真菌の二次代謝物に新たな殺虫作用
環境に優しい昆虫制御型農薬に役立つ期待
本件のポイント
●真菌の二次代謝物に昆虫の発育に必須な酵素を阻害する活性を発見
●昆虫制御型の農薬開発に役立つことが期待される
デカリン含有テトラミン酸化合物の立体配置と生物活性の相関
真菌の生産するデカリン※1含有テトラミン酸化合物群は、テトラミン酸部位やデカリン骨格の置換基に加え、デカリンの立体配置により産み出される構造多様性を有しています。本化合物群は多様な生物活性※2が報告されているものの、デカリンの立体配置に関する構造活性相関※3研究は、その収集や合成の困難さから、これまでほとんどなされていません。
研究グループは、デカリン合成酵素遺伝子等を欠失・改変した遺伝子改変糸状菌を利用し、本来の生合成産物とはデカリンの立体配置が異なった誘導体の取得に成功しています。本研究では、これらの収集したデカリン化合物を用いて、生物活性とデカリンの立体配置との相関について検討しました。がん細胞に対する増殖阻害活性、抗菌活性、抗真菌活性、抗マラリア活性、ならびにミトコンドリア呼吸鎖阻害活性について評価を行ったところ、デカリンの立体配置が変化することで、生物活性の強弱が変化することが分かりました。
次に、デカリンの立体配置が異なるこれらの化合物群は、既知の生物活性の評価だけではなく、これまで検証されていなかった生物活性を探すのにも役立つのではないかと考え、本化合物群で報告のない昆虫酵素に対する阻害活性を検討することにしました。デカリン骨格とエクジステロイドの構造類似性から、エクジステロイド生合成に関わるグルタチオンS-転移酵素Noppera-bo(Nobo)※4に対する阻害活性に着目し、その結果、cis-デカリン誘導体に阻害活性があることを見出しました。
農業害虫の駆除には化学合成された殺虫剤が広く用いられていますが、耐性を持つ昆虫の発生が近年問題となっています。昆虫の発育を阻害し、害虫だけに作用する新しいタイプの農薬に注目が集まっており、今回発見した化合物の阻害活性は、既知のNobo阻害剤よりも強くないものの、阻害剤としては新規骨格であり、今後、Noboとcis-デカリン化合物との共結晶構造解析を行うことで、より強力な阻害活性物質の創製が期待できます。
本研究は米科学誌「PLOS ONE」に8月31日に公開されました。
URL:https://doi.org/10.1371/journal.pone.0290851
用語説明
※1 デカリン
炭素10個から構成される二環性の構造を指す(別名、デカヒドロナフタレン、またはオクタリン)。真菌の生産するデカリン化合物は、共通する直鎖状ポリエン中間体から分子内ディールス・アルダー反応を介して形成され、デカリンの立体配置に基づき、4種類に分類できる(補足図1)。
補足図1 分子内ディールス・アルダー反応により形成する4種類のデカリンの立体配置
※2 生物活性
化学物質が生体の特定の機能に対して示す有益、または有害な作用のことで、生理活性とも言う。生物活性を持つ化学物質を生物活性物質と呼び、医薬品や農薬としても利用される。真菌の生産する二次代謝物には、抗生物質ペニシリンや高脂血症治療薬ロバスタチンなど、医薬・農薬として利用されているものが多くある。
※3 構造活性相関
化学物質の構造と生物活性との間の関係のこと。特定の部分構造の有無で生物活性がどのように変化するかを調べることで、その生物活性に重要な構造を知ることができ、生物活性の強度や性質の向上につながる化学修飾や誘導体化が可能となる。
※4 Noppera-bo (Nobo)
ハエ目昆虫とチョウ目昆虫で必須の役割を果たすエクジステロイド生合成酵素の一つ(補足図2)。グルタチオンS-転移酵素と呼ばれる一群のタンパク質ファミリーに属する。Noppera-boの名前は、このタンパク質の機能が失われたショウジョウバエでは、本来、胚で発達するべき表皮構造が形成されず、「ツルツル」の見た目になることに由来する。
補足図2 Noppera-boはコレステロールからのエクジソン生合成に関与する酵素であり、昆虫の脱皮や変態に不可欠
論文情報
論文名 "cis-Decalin-containing tetramic acids as inhibitors of insect steroidogenic glutathione S-transferase Noppera-bo"(和訳:cis-デカリン含有テトラミン酸は昆虫エクジステロイド生合成に関わるグルタチオンS-転移酵素Noppera-boを阻害する)
著者名 加藤直樹 1,2、海老原佳奈 3、野川俊彦 1、二村友史 1、稲葉和恵 3、岡野亜紀子 1、青野晴美 1、藤川雄太 4、井上英史 4、松田一彦 5、長田裕之 1、丹羽隆介 6、高橋俊二 1
1 理化学研究所環境資源科学研究センター
2 摂南大学農学部
3 筑波大学大学院理工情報生命学術院生命地球科学研究群生物学学位プログラム
4 東京薬科大学生命科学部
5 近畿大学農学部
6 筑波大学生存ダイナミクス研究センター
雑誌名 PLOS ONE
DOI 10.1371/journal.pone.0290851
公表日 2023年8月31日(オンライン公開)
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