栄養が豊富でも、あえて胞子をつくる野生酵母
ショウジョウバエに「食べられる」ことが、コストの高い有性生殖を支える
■概要
酵母は通常、栄養が豊富な環境では無性生殖によって細胞数を増やし、栄養が乏しくなると有性生殖※1 を行って、環境ストレスに強い胞子をつくります。ところが、仁木宏典特命教授らの国立遺伝学研究所(遺伝研)と清家泰介准教授の九州工業大学の研究グループは、日本各地から分離したジャポニカス分裂酵母(Schizosaccharomyces japonicus)※2 の多くが、栄養が豊富な環境でも高頻度に接合・減数分裂・胞子形成を行うという、通常とは異なる性質が、昆虫との共生による適応進化であることを見出しました。
栄養が豊富な環境でも高頻度に胞子形成を行う性質を、本研究では「hc⁹⁰(恒常的胞子形成)形質」※3 と呼んでいます。実験室でこの酵母を栄養豊富な培地で繰り返し培養すると、胞子形成を行わない細胞が次第に増加し、hc⁹⁰形質を持つ酵母は集団中から減少しました。つまり、栄養が豊富な環境では、増殖を止めて有性生殖に入り、そして胞子をつくることは酵母にとっては大きなコストになります。
一方、同じ酵母をショウジョウバエに食べさせると、栄養細胞の多くは消化されるのに対し、胞子は消化管を通過して生き残ります。ハエの10世代に渡って、酵母を継代させると、その集団中のhc⁹⁰形質の割合は高いまま維持されました。さらに、hc⁹⁰形質の酵母がわずかしか存在しない集団をショウジョウバエに与えたところ、ハエの消化管を通過した後にはhc⁹⁰酵母の割合が著しく増加しました。ある集団では、その割合が0.3%から95.3%まで増加しました。これらは、ハエによる捕食と消化が、hc⁹⁰形質の自然選択圧となっていることを示しています。また、ゲノム解析から、有性生殖開始の制御に関わる複数の遺伝子に変異が見つかり、単一の遺伝子変異ではなく、複数の遺伝子変異の組み合わせ(エピスタシス)※4 によってhc⁹⁰が生じることが示されました。
これらの結果は、昆虫に「食べられる」という一見不利に見える現象が、消化に耐える胞子をつくる酵母を選択し、栄養が豊富な環境でも有性生殖を行うというコストの高い生活史戦略を自然界で維持する選択圧となり得ることを示しています。
■成果掲載誌
本研究成果は、国際科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences USA(PNAS)」に、2026年10月1日(米国時間)にオンライン掲載されました。
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論文タイトル |
英 語: Constitutive sporulation in wild fission yeast enhances insect-mediated survival 日本語: 野生分裂酵母の恒常的な胞子形成は、昆虫を介した生存を高める |
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著 者 |
Hironori Niki, Shunsuke Noda, Keigo Fujiwara, Takuya Miyake, Koichiro Akiyama, Taisuke Seike |
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DOI |
■研究の詳細
● 研究の背景
有性生殖は遺伝的多様性を生み出す重要な仕組みですが、細胞が増殖を止め、配偶・減数分裂・胞子形成へ進むためには時間とエネルギーを必要とします。そのため酵母では通常、窒素などの栄養が不足したときに有性生殖が始まります。一方、自然界の酵母は昆虫に食物として利用されるだけでなく、昆虫によって新しい環境へ運ばれることがあります。また、酵母の胞子がショウジョウバエの消化管を通過して生存できることも知られていました。野外から分離したジャポニカス分裂酵母で見つかった(図1)、栄養豊富な環境でも胞子をつくるという一見不利な性質が、自然界で維持する要因は不明でした。そこで研究グループは、酵母と昆虫の共生実験を行い、この性質の生態学的意義と遺伝的基盤を調べました。

● 本研究の成果
