有機薄膜太陽電池の長年のジレンマを解消
〜低炭素化社会の実現に向けて、ロスなく発電する技術の開発に成功!〜
論文掲載
【本研究成果のポイント】
· 新しく開発した材料(新ポリマー半導体PTNT1-F)によって、電圧損失[1]を抑制して電圧を上げると電流が下がるという問題(トレードオフ)を打破しました。
· 従来の技術に比べ、電圧損失を最大30%下げ、電荷生成率を最大10%上げることを実現しました。
· トレードオフ打破の起源を解明し、さらなる高効率化に向けた指針を提示しました。
【概要】
広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格 教授、三木江翼 助教、駿河翔太 氏(R5年度博士課程前期修了)、京都大学大学院工学研究科の大北英生 教授、理化学研究所の但馬敬介 チームディレクター、中野 恭兵 上級研究員、筑波大学数理物質系の石井 宏幸 教授、株式会社東レリサーチセンター形態科学研究部室長の稲元 伸 博士らの共同研究チームは、有機薄膜太陽電池(OPV)[2]のトレードオフであり、高効率化に向けて重要な課題であった「低電圧損失」と「高効率電荷生成」の両立を実証しました。
今回、研究チームは、広島大学が新たに開発したポリマー半導体[3]PTNT1-Fを発電材料に用いることで、従来のOPVに比べて電圧損失を大幅に抑制しながら、同等以上の高い電流を示すOPVの開発に成功しました。さらに、各種分光測定(広島大学、京都大学、理化学研究所)、電子顕微鏡観察(東レリサーチセンター)や量子化学計算(筑波大学)を駆使することにより、PTNT1-Fが従来のトレードオフを打破することができた起源を明らかにしました。
OPVは、軽量かつ柔軟で、塗布プロセスによる製造が可能な次世代太陽電池として注目されています。一方で、市販されているシリコンなど無機太陽電池や同様の塗布型太陽電池であるペロブスカイト太陽電池と比べると、OPVは電圧損失が大きいという問題があります。この電圧損失を抑制することは、OPVの高効率化に向けた重要な研究テーマとされてきました。しかし、OPVの発電原理上、電圧損失を抑制して電圧を高めようとすると、電流が減少する傾向があります。このような「電圧」と「電流」のトレードオフをいかに克服するかが、OPVの高効率化に向けた大きな課題でした。
本研究成果を基盤として、今後はポリマー半導体分子構造のさらなる最適化を進めることで、電圧損失を一層抑制しつつ高電流を両立する高効率OPVの実現が期待されます。本成果は、低炭素化社会の実現に向けた、環境調和型エネルギー技術の発展に貢献するものです。
本研究成果は、2026年3月23日(月)19時(日本時間)に、材料科学分野の国際学術誌「Communications Materials」誌(Springer Nature刊)にオンライン掲載されます。
<論文情報>
・論文タイトル:“Backbone rigidity promoting hole delocalization and enabling efficient charge generation with minimal voltage loss in nonfullerene organic photovoltaics ”
・著者:Shota Suruga, Tsubasa Mikie*, Yuki Sato, Kazuki Kohzuki, Jihun Jeon, Hyung Do Kim, Shin Inamoto, Hiroyuki Ishii, Kyohei Nakano, Keisuke Tajima*, Hideo Ohkita*, Itaru Osaka*
・掲載雑誌:Communications Materials
・DOI:10.1038/s43246-026-01115-y
【背景】
有機薄膜太陽電池(OPV)は、軽量・柔軟で塗布プロセスによる製造が可能な次世代型太陽電池として注目されています。同じく塗布プロセスで作製可能なペロブスカイト太陽電池が発電層に有害物質である鉛を含むのに対し、OPVは有機物のみで構成されており有害物質を含まないため、環境負荷が小さい点も特長です。しかし、ペロブスカイト太陽電池やすでに広く普及しているシリコンなどの無機太陽電池と比較すると、OPVのエネルギー変換効率(以下、変換効率)は依然として低く、実用化に向けてさらなる高効率化が求められています。その主要因の一つが大きい電圧損失であり、これを抑制することがOPV研究における重要課題となっています。
OPVでは、発電層にp型およびn型の有機半導体(以下、p型およびn型材料)の混合膜を用います。有機半導体が太陽光を吸収すると、正孔と電子が対になった励起子が生成します(図1a)。その後、励起子は、p型とn型材料の界面において正孔と電子に解離することで、OPVは発電します(図1a)。この電荷解離過程では、対になった正孔と電子を解離するための駆動力となるエネルギーが必要です。しかし、このエネルギーは損失となるため、結果として電圧損失の要因となります(図1b)。

