低エネルギークロロフィルdを有するAcaryochlorisの光化学系I複合体の特性解析
【研究のポイント】
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低エネルギークロロフィルdを持つAcaryochlorisから光化学系I単量体と三量体の精製に成功しました。
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光化学系I単量体と三量体で低エネルギークロロフィルdの組成や配向が異なることを示唆しました。
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低エネルギークロロフィルdの多様性はAcaryochloris種の進化を解明するうえで重要なのかもしれません。
【研究概要】
静岡大学農学部の長尾遼准教授の研究グループは、岡山大学の沈建仁教授、理化学研究所環境資源科学研究センターの堂前直ユニットリーダーらと共に、低エネルギークロロフィルd(注1)を有するシアノバクテリア(注2)Acaryochloris sp. NBRC 102871(以下、NBRC102871)から光化学系I(PSI)(注3)単量体と三量体のそれぞれを精製し、分子特性を明らかにしました。紫外可視分光スペクトルおよび蛍光スペクトルにより、PSI単量体と三量体のそれぞれで低エネルギークロロフィルdが観測されました。しかし、それらのスペクトル特性は大きく異なりました。PSIの単量体間相互作用の影響により、クロロフィルd周辺で構造変化が生じた結果、PSI三量体と単量体において、異なる低エネルギークロロフィルdの形成が示唆されました。これは、多様な低エネルギークロロフィルdを有するAcaryochloris種の特徴です。
クロロフィルdはAcaryochloris種のみが有しています。その他のシアノバクテリア、藻類、陸上植物といった酸素発生型光合成生物は、クロロフィルdを持ちません。我々は2023年にAcaryochloris marina MBIC 11017(以下、MBIC11017)のPSIを分析しましたが、NBRC102871ほどの低エネルギークロロフィルdは観測されませんでした。このように、特殊な生物群であるAcaryochloris種のPSIに結合する低エネルギークロロフィルdは多様であることを見出しました。本研究で得られた研究成果は、Acaryochloris種の進化を理解するうえで重要な知見となります。
なお、本研究成果は、2024年6月27日に、シュプリンガー・ネイチャーの発行する国際雑誌「Photosynthesis Research」に掲載されます。
【研究者コメント】
静岡大学農学部 准教授・長尾遼(ながおりょう)
私の研究室では光合成生物の見た目の色の違いについて分子レベルで研究しています。クロロフィルdを有するAcaryochloris種は本当に不思議な生物群です。なぜ他の光合成生物が利用しているクロロフィルaを利用しなかったのか?そんな素朴な疑問を解明するために本研究を行いました。今回の成果でその一端を明らかに出来たと思います。
【研究背景】
酸素発生型光合成は、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から有機物と酸素を合成します。シアノバクテリア、藻類、陸上植物が酸素発生型光合成を行うことにより、我々ヒトを含む酸素呼吸する生物は地球上で生活できています。酸素発生型光合成を行う上で光捕集システムは欠かせない要素です。光合成生物は光エネルギーを捕集するために、色素分子を進化の過程で多様化させてきました。色素分子は主にクロロフィルとカロテノイドに大別され、光エネルギーを化学エネルギーに変換するPSIおよび光化学系II(PSII)に結合します。ほぼ全ての光合成生物のPSIとPSIIには、クロロフィルaが結合します。しかし、特殊なバクテリアであるAcaryochlorisは、クロロフィルaではなくクロロフィルdを主要色素として持ちます。クロロフィルdの分子構造はクロロフィルaのビニル基がホルミル基に変換されており、また、クロロフィルdの吸収ピークはクロロフィルaと比べ長波長シフトしています(図1)。
シアノバクテリアのPSIは、単量体、二量体、三量体、四量体をそれぞれ形成することが知られています。特に多くのシアノバクテリアは、単量体と三量体のPSIを持ちます。PSIには95個ものクロロフィルが結合しますが、そのうち数個は低エネルギークロロフィルになります。この低エネルギークロロフィルは、PSIの単量体と三量体とでは分光特性が異なります。我々は2023年にMBIC11017のPSI単量体と三量体の低エネルギークロロフィルdを分析しました。紫外可視吸収スペクトルにより低エネルギークロロフィルdが観測されませんでしたが、PSI三量体でのみ蛍光スペクトルによりわずかなピークが得られました。一方、先行研究(Ulrich et al., 2024)により、さまざまなAcaryochloris種が低エネルギークロロフィルdを有する種とそうでない種に分かれることが報告されました。しかし、この研究では細胞レベルの分析であり、低エネルギークロロフィルdがPSIに結合しているか不明です。
【研究の成果】
静岡大学農学部の長尾遼准教授の研究グループは、岡山大学の沈建仁教授、理化学研究所の堂前直ユニットリーダーらと共に、低エネルギークロロフィルdを有するNBRC102871からPSI単量体と三量体のそれぞれを精製し、分子特性を明らかにしました。精製されたPSI単量体と三量体は、ほぼ同じタンパク質組成であり、色素成分も同じでした。紫外可視分光スペクトルを測定したところ、低エネルギークロロフィルに相当する吸収バンドが観測されました(図2;青矢印)。さらに、蛍光スペクトルを測定したところ、PSI単量体では767 nm、PSI三量体では754 nmの蛍光ピークが観測されました(図2)。興味深いことに、蛍光スペクトルの形が両者で大きく異なりました(図2)。これらの結果は、PSIの単量体間相互作用の影響により、クロロフィルd周辺で構造変化が生じたことを示唆します。
NBRC102871で観測された吸収スペクトルの長波長成分(矢印)は、MBIC11017のPSIでは観測されませんでした。このことは、NBRC102871とMBIC11017の間で、PSIの光捕集戦略が異なることを示唆します。これは、多様な低エネルギークロロフィルdを有するAcaryochloris種の特徴となります。
【論文情報】
掲載誌名: Photosynthesis Research
論文タイトル: Presence of low-energy chlorophylls d in photosystem I trimer and monomer cores isolated from Acaryochloris sp. NBRC 102871
著者: Ryo Nagao, Haruki Yamamoto, Haruya Ogawa, Hibiki Ito, Yuma Yamamoto, Takehiro Suzuki, Koji Kato, Yoshiki Nakajima, Naoshi Dohmae, Jian-Ren Shen
DOI: https://doi.org/10.1007/s11120-024-01108-3
【用語説明】
注1:低エネルギークロロフィルd
クロロフィルdが周辺との相互作用により低エネルギー化したものをいいます。クロロフィルdはアカリオクロリス種でのみ見つかっています。
注2:シアノバクテリア
酸素発生の能力をはじめて獲得した、核をもたない光合成微生物で、植物の葉緑体の起源になったと考えられています。シアノバクテリアは約30億年の進化の歴史をもつため、光合成色素や代謝能力など種毎に変化に富んだ形質をもちます。
注3:光化学系I(PSI)
光エネルギーを化学エネルギーへ変換する膜タンパク質複合体です。PSIは10種類以上のサブユニットから構成され、補欠因子として、金属錯体、色素分子(クロロフィルやカロテノイド)がタンパク質に結合しています。クロロフィルとカロテノイドはそれぞれ特有の光エネルギー吸収帯を持ち、光捕集に重要な役割を担います。
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