研究グループは、栄養豊富な培地でも胞子をつくるhc⁹⁰株をショウジョウバエに与え、フンから生きた酵母を回収しました。その結果、栄養細胞の多くは消化されたのに対し、胞子は生き残りました。hc⁹⁰株は実験室内で15回継代すると5%未満まで減少しましたが、ショウジョウバエを介して10世代継代すると高い割合で維持されました。さらに混合集団では、ハエの消化管を通過した後にhc⁹⁰株がすべての実験集団で増加し、最大で0.3%から95.3%まで増加しました。突然変異ライブラリーを用いた実験でも、栄養豊富な培地で胞子形成できる株がハエの通過によって濃縮されました。また遺伝解析から、byr2、mcs4、ste6、ste11、tor2、win1の単独変異ではなく、複数の変異の組み合わせがhc⁹⁰形質に関与することが示されました。
成果のポイント
1. 日本各地から分離した野生ジャポニカス分裂酵母の多くが、栄養豊富な環境でも高頻度に胞子をつくるhc⁹⁰形質を示した。
2. hc⁹⁰形質は栄養豊富な培養条件では増殖上不利だが、ショウジョウバエの消化管を通過すると強く選択され、0.3%から95.3%まで増加した例があった。
3. hc⁹⁰形質は単一の遺伝子変異ではなく、胞子形成を制御する複数遺伝子の変異の組み合わせによって生じることが示された。
4. 昆虫による捕食・消化・運搬が、酵母の有性生殖を自然界で維持する生態学的選択圧となり得ることを実験的に示した(図2)。

●今後の期待
本研究は、動物に「食べられる」ことが微生物の生殖戦略を形づくり、増殖上は不利な有性生殖を自然界で維持する選択圧になり得ることを実験的に示しました。今後、昆虫と酵母の相互作用や微生物の生活史進化にどのような影響を与えてきたのかを明らかにするとともに、野生酵母が自然界でどのように生存・分散しているのかを理解する手掛かりになると期待されます。
■ 用語解説
※1 胞子形成・有性生殖
単細胞生物である酵母は、通常は分裂による無性生殖で増殖します。栄養状況が悪化すると、性的に異なる二つの細胞同士が接合します。引き続き、減数分裂を経て、最終的に胞子をつくります。この過程が有性生殖です。胞子は栄養細胞に比べて、乾燥や消化などの環境ストレスに高い耐性を示します。
※2 ジャポニカス分裂酵母(Schizosaccharomyces japonicus)
細胞が中央で二つに分かれて増殖する「分裂酵母」の一種です。1928年当時の九州帝国大学農学部の附属農場のイチゴから最初に分離され、その株が現在、世界中で研究に使用されています。酵母型と菌糸型を使い分けるなど、他の分裂酵母にはない特徴を持っています。高い発酵能を持ち、アルコール飲料の生産にも使用され始めています。
※3 hc⁹⁰(恒常的胞子形成)
本研究で用いた呼称で、栄養が豊富な条件でも高頻度に接合・減数分裂・胞子形成を行う性質を指します。無性生殖する酵母と有性生殖する酵母が混じりあった増殖状態です。
※4 エピスタシス(遺伝子間相互作用)
ある形質が一つの遺伝子の働きだけでは説明できず、複数の遺伝子の組み合わせによって現れる現象を指します。
■ 研究体制と支援
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研究体制 |
本研究は、国立遺伝学研究所 遺伝形質研究系(仁木宏典特命教授ら)と九州工業大学 大学院情報工学研究院 生命情報工学研究系(清家泰介准教授)の共同研究として実施されました。日本各地からの野外試料の採集、野生酵母の分離、遺伝解析、ショウジョウバエを用いた選択実験、全ゲノム解析などを組み合わせることで、野生酵母の胞子形成戦略の生態学的意義と遺伝的基盤を解析しました。 |
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共同研究機関 |
九州工業大学 |
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研究費・支援 |
情報・システム研究機構「戦略的研究プロジェクト」(2023-SRP-09)、遺伝研のNIG-JOINT(37A2025)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR24N9)の支援を受けました。ショウジョウバエ系統はナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)から提供されました。 |
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