OPVにおける電荷解離の駆動力エネルギーは、発電層に用いるp型およびn型材料の分子軌道のエネルギー差(ΔE)によって規定されます。ΔEが大きいほど電荷解離は起こりやすくなりますが、その分エネルギー損失が増大し、電圧損失も大きくなります(電流は大きく電圧は小さくなる)。逆に、ΔEが小さくすると、電圧損失は抑えられますが、電荷解離が起こりにくくなり、電流が減少する傾向にあります(電流は小さく電圧は大きくなる)。つまり、この「電圧」と「電流」のトレードオフを解消してOPVの変換効率をさらに高めるためには、ΔEを小さく保ちながらも効率的な電荷解離を実現するという、OPVの発電原理を覆すような有機半導体の開発が必要とされていました。
【研究成果の内容】
本研究では、研究グループが以前に開発したポリマー半導体PTNT1-F(図2)をp型材料として用い、OPV素子を作製したところ、ベンチマーク材料を用いたOPV素子と比較して、電圧および電流の双方が向上することを見出しました。通常、OPVの発電原理に基づけば、電圧損失を抑制することで電圧を増大すると電流は低下します。しかし、本研究では電圧と電流の双方が同時に向上するという、従来にない現象が観測されました。

この現象の起源を明らかにするため、まず京都大学の大北グループにおいて、OPV素子の発光特性を測定しました。その結果、PTNT1-Fを用いた素子はベンチマーク材料を用いた素子よりも高い発光特性を示しました。これは、電圧損失の要因の一つである無輻射的な電荷再結合が抑制されていることを示しています。実際に、測定から算出される無輻射電荷再結合に起因する電圧損失(ΔVnr)[4]は0.18 Vであり、ベンチマーク材料の0.20〜0.23 Vと比べて顕著に小さい値となりました(最大で約30%低減)。さらに、この結果は、電圧損失の抑制が、p型とn型材料間のΔE縮小に起因することを明確に示しています。一方で、ΔVnrに対して電荷生成効率をプロットしたところ、PTNT1-Fはベンチマーク材料と同等以上、さらには同様のΔVnrをもつ他材料と比較しても顕著に高い電荷生成効率を示しました。このことは、ΔEが小さい場合でも効率的な電荷解離が実現できていることを裏付ける結果です(図3)。

次に、PTNT1-Fを用いたOPV素子が、なぜΔEが小さいにもかかわらず効率的な電荷解離を実現できたのかを明らかにするため、X線回折および東レリサーチセンターにおける高感度透過型電子顕微鏡観察により薄膜構造を解析しました。その結果、これらの構造解析からは、PTNT1-Fとベンチマーク材料との間に明確な差が無いことが確認されました。そこで、理化学研究所の但馬グループにおいて、高感度光電子収量分光測定を行ったところ、PTNT1-Fはベンチマーク材料と比較して、分子軌道の状態密度分布[5]が顕著に狭いことがわかりました。これは、ナノスケールの領域においてより秩序高い配列構造を有していることを示唆する結果です。さらに、筑波大学の石井グループによる量子化学計算から、PTNT1-Fはベンチマーク材料に比べてポリマー主鎖内における有効質量[6]が小さいことを見出しました。これらの結果は、PTNT1-Fでは電荷が分子鎖内でより広く非局在化[7]していることを示唆しています。すなわち、ナノスケールの領域で電荷が広がることで、ΔEが小さい条件下でも効率的な電荷解離が可能になったと考えられます(図4)。PTNT1-Fの特長は、拡張されたπ電子系骨格に基づく剛直なポリマー構造にあり、これがOPVにおけるトレードオフ打破の鍵になっていると考えられます。

