「よしもと新喜劇」60年の歴史で初! 沖縄・今帰仁村(なきじんそん)で手作りの新喜劇を披露!大阪の笑いは届くのか!?
来年60周年を迎える吉本新喜劇。その歴史は1959年3月1日「うめだ花月」のこけら落とし公演がMBSテレビの開局記念番組として生中継されたことから始まる。以来、大阪発のお笑い文化として全国へ発信してきたが、放送されていない地域も多く、新喜劇を全く知らない人も大勢いる。60周年を前にした今年は、さらに全国に吉本新喜劇を知ってもらおうと、4座長が全国ツアーを展開中だが、MBSテレビの「よしもと新喜劇3座長SP in沖縄」(5月12日(土)午後0:54~2:54関西ローカル放送)でも、すっちー、川畑泰史、酒井藍の3座長率いる座員たちが、新喜劇を全く知らない沖縄県国頭郡今帰仁村へ新喜劇の笑いを届ける企画をお送りする。
番組では、春の3座長公演の舞台「すち子の、南の島にめんそーれ!」に続き、3座長が座員を連れて今帰仁村ロケへ。地元のガレッジセールと合流、兼次(かねし)小学校の体育館を借りて、村の人に初めて生で新喜劇を見てもらうべく奮闘する。新喜劇といえば、問題が次々起こり、最後に解決するというのが定番のストーリー。
今回は、地元で実際に悩みを抱える人に舞台に出てもらい、新喜劇メンバーが舞台上でそれを解決するという一味違う展開に。すっちーと酒井が手分けして公演のチラシを配りつつ、村のお悩みを探る間、川畑が舞台装置の手配と会場セッティングを引き受ける。そこから集めたお悩みを入れた台本を川畑が作り、翌日には上演しようという弾丸ツアーだ。
実際、村を歩くと、新喜劇の知名度のなさを実感。松浦真也がギターネタでニュース番組の「ゼロ~」を披露しても、番組の放送がないために全くウケず、落ち込む松浦。すち子姿のすっちーも大勢の子どもたちを前にタダの女装に見られてしまう。危機感を募らせる座員たち。そんな中、「先生に謝りたいことがある」という小学校4年の男の子に出会い、舞台に登場してもらうことに。
一方、川畑は自ら客席の椅子を並べ、普段はやったことがない会場づくり。午後7時、悩みネタを聞いて川畑が台本作りを開始。「最後はリアルな悩みやから、今回はガチ。どうなるか分かれへん緊張感がある。男の子のためにも最高の舞台を用意しないと…」と川畑。ようやく台本が完成したのが午後10時半。そこから本読み、立ち稽古は深夜0時に及び、日中のロケ疲れもあって座員たちはボロボロ。それでも翌日、移動のバスの中でも寝ずに、必死に台本を覚える座員たち。新喜劇を初めて見る村の人や子どもたちに、何としても笑いを届けたいとその顔は真剣だ。
体育館には約400人の子どもたちや村人が集まり、大入りに。川畑のギャグ、すち子のアメ撒き、酒井の「ぶう、ぶう」など定番のネタを繰り出す座長たちが、がっちり笑いを取ると、観客は舞台に釘付け。初めて舞台に立つ小学生にはすち子がつきっきりで優しくフォローし、クライマックスは実際に謝れるか?というリアルなシーンに。いつもと一味違う見どころ満載の新喜劇となった。
番組の赤澤友基プロデューサー(MBS)は、「わずか1泊2日のロケで、地元の人も巻き込んだ新喜劇を作り上げる姿に、新喜劇の底力を見た気がします。60年続いてきただけあって、ギャグやネタも歴史の中で洗練され、ウケるものしか残ってない訳だから。新喜劇、スゴいな、60年の歴史ってスゴいと思いました」。
その場のネタをその場で料理する、手作り新喜劇で底力を見せた3座長たち。来年の60周年に向け、新喜劇チームの挑戦が続く。
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