トマトジュースでユーグレナを培養
~食用に適した、安価で簡単なユーグレナ培養方法の開発~
【研究の要旨とポイント】
微細藻類ユーグレナは各種栄養素を豊富に含み、栄養補給・健康増進を目的とした新しい食品として注目されています。しかしその製造には多くの工程が必要でした。
市販のトマトジュースを水で希釈し、必須ビタミン2種(B1、B12)を添加したのみの培地で、ユーグレナを良好に培養できることを見出しました。これにより、糖源の利用を想定した場合の培地コストを、試薬グレードの材料を利用した場合の1/6にまで抑えることができ、また過剰生産されたトマトを有効利用することが可能となります。
簡便かつ安価な本手法は、食品としてのユーグレナの利用範囲拡大に寄与すると期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学理学部第一部物理学科の山下恭平助教、徳永英司教授、株式会社ユーグレナの鈴木健吾氏、山田康嗣氏らの研究グループは、食品として注目されるユーグレナ(Euglena gracilis)の培養方法について研究を行い、市販のトマトジュースを水で希釈し、ユーグレナの生育に必須のビタミン2種(B1、B12)を添加したのみの培地で、従来の培地と同じくらい良好にユーグレナを培養できることを見出しました。
和名でミドリムシと呼ばれる微細藻類ユーグレナ(E. gracilis)は、葉緑体を有し、光のある環境を求めて自ら移動し光合成により有機物を作りだす一方、光のない環境では外部から有機物を取り込むなど、植物と動物両方の性質を合わせもつ生物です。そのため、ユーグレナは野菜や肉、魚に含まれるビタミン、ミネラル、アミノ酸、必須脂肪酸など59種類もの栄養素をバランスよく含有しています。細胞壁がないため消化吸収率が高く、さらにパラミロンと呼ばれるユーグレナ特有の成分が、免疫調節作用や肝臓保護作用などの生理機能を示唆する研究成果があることから、栄養補給・健康増進を目的とした食品として注目されています。
しかし、ユーグレナ含有食品の製造には、培養をはじめ多くの工程が必要です。そこで本研究では、ユーグレナ含有食品をより安価で簡単に製造する方法を開発するべく、ヒトがそのまま摂取できる飲料中でのユーグレナの培養法を検討しました。13種類の飲料を試験したところ、トマトジュースがユーグレナの生育に最適であることがわかりました。本手法では、培地にかかるコストを試薬グレードの材料を培地に利用した場合と比較し1/6にまで抑えることができます。また、培養液をそのまま食用に供することができることから、ユーグレナ含有食品の製造工程を簡略化することが可能となります。
本研究成果は、2023年8月14日に国際学術誌「Sustainable Food Technology」にオンライン掲載されました。また、掲載号のBack Coverとしても採用されました。
※PR TIMESのシステムでは上付き・下付き文字を使用できないため、化学式や単位記号が正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。正式な表記は、東京理科大学WEBページ(https://www.tus.ac.jp/today/archive/20231116_7248.html)をご参照ください。
【研究の背景】
ユーグレナのタンパク質には、動物性タンパク質の特徴であるメチオニンが豊富に含まれており、その栄養価は牛乳に含まれるカゼインに匹敵します。そのため、気候変動の影響や人口増加などによる動物性タンパク質の供給不足の解決策や、昨今盛んな宇宙開発の生産技術の一つとしてユーグレナが期待されています。ユーグレナ細胞には必須脂肪酸、DHA および EPA も含まれています。さらに、ユーグレナはパラミロンと呼ばれる食物繊維の一種β-1,3-グルカンを含有しています。パラミロンはユーグレナ特有の成分で、免疫調節作用、肝臓保護作用が検証されており、アトピー性皮膚炎、インフルエンザ、関節炎症状の軽減や、結腸がんの予防にも有効である可能性が示唆されています。しかし、従来の食品グレードのユーグレナの製造方法では多くの工程が必要です。
ユーグレナは植物と動物両方の性質をもつことから、光合成を利用した独立栄養培養のほか、培地中の炭素源を利用した従属栄養培養による増殖が可能です。従来のユーグレナ培養では、より高収量となる従属栄養培地のKoren-Hutner(KH)培地が主に用いられています。しかし、KH培地では26種類もの物質を計量・混合する必要があり、複数の原料を調達する手数などがかかります。また、一般的なユーグレナ含有食品の製造では、ユーグレナを大型培養槽等で大量培養し、その後洗浄、濃縮、乾燥させる工程を経て、これを食品加工工場へと輸送し、加工しています。そのため、各装置を駆動するためのエネルギー(生産コストの約20〜30%を占めるといわれている)や、大規模な用地、輸送コストなどが製造コストとしてかかっています。
