ポリエチレングリコールが水中でつくるナノサイズ構造を温度測定だけで評価する新技術を開発
― 医薬品キャリア、化粧品基材、食品の品質管理に貢献―
【要旨】
株式会社東レリサーチセンター(東京都中央区/社長:真壁 芳樹、以下「TRC」)と、Toray Industries Europe GmbH(ドイツ)、ウルム大学(ドイツ/学科長・教授:ボリス ミツァイコフ)及びハーン・シッカード応用研究協会(ドイツ)の研究チームは、PEG(ポリエチレングリコール)※1が水中で形成するナノメートル※2サイズの構造(ナノ構造)を、融点測定のみで簡便に推定できる新しい評価技術を確立しました。本技術により、医薬・化粧品用途で重要となる「水中で機能するPEG構造」を設計・評価可能になります。
PEGは医薬品、化粧品、食品など幅広い分野で使用される材料であり、水と混ざった状態での構造や安定性は、製品の品質や性能に直結します。今回開発した技術により、医薬品キャリア※3設計の効率化、化粧品・食品などの品質評価、高純度の医薬品製造のためのナノ多孔体を利用した新規分離・濃縮技術の開発など、多分野での応用が期待されます。
なお、本成果は、化学分野で広く読まれるオープンアクセス総合誌ACS Omega(アメリカ化学会)に掲載されました。同誌は材料科学・医薬化学・環境科学など幅広い領域の成果を扱う国際的な学術誌です。
【背景】
PEGは高い安全性と親水性を有することから、医薬品キャリア、化粧品基材、食品用途などに幅広く利用されています。水と共存した状態での構造や熱特性は、これらの性能を左右する重要な要素です。特に、ナノメートルサイズのキャリア材料(例:ナノ粒子)では、構造・熱特性・濃度に対する挙動の変化が科学的にも高い関心を集めています。しかし、対象となる構造が数十ナノメートルと極めて小さいため、既存の分析技術では評価が難しいという問題がありました。
【研究の概要】
これに対して我々研究チームは、水がナノスケールの空間に閉じ込められると融点が低下する現象に着目しました。細孔径が既知のシリカ多孔体にPEG水溶液を含侵させ、示差走査熱量測定(DSC)※4により融点を測定したところ、通常のPEG水溶液に由来する高温側の融点に加え、ナノ空間に閉じ込められたPEG水溶液に由来する低温側の融点(低温側)が観測されることを確認しました(図1)。
さらに、様々な濃度の PEG水溶液と、異なる細孔径を有するシリカ多孔体を組み合わせて解析した結果、PEGの凝集サイズ(ドメインサイズ)の逆数と低温側の融点の間に良好な相関関係があることが明らかとなりました(図2左図)。この結果は、融点を測定するだけで、水と共存したPEGのドメインサイズを推定できることを意味しており、PEGナノ粒子の簡便な評価法としての応用が可能です。
加えて、PEG水溶液をナノサイズの狭い空間に閉じ込めると、濃度に依らず “最も固まりやすく、最も安定な特定の混合状態(=共晶状態※5)”へと自発的に整うことが明らかとなりました(図2右図)。この知見は、ナノ多孔体を利用した PEG水溶液の分離・精製・濃縮技術などへの応用につながる可能性を有しています。


【今後の展開】
本技術は、材料評価の高速化、医薬品キャリア設計の効率化、ならびに品質管理の高度化に貢献することが期待されます。TRCは今後も、高分子材料が関わる様々な分野で、革新的で信頼性の高い分析技術や知見をご提供し、産業の進歩に貢献してまいります。
【用語説明等】
※1)ポリエチレングリコール(Polyethylene glycol;PEG)
PEGは化粧品・食品・医薬品などに広く使われており、高い親水性および生体適合性を特徴とする材料です。DDSに利用される理由として、免疫を回避できることや、低分子薬物に対する溶解性や貯蔵安定性が高いことが挙げられます。また、実績が圧倒的に多く、リスク評価も進んでいる材料です。
※2)ナノメートル
1ナノメートルは10億分の1メートル。
※3)医薬品キャリア
薬物送達システム(Drug delivery system;DDS)は「薬物を 狙った場所へ、狙ったタイミングで、狙った量を届ける」ための技術の総称。従来の投与法(経口、静注など)では、吸収効率が低い、副作用が大きい(全身分布)、薬物が不安定などの課題があり、それを解決する手段として発展してきました。DDSの中核となる概念の一つが 「医薬品キャリア」 です。医薬品キャリアとは、薬物を安定に保持し、体内の特定部位へ効率よく届ける役割を担う“運び手”のことを指します。DDSの各手法は、このキャリアの種類や機能によって特徴づけられます。DDSには大きく分けて3つの方法があります。一つ目は薬物をナノスケールのキャリアに内包し患部へ送達する方法で、キャリアとしてナノ粒子などが用いられます。二つ目は特定の刺激で薬物を放出するタイプであり、温度やpHや酵素による刺激により応答する方法が用いられます。3つ目は抗体やペプチドなどの薬物キャリアに特異分子を付加して特定細胞へ結合させる方式です。
※4)示差走査熱量測定(Differential Scanning Calorimeter;DSC)
DSCは、試料を一定速度で加熱・冷却し、物質が示す吸熱/発熱量の変化を基準物質と比較して測定する熱分析手法です。熱流変化から、融解・結晶化・ガラス転移などの相転移や熱的安定性を定量的に評価できる。材料科学や医薬品分野で、物性評価・純度確認・相状態解析に広く利用されています。
※5)共晶
共晶とは、2つ以上の物質を混ぜたときに、特定の組成と温度でいちばん溶けやすく(または固まりやすく)なる現象のことを指します。その条件では、液体が 2つの固体に同時に変わる(またはその逆)という特別な変化が起こります。簡単に言えば、混ざった物質同士が「ここがいちばん一緒に変化しやすい温度」と決めている特別な温度を共晶点といい、材料の融解挙動・相図設計・合金や医薬品の結晶制御で重要な基準となる。
【掲載論文】
掲載誌:ACS Omega 10(41) (2025)48927–48933.
論文題目:Melting point as a nanoscale ruler: domain sizes in polyethylene glycol–water system
著者:Yoshitomo Furushima, E. Billur Sevinis Ozbulut, Yuki Yoshida, Mehmet Dinc, Benedikt Keitel, Lorena Díaz de León Martínez, Boris Mizaikoff
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