パーキンソン病の発症早期に特徴的な変化を示すアシルカルニチン群を特定

~発症前診断のバイオマーカーへの期待~

順天堂大学大学院医学研究科・神経学講座(脳神経内科)の斉木臣二准教授、服部信孝教授らの研究グループは、パーキンソン病(*1)患者血液中の代謝産物の網羅的解析によって、長鎖アシルカルニチン(*2)群が早期パーキンソン病診断のバイオマーカーになりうることを明らかにしました。本成果はパーキンソン病の簡便・低侵襲な診断に繋がり、早期診断の精度向上に寄与するとともに、血液検査による発症前診断への足がかりになると期待されます。本研究は、英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版(日本時間8月4日)で公開されました。
【本研究成果のポイント】
  • 早期パーキンソン病患者において血中代謝産物の長鎖アシルカルニチン群7種の低下を発見
  • 長鎖アシルカルニチン群は早期パーキンソン病診断のバイオマーカーになりうる
  • 血液検査によるパーキンソン病の前臨床期・前駆症状期における発症前診断の可能性を示唆

【背景】
パーキンソン病は有病率が10万人あたり140人に上るわが国で2番目に多い神経変性疾患で、運動に関する症状(手足・首が震える、手足がこわばる、転びやすくなる)が徐々に進行することが特徴的とされています。最近の研究より、少なくとも発症する10年以上前から、便秘・立ちくらみ・匂いが分かりにくくなる・抑うつ症状・レム睡眠行動異常症(*3)・むずむず足症候群(*4)などの「前駆症状」が高い頻度で認められることがわかってきました。これらの症状の出現は、パーキンソン病患者の神経細胞数の減少が、前駆症状がみられる時期から開始・進行しているということを示唆しています。 そのため、このような前駆症状期にパーキンソン病の予兆を正確に診断し、できるだけ早期に新たな根本的治療介入を開始することが重要と考えられています。そこで私たち研究グループは、パーキンソン病の早期に特徴的な変化を見出すことを目的に、本研究では検査を受ける軽症のパーキンソン病患者を独立した中規模の2つのグループに振り分け、血液の血漿中に含まれる代謝産物(多くは分子量1000以下の小分子)を網羅的に調べました。

【内容】
血漿中の代謝産物は、採血前の運動・食事、基礎疾患(膠原病、腫瘍、肺炎など)に大きく影響されるため、採血条件を統一し、厳密な条件のもと、グループ1(パーキンソン病患者109名、健常者32名)、グループ2(パーキンソン病患者145名、健常者45名)を設定し、採取した血漿(0.7ミリリットル)を用いて、液体クロマトグラフィー・質量分析計およびキャピラリー電気泳動・質量分析計による代謝産物の解析を行いました。
測定の結果、グループ1・グループ2を構成する全例について120以上の既知の代謝産物濃度が得られました。その中で、「パーキンソン病患者において特異的に変化していること」、さらに「早期・軽症パーキンソン病患者においてその変化が大きいこと」の2条件を満たす変化に注目したところ、早期のパーキンソン病患者では長鎖アシルカルニチン群(7種)濃度が有意に低下していることを発見しました(図1)。

 

図1: パーキンソン病重症度によるアシルカルニチン群、脂肪酸の濃度変化図1: パーキンソン病重症度によるアシルカルニチン群、脂肪酸の濃度変化


この7種の長鎖アシルカルニチン群濃度はパーキンソン病治療薬や、肥満度の指標であるBMIの影響によるものではないことも確認しました。すなわち、長鎖アシルカルニチン群7種の濃度をバイオマーカーとして確立すれば、十分な精度をもって早期パーキンソン病の診断ができる可能性が示唆されました。