今回、開発した新材料を用いることで、OPVにおいて従来トレードオフとされてきた「低電圧損失」と「高効率電荷生成」の同時達成に成功しました。さらに、この長年のトレードオフを打破することができた現象の起源を解明することにも成功しました。本研究は、カーボンニュートラル実現に重要な次世代型技術として期待されるOPVの高効率化を可能にする非常に重要な成果といえます。
本研究は、広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格教授、三木江翼助教、駿河翔太氏(R5年度博士課程前期修了)、京都大学大学院工学研究科の大北英生教授、理化学研究所の但馬敬介 チームディレクター、中野恭兵上級研究員、筑波大学数理物質系の石井宏幸教授、株式会社東レリサーチセンター形態科学研究部室長の稲元 伸博士らの共同研究により行われました。
本研究成果は、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業およびALCA-Next(研究開発課題名:「革新的有機半導体の開発と有機太陽電池効率20%への挑戦」、研究開発代表者:尾坂格(広島大学 教授)、研究開発期間:令和2年11月~令和7年3月、令和7年4月〜令和11年3月)の支援を受けて推進されました。
【今後の展開】
本研究は、OPVにおける「低電圧損失」と「高効率電荷生成」のトレードオフ打破に向け、ポリマー主鎖の剛直性が鍵であることを明確にしました。今後は、さらに材料開発を進めることで、さらなるOPVの高効率化が期待されます。
<用語解説>
[1] 電圧損失
太陽電池の電圧損失は、吸収できる光のエネルギー(発電材料である半導体のバンドギャップ)と電圧の差を表す。電荷再結合や界面におけるエネルギーの不整合、温度上昇など様々な要因によって発生する。
[2] 有機薄膜太陽電池(OPV)
有機半導体を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。特に有機半導体の溶液を塗布して作製する有機薄膜太陽電池を塗布型OPVと呼ぶ。有機半導体としては、正孔を輸送するp型半導体(電子ドナーとも呼ぶ)であるポリマー半導体と電子を輸送するn型半導体(電子アクセプターとも呼ぶ)であるフラーレン誘導体やπ共役分子(非フラーレンアクセプター)が一般的に用いられる。ペロブスカイト太陽電池のように発電材料に鉛のような重金属を含まないため、環境にやさしい新型太陽電池として注目されている。

[3] ポリマー半導体
炭素―炭素単結合と二重結合が交互に連なったπ共役構造を主鎖にもつ有機高分子化合物(プラスチック)。π共役系ポリマーとも呼ばれ、起源は白川英樹(2000年ノーベル化学賞受賞)らにより開発されたポリアセチレンにあり、日本発祥の材料である。プラスチックでありながら半導体の性質を持つ。有機溶剤に溶けて、薄膜を形成するため、印刷できる半導体として、プリンタブルデバイスに応用されている。
[4] 無輻射電荷再結合による電圧損失
太陽電池では、理論上得られる最大電圧は、半導体のバンドギャップによって決まる。しかし実際のデバイス内部では、生成した電子と正孔が再結合し、光を放出せずに熱としてエネルギーを失う経路が存在する。これを無輻射電荷再結合と呼び、電圧損失を引き起こす要因となる。
[5] 状態密度分布
状態密度分布とは、電子や正孔が取り得るエネルギー準位の密度がエネルギーに対してどのように分布しているかを示すもので、どのエネルギーにどれだけ電荷が存在できるかを表す。ポリマー半導体では、主鎖が規則正しく並んだ結晶部分と、乱れたアモルファス部分が混在するため、電子が存在できるエネルギー準位は一様ではなく、広がりを持った分布になる。
[6] 有効質量
材料の中で電荷がどれだけスムーズに動けるかを示す指標。量子化学に基づき、化合物のエネルギーバンド構造を求め、それに基づいて有効質量を知ることができる。有効質量が小さいほど電荷は加速しやすく、移動しやすくなる。逆に、有効質量が大きいと電荷は動きにくくなる。
[7] 非局在化
π共役系化合物において、π電子が一つの炭素―炭素結合に局在せず、π共役構造(炭素―炭素単結合と二重結合の繰り返し構造)全体に広がること。電荷が空間的に広がると、移動の際のエネルギー障壁が低くなり、電荷輸送がスムーズになる。また、図4に示すように、電子と正孔の実効的な距離が増加することでクーロン引力が低下し、電荷解離しやすくなる。一方で、構造の乱れや欠陥が多い場合には、電荷は特定の位置に閉じ込められやすくなり(局在化)、移動度の低下や再結合の増加につながる。
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