1660万年前の地層の古地磁気方位は期待される方位から約30度ずれていました。これは約1720万~1660万年の間に、大地が約30度の回転をしたことを意味します(図2)。一方、地質的に隣接する栃木県茂木町周辺はその時期に回転していないことが分かっています(Hoshi and Takahashi, 1999)。つまりこの研究で明らかになった回転運動は、大子町周辺で起こったものです。この原因は棚倉断層帯の運動と考えられます。棚倉断層帯の横ずれ運動によって、棚倉断層帯沿いに発達する堆積盆でのみ回転が生じました(図3)。
以上の成果によって、今から約1720万~1660万年前、棚倉断層帯の横ずれ運動によって堆積盆は急速に沈降すると共に回転も起こったことが判明しました。これは、日本列島を横断する大断層の運動が堆積盆の形成・沈降・回転を同時に引き起こしたことを初めて解明したものです。この研究によって、東北日本における日本海拡大時の回転運動の時期や規模、回転方向が不統一な原因が、断層運動による堆積盆の発達の時期や程度が異なるためである可能性が示されました。また、日本海拡大時には正断層の形成とその運動によって多くの堆積盆が形成・発達したと考えられていますが、本研究成果は正断層運動のみならず横ずれ断層の運動の影響も考慮すべきであることを示します。これは日本海の拡大のみならず、世界の他地域にもある背弧拡大のテクトニクスの理解に貢献します。
今後の予定
現在、本研究で明らかになった沈降・回転運動を引き起こした棚倉断層帯の断層運動について検討するために、岩脈や小断層を用いた古応力解析を進めています。また、これらの成果を含め、知的基盤情報の整備として大子地域の地質図幅を刊行する予定です。
論文情報
掲載誌:Tectonics
論文タイトル:Rotated Transtensional Basins Formed During Back-arc Spreading in Japan: Simultaneous Rapid Tectonic Rotation and Basin Subsidence
著者:Jun Hosoi, Yurie Tanii, Makoto Okada, and Yuki Haneda
DOI:10.1029/2022TC007642
用語解説
地磁気(古地磁気)
方位磁石が方角を指すように地球には独自の磁場があり、これを地磁気と呼ぶ。地層に記録された昔の地磁気(古地磁気)情報は、地層の年代や過去の大地の回転を知る手がかりになる。地磁気は過去に何度も逆転しており、その履歴は過去の地層・岩石に記録されている。
堆積盆
地殻変動によって形成され、堆積物が堆積するための空間がある地形、領域のこと。堆積盆内には堆積物が分厚く堆積し、地層が形成される。
リフティング
大地が引き延ばされると共に、地表が沈降する現象。英語表記はrifting。リフティングが進行した場合には大陸分裂に至ることもある。
日本海拡大・背弧拡大
プレートが沈み込みに伴って、その背弧側(火山フロントからみて、プレート沈み込み帯の反対側)の地域で海洋底拡大が起こる現象を“背弧拡大”という。日本海はこの背弧拡大によって形成されたもので、この現象が“日本海拡大”である。
地質図幅
地質図とは、地面の下に分布する地層・岩石の種類を色別に表した地図のことで、地質図を緯度経度で囲まれた四角の区画で示したものを地質図幅という。地質図には、どこにどのような岩石や地層が分布し、いつの時代に形成されたのか、断層などの活構造の分布、地下資源などの情報が記載されている。資源開発や防災・減災、土木・建設、観光振興、環境保全対策など幅広い分野で基礎資料として利用される。
知的基盤整備計画
経済産業省が策定し公表する国の計画。国の経済活動を支えるインフラ情報の整備計画で第3期は2021~2030年度までの期間である。産総研地質調査総合センターでは長期的な国家的事業の支柱となる基盤的地質情報の整備とその情報発信を行っている。具体的には地質図や地質地盤図、活断層データベース、水文環境図などを作成している。(https://www.gsj.jp/researches/intellectual/index.html)
正磁極期・逆磁極期
地磁気は過去に何度も逆転している。現在の地磁気と同じで方位磁石のN極が北を指す時代を正磁極期、反対に方位磁石のN極が南を指す時代を逆磁極期という。
引用文献
・ 天野 一男・松原 典孝・及川 敦美・滝本 春南・細井 淳 (2011) 棚倉断層の新第三紀テクトニクスと火山活動・堆積作用. 地質学雑誌, 117 (補遺), 69–87.
・ Hoshi, H. and Takahashi, M. (1999) Miocene counterclockwise rotation of Northeast Japan: a review and new model. Bulltein of the Geological Survey of Japan, 50, 3–16.
・ Hosoi, J., Danhara, T., Iwano, H., Matsubara, N. and Amano, K. (2020) Development of the Tanakura strike-slip basin in Japan during the opening of the Sea of Japan: Constraints from zircon U–Pb and fission-track ages. Journal of Asian Earth Sciences, 190, 104157.
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像