プロモーター置換法は、進化型ポリ乳酸の生産性向上に有効であることを実証

~脱炭素社会に向けて、バイオプラスチック開発技術への貢献に期待~

学校法人明治大学

明治大学農学部 ゲノム微生物研究室の島田 友裕 准教授と長尾 優輝(2023年博士前期課程修了)は、神戸大学 大学院科学技術イノベーション研究科・先端バイオ工学研究センター 創発生命工学研究室の田口 精一 特命教授と高 相昊 特命助教との共同研究で、プロモーター置換技術を用いることにより、大腸菌における生分解性プラスチックP(lactate-co-3-hydroxybutyrate), P(LA-co-3HB):通称LAHBの生産量の向上に成功しました。

要旨

現在、脱炭素社会を目指して、巨大産業であるプラスチックの製造にバイオテクノロジーが期待されています。その最先端は、「優れた物性×生分解性」の両立です。ポリ乳酸(PLA)は、石油系プラスチックの代替となる主力バイオプラスチックです。PLAは、二酸化炭素削減プロセスで化学合成されていますが、硬質で海洋難分解性である点が課題です。一方、アカデミック主導で開発中の生分解性プラスチックLAHBは、PLAと天然素材P(3HB)とのハイブリッドポリマーで、透明で軟質性を有し、良好な海洋生分解性を示す「進化型PLA」です。大腸菌をプラットフォームとして、LAHBをバイオマス由来糖原料からワンポットで発酵生産することが可能ですが、その生産量の低いことが課題でした。今回、明治大学の島田研究室と神戸大学の田口研究室は、「プロモーター置換技術」を用いることで、LAHB合成遺伝子群の発現量と発現時期を調節し、ポリマーの生産量を向上させることに成功しました。本成果は、大腸菌の細胞増殖期とポリマー生産期を分離することが決定的な要因となりました。また、「プロモーター×炭素源」の組み合わせにより、生産性向上に加えLA分率の制御にも効果のあることがわかり、LAHBの物性制御に繋がる技術になります。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(19K06618, 22K06184)の支援を受けました。研究成果は原著論文として、国際学術誌「Microbial Cell Factories」(電子版)に2023年7月19日付で掲載されました。(DOI:10.1186/s12934-023-02143-w)


研究成果のポイント

● 大腸菌を用いたLAHB生産において、LAHB合成遺伝子群の発現強度や発現時期をプロモーター置換技術により制御することで、LAHB生産量を向上させることに成功した。

● このLAHB生産量の向上は、大腸菌の細胞増殖期とポリマー生産期を切り分けることが決定的要因であったことを見出した。

● 微生物を用いた物質生産において、関連遺伝子群の発現量と発現時期を適正化することの重要性を検証し、プロモーター置換技術の有用性を実証した。


1.研究の背景

現在、目覚ましく進んでいる脱炭素社会に向けたバイオプラスチックの開発には、バイオマス由来(二酸化炭素排出抑止)であることや生分解性(環境保全)であることが求められています。LAHBは神戸大学 田口特命教授により開発されたポリマーであり、PLAとP(3HB)からなるハイブリッドポリマーで、海洋生分解性を示すため環境に優しく、そのLA分率により透明性や柔軟性を変化させることができるため、幅広い用途に使用できる優れた性質を有します。このLAHBは大腸菌をプラットフォームとして、他菌種由来のLAHB合成遺伝子群を改変し導入することにより生産することができます(図1)。本研究グループは現在、工業生産に向けて、その生産量の向上やLA分率の制御といった技術革新に取り組んでいます。これまでに培養条件、酵素改変、代謝改変、転写因子欠損、細胞膜改変といった検討がなされてきましたが、導入遺伝子群の発現調節に関しては未着手でした。明治大学 島田研究室では、長年転写調節ネットワークに関する基礎学術的研究を推進してきており、多様な転写スイッチ「プロモーター」をLAHBの合成生物学に効果的に応用できるのではないかと着想しました。