【今後の展開】
近年の疫学的研究により、パーキンソン病患者の骨格筋機能(多くは握力などの筋力、生活上の運動強度)の低下は、震えやこわばりが生じる5年以上前から始まっていることが明らかになってきました。このような骨格筋筋力低下と、パーキンソン病患者に特徴的な中枢神経(中脳黒質や青斑核など)の神経細胞数減少との因果関係は現時点では不明ですが、本研究が示す代謝産物の長鎖アシルカルニチン群の濃度低下が早期・軽症パーキンソン病患者にみられた結果は、骨格筋のミトコンドリアにおいて長鎖脂肪酸から長鎖アシルカルニチンを作ることで開始される脂肪酸のb酸化(*5)反応の低下を反映していると考えられます。このような、微細な骨格筋脂肪酸b酸化を、侵襲の低い採血から得られるごく微量血漿を用いて評価できれば、早期パーキンソン病の診断のみならず、前臨床期・前駆症状期における発症前診断(図2)に繋がり、先制医療(*6)の一助となるものと期待されます。

図2:パーキンソン病の病期と本研究成果との関係図2:パーキンソン病の病期と本研究成果との関係


【用語解説】
*1 パーキンソン病: 進行性の中脳黒質神経細胞脱落を特徴とする神経変性疾患で、現在のわが国の患者数は14万人とされるが、高齢になるほど発症率が高まるため、2030年には全世界で3000万人が罹患すると予測されている。

*2 長鎖アシルカルニチン: 炭素数が12以上のアシルカルニチンを指す。

*3 レム睡眠行動異常症: 行動学的には睡眠でありながら、脳波上は覚醒時に類似するREM睡眠状態(急速眼球運動を伴う)において夢内容に一致した行動を示し、本行動が病的な症状とされる疾患。本疾患患者は1年の経過観察でその10%がパーキンソン病を発症するとされる。

*4 むずむず脚症候群: 下肢の不快な感覚が安静時(特に就寝時)に自覚され、入眠障害を呈する。有病率は5-15%程度とされ、パーキンソン病の発症リスクが1.5倍になるとの報告がある。

*5 脂肪酸b酸化: ミトコンドリアマトリックスにて行われるアシルCoAからアセチルCoAを連続的に切り出す一連の生化学的反応。炭素数22以下の脂肪酸はアシルCoAに変換されるが、これはミトコンドリア外膜を通過できないため、一旦アシルカルニチンとされ、各酵素の働きを経てミトコンドリアマトリックスにて再びアシルCoAとなり、本酸化過程を受ける。

*6 先制医療: Preemptive medicineの訳出語。ある疾患を発症し診断される前の段階で、種々の検査・バイオマーカーを根拠とし、将来発症するであろうその疾患の治療介入するという予防医療のこと。

本研究成果は、英国科学雑誌の「Scientific Reports」誌のオンライン版(日本時間8月4日18時)
リンク先: http://www.nature.com/articles/s41598-017-06767-y で公開されました。
英文タイトル:Decreased long-chain acylcarnitines from insufficient b-oxidation as early diagnostic markers for Parkinson’s disease.
日本語訳:脂肪酸β酸化低下による長鎖アシルカルニチン群の低下は、パーキンソン病早期診断マーカーになり得る。
著者:Shinji Saiki, Taku Hatano, Motoki Fujimaki, Kei-Ichi Ishikawa, Akio Mori, Yutaka Oji, Ayami Okuzumi, Takeshi Fukuhara, Takahiro Koinuma, Yoko Imamichi, Miho Nagumo, Norihiko Furuya, Shuko Nojiri, Taku Amo, Kazuo Yamashiro and Nobutaka Hattori

知財、特許情報: 出願番号2016-017794
発明者: 服部信孝、斉木臣二、波田野琢、山城一雄、石川景一、王子悠、森聡生、奥住文美
発明の名称: パーキンソン病診断指標
出願人: 学校法人順天堂出願日: 2016年 2月 2 日

謝辞:本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」(研究開発総括:清水孝雄)における研究開発課題「パーキンソン病の代謝産物バイオマーカー創出およびその分子標的機構に基づく創薬シーズ同定」(研究開発代表者:服部信孝)の一環で行われたと共に、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、文部科学省新学術領域研究領域提案型「オートファジーの集学的研究」、およびJSPS科研費(JP15H04843)による支援を受けて行われました。 なお、AMED-CRESTについては、平成27年4月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より移管されました。
また、本研究に協力頂きました患者さんのご厚意に深謝いたします。
 
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