世界初!オレキシン受容体拮抗薬のせん妄予防効果を実証

~せん妄の治療から予防へのパラダイムシフト~

順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学の八田耕太郎教授、臼井千恵准教授らの研究グループDELIRIA-Jが2015年4月から開始した「スボレキサントのせん妄予防効果: プラセボ対照ランダム化比較試験」の臨床研究の結果、その有効性が明らかになったので報告いたします。本研究により、オレキシン*1 受容体拮抗作用による新規不眠症治療薬であるスボレキサント*2にせん妄*3の予防効果があることが判明しました。本成果は薬物療法による新たなせん妄予防の道を拓くもので、高齢者によくみられるせん妄による転倒や認知症の進行といった症状の短期的・長期的予後の改善に繋がると期待されます。本研究成果は米国の学術雑誌「The Journal of Clinical Psychiatry」電子版(日本時間2017年8月2日)で公開されました。
【本研究成果のポイント】
  • 新規不眠症治療薬スボレキサントのせん妄予防効果を実証
  • せん妄リスク因子を有する患者に薬剤によるせん妄予防の選択肢の提示
  • 高齢者に多いせん妄による転倒や認知症進行といった症状の短期的・長期的予後の改善へ

【背景】
せん妄は意識水準の変動に幻覚や興奮を伴う一種の脳症で、加齢変化に伴って手術や全身疾患などを直接の要因として発症します。集中治療室や一般病棟での発生率が10-82%で、高齢化とともに増加することが自明です。看護上の配慮などがある程度せん妄予防効果をもつことは報告されていますが、実効性ある薬物療法は確立されていません。せん妄は睡眠覚醒サイクルの障害が主要な特徴であることから、その維持に関わる生理物質のメラトニンによる予防効果が期待され、私たち研究グループはその作動薬であるラメルテオン*4のせん妄予防効果をランダム化比較試験*5で実証してきました。しかし、ラメルテオンだけでは不十分なケースがありました。そこで本研究では、新規不眠症治療薬であるスボレキサントに着目しました。スボレキサントは、覚醒維持物質であるオレキシンの受容体に拮抗することで睡眠をもたらす作用があるため、ラメルテオンとは別の機序による睡眠覚醒サイクル改善を期待できます。このオレキシン受容体拮抗薬が、せん妄リスク因子である従来の睡眠薬とは異なり、せん妄予防効果をもつという仮説(図1)に至り、2015年4月から本研究(UMIN000015681)を実施しました。

図1.せん妄リスク患者に対するオレキシン受容体拮抗薬投与によるせん妄予防の概念図図1.せん妄リスク患者に対するオレキシン受容体拮抗薬投与によるせん妄予防の概念図

【内容】
本研究では、多施設共同評価者盲検プラセボ対照ランダム化比較試験を集中治療室および急性病棟で2015年4月から2016年3月まで実施しました。対象は、高齢、重症化する身体状況という少なくとも2つのせん妄リスクがある65-89歳の内服可能で、48時間以上の滞在が見込まれる救急入院患者としました。うち72名が封筒法でスボレキサント(15mg;36例)あるいはプラセボ(36例)にランダム割付され、入院後3日間の就寝前に試験薬を服用しました。主要評価項目として米国精神医学会の診断基準DSM-5に基づくせん妄の発症率を解析しました。
その結果、スボレキサント服用群にせん妄は発症しませんでしたが、プラセボ服用群では17%(36例中6例)にせん妄が発症し、スボレキサントの服用がせん妄発症率を有意に低く抑えました(図2)。

図2.オレキシン受容体拮抗薬スボレキサントはせん妄を予防する図2.オレキシン受容体拮抗薬スボレキサントはせん妄を予防する

これは睡眠覚醒サイクル障害へのスボレキサントの効果が影響したと考えられます。また、重篤な有害事象は発生しませんでした。以上より、急性疾患で入院する高齢者が就寝前にスボレキサントを服用すると、安全にせん妄を予防する効果があることを世界で初めて実証しました。
本成果は今まで実効性がなかったせん妄の療法に、薬物療法による新たなせん妄予防の道を拓いたもので、せん妄診療を治療から予防にパラダイムシフトさせる意義があります。

【今後の展開】
私たち研究グループが先に示したメラトニン神経伝達を夜間に増強する方法と、今回示したオレキシン神経伝達を夜間遮断する方法を組み合わせながら、高齢者の不眠対策を通してせん妄を予防する実効性あるアルゴリズムを作成することが、さらに安全で多くの患者さんに効果のある予防法の確立に繋がります。さらに、せん妄は転倒骨折を惹起したり認知症を促進させることがわかっているため、その予防は高齢者の短期的・長期的予後の改善につながります。私たち研究グループは、そうした最終的なアウトカムの実証を目指していきます。

【用語解説】
*1.オレキシン
視床下部外側野局在の神経ペプチドで、オレキシン作動性ニューロンは覚醒系の神経核に投射しながら、夜間に分泌を減じることで覚醒維持に重要な役割を担っている。ナルコレプシーはオレキシンの欠損によって惹起される。

*2.スボレキサント
オレキシン1およびオレキシン2受容体への強力な選択的拮抗作用をもち、入眠困難、睡眠維持困難に効果を有する不眠症治療薬として2015年11月に認可された。脳波評価によって神経生理学的な変化を惹起しないことが明らかにされており、睡眠の質を変容させない利点がある。

*3.せん妄
覚醒度の障害とその変動を本質的特徴としており、幻視など視覚性優位な異常体験や興奮あるいは活動性低下を伴う。睡眠覚醒サイクルの障害は必発である。炎症、低酸素症、薬物などの末梢シグナルが、加齢性変化によって透過性の亢進した血液脳関門を越えてミクログリアを活性化させる一種の脳症と捉えられるようになっている。

* 4.ラメルテオン
松果体から分泌され睡眠覚醒サイクル調節、血管運動反応調節、抗炎症作用、抗酸化作用などの生理作用をもつメラトニンの受容体にメラトニンよりも強力に作用する不眠症治療薬

* 5.ランダム化比較試験
ある薬の効果の有無を調べる際、患者に実薬あるいは偽薬(プラセボ)を乱数表などによってランダムに割り付けて試験する方法。薬の効果には年齢や性別、肝機能や腎機能など様々な因子が影響するため、ランダムに割り付けないと例えば実薬群に高齢者が多かったり腎機能低下が多かったりなどの偏りが生じ、真に薬の効果なのかわからなくなる。

【原著論文】
論文タイトル
Preventive effects of suvorexant on delirium: a randomized placebo-controlled trial

著者
Kotaro Hatta, Yasuhiro Kishi, Ken Wada, Takashi Takeuchi, Shigeo Ito, Akiko Kurata, Kazunori Murakami, Manabu Sugita, Chie Usui, Hiroyuki Nakamura, for the DELIRIA-J Group

掲載誌
The Journal of Clinical Psychiatry
DOI: https://doi.org/10.4088/JCP.16m11194
http://www.psychiatrist.com/JCP/article/Pages/2017/v78n07/16m11194.aspx

【謝辞】
本研究は、JSPS科学研究費基盤研究C(JP26461773)の助成を受け、日本医科大学武蔵小杉病院、広島市立広島市民病院、東京医科歯科大学精神科、金沢大学大学院医薬保健学総合研究科環境生態医学・公衆衛生学との共同研究として実施されました。
また、本研究に協力頂きました患者さんのご厚意に深謝いたします。
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