2.研究内容と成果

本研究では、LAHBの生産性向上やLA分率を制御することを目的として、大腸菌に導入したLAHB合成遺伝子群の適切な発現量や発現時期を検討するために、LAHB合成遺伝子群の発現を担うプロモーターについて検討しました。特に、大腸菌の細胞増殖相、および、培養に用いる炭素源(糖)に対して検討しました。まずグルコース培地において、それぞれ様々な特徴を有するプロモーター20種類を用いた際のLAHB生産量を測定したところ、定常期に活性が上昇する定常期型プロモーターを用いると生産量が向上することを見出しました(図2)。さらに解析を進めると、定常期におけるLAHB合成遺伝子群の発現強度とLAHB生産量に正の相関が得られることが分かりました(図3)。他方、LA分率を向上させる目的でキシロース培地を用いた条件においても同様にプロモーターを検討し、生産量を向上させることができました(図4)。興味深いことに、グルコース培地とキシロース培地では同じプロモーターを用いた場合で生産量が異なりました。これらのことから、大腸菌におけるLAHB生産において、導入遺伝子群を定常期に発現させることで生産性を向上させることができること、そして、培地の炭素源に合わせたプロモーターの選択が重要であることが示唆されました。これらのことから、目的産物や培養条件に合わせて対象遺伝子の発現強度や発現時期を適正化するために、プロモーター置換によりアプローチする戦略(プロモーター置換法)の有効性が示されました。本成果は、微生物ポリエステルの精密生産技術としての価値が高く、生物情報が最も豊富な「大腸菌」の特性を最大限に引き出しています。


3.今後の期待

本研究により、プロモーター置換法が、LAHBのような付加価値のある目的産物の生産性向上のための有望なアプローチであることが実証されました。また、炭素源(糖)をはじめとする培養条件と組み合わせることで相乗的な効果を示しました。これまでに明らかとなってきた様々なLAHB生産性やLA分率の向上技術と組み合わせることにより、さらなる生産性向上やLAHBの物性に関与するLA分率の制御が期待されます。


4.発表論文

〈タイトル〉

Cell-growth phase-dependent promoter replacement approach for improved poly(lactate-co-3-hydroxybutyrate) production in Escherichia coli.

〈著者名〉

Yuki Nagao, Sangho Koh, Seiichi Taguchi, Tomohiro Shimada

〈雑誌名〉

Microbial Cell Factories

〈DOI〉

10.1186/s12934-023-02143-w


【研究グループ】

明治大学 農学部農芸化学科 ゲノム微生物学研究室

准教授 島田 友裕(しまだ ともひろ)

2023年農学研究科博士前期課程修了生 

長尾 優輝(ながお ゆうき)

神戸大学 大学院科学技術イノベーション研究科

特命教授 田口 精一(たぐち せいいち)

特命助教 高 相昊(こう さんほ)




参考図

図1.大腸菌におけるP(LA-co-3HB) (LAHB)の生合成経路。グルコースとキシロースを炭素源として用いた場合の代謝経路図。他菌種由来の導入遺伝子群:LDH; 乳酸デヒドロゲナーゼ、PCT; プロピオニル-CoA転移酵素、LPE; 乳酸重合酵素、PhaA; βケトチオラーゼ、PhaB; NADPH依存性アセトアセチル-CoA還元酵素。



図2.グルコース培地において、LAHB生産量にプロモーター置換が与えた影響。縦軸がナイルレッド染色により定量したLAHB生産量、グラフ下に各プロモーター名を示す。


図3.LAHB重合酵素のmRNA発現レベルとLAHB生産量にプロモーター置換が与えた影響の相関図。横軸にmRNAレベル、縦軸にLAHB生産量を示す。用いた各プロモーター名は各点の隣に示した。



図4.キシロース培地において、LAHB生産量およびLA分率にプロモーター置換が与えた影響。Aは各プロモーターを用いた際のLAHB生産量およびLA分率を示す。BとCは各プロモーターを用いた際の重合酵素のmRNA発現レベルに対するLAHB生産量(B)とLA分率(C)の相関図。

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