なお、本論文は、山下助教が本学博士課程の頃(2017年)に出願した特許(特許第6998157号「栄養強化食品の製造方法、ユーグレナ含有食品組成物および食品の栄養強化方法」)の成果をベースに発展させたものです。この特許では、大豆製品や乳製品、卵などでもユーグレナの増殖を確認し、必須ビタミン源として海苔や煮干しといった食品を用いることができることを報告しているのに対し、本研究ではさらに扱いが簡便な飲料を対象として検討を行いました。
【研究結果の詳細】
まず、独立栄養培地であるCramer-Myers(CM)培地、または従属栄養培地であるKH培地を用いて、ユーグレナを好気条件で10日間程度静置培養したところ(初期細胞密度4.2×103個/mL)、細胞密度はそれぞれ106個/mL、107個/mLまで増加しました。
次に、13種類の飲料(希釈ブドウジュース(ジュース:水=3:7または7:3)、パイナップルジュース、リンゴジュース、甘酒、希釈ニンジンジュース(ジュース:水=3:7または7:3)、トマトジュース、オレンジジュース、グレープフルーツジュース、プルーンジュース、ココナッツウォーター、メープルウォーター)を用い、これに必須ビタミンB1、B12を添加した培地を用いて好気条件で静置培養を行いました(初期細胞密度1.6×104個/mL)。その際、「明条件(26℃、白色光照射)」または「暗条件(23℃、光照射なし)」に分けて培養を行いました。
すると、トマトジュースで培養した場合に他の飲料と比較ユーグレナの細胞密度が最大となり、特に明条件ではKH培地と同程度の107個/mLまで増加しました。このとき培養液の外観は、培養前後で赤色から緑色へと劇的に変化しました(図1)。トマトジュースで培養したユーグレナを観察したところ、明るい緑色をした葉緑体が細胞内に密接に詰まっていました。一方、トマトジュース以外では、葉緑体の数が少なく、緑色が薄くなっていました。このことから、他の飲料に比較してトマトジュースはユーグレナの生育に適していることが示唆されました。
さらに、トマトジュースを水で希釈した培地(ジュース:水=3:7、4:6または5:5)を用いて、必須ビタミンを添加せずに好気条件で培養したところ、ユーグレナはすべての希釈条件で、初期細胞密度の約100倍(106個/mL)まで増殖しました。これは、トマトジュース自体の栄養組成がユーグレナの生育に適していることを示します。
観察したところ、水で希釈したトマトジュース培地は、静置培養中に容器内で固形の沈澱層と上澄みの水溶液層に分離し、ユーグレナはこれらの層の境界付近で盛んに増殖することがわかりました。そこで、トマトジュースから固形成分を除去した「トマト(ろ過)培地」を用いて好気条件で培養したところ、ユーグレナは培養液全体に分布しました。このとき、細胞密度は無ろ過のトマトジュース培地よりも大きくなりました。このことから、固形成分の除去により密度効果による影響(生育空間、光量・栄養塩の獲得、老廃物の蓄積)を緩和できる可能性が示されました。
最後に、トマトジュースの特徴的な栄養素であるグルタミン酸を添加したCM培地でユーグレナを培養しました。その結果、細胞密度はCM培地の2〜3倍に達しましたが、トマトジュース培地の約半分にとどまりました。このことから、トマトジュースに含まれるグルタミン酸以外の成分も、ユーグレナの良好な生育に寄与していることが示唆されました。
本研究を行った山下助教は「ユーグレナは豊富な栄養素と機能性成分を含むため、食品の栄養素の一部をユーグレナに変換することで、簡単に食品の栄養強化を図ることができます。これにより、従来よりも低コストで栄養補給や健康増進に貢献することが期待されます。また、ユーグレナは光合成の際に二酸化炭素を吸収するのでカーボンニュートラルで持続可能な食料生産法として、SDGsの目標13『気候変動に具体的な対策を』目標2『飢餓をゼロに』にも貢献できるのではないかと思います。また、宇宙開発における食料の生産技術としても貢献する可能性があります」と、本研究の今後の展開について期待を寄せています。
図1 トマトジュースでのユーグレナの増殖
【論文情報】
雑誌名:Sustainable Food Technology
論文タイトル:Method for growing edible Euglena gracilis in an inexpensive medium with tomato juice to a high cell density equivalent to the density in KH medium
著者:Kyohei Yamashita, Koji Yamada, Kengo Suzuki and Eiji Tokunaga
DOI:10.1039/D3FB00086A
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