文化の殿堂、東京文化会館最後のオペラ公演、モーツァルトの傑作『ドン・ジョヴァンニ』を巨匠リッカルド・ムーティの指揮で上演
64年にわたって日本の舞台芸術を支えてきた東京文化会館が2026年5月から約3年にわたる工事休館に入る。休館前最後のオペラ公演が『ドン・ジョヴァンニ」(指揮:リッカルド・ムーティ)に決定。
戦後日本を代表する建築家、前川國男の建築により1961年に設立された東京文化会館(台東区上野公園)。64年もの長きにわたり日本におけるオペラ、バレエ、オーケストラ公演の中心として燦然たる輝きを放ってきた“舞台芸術の殿堂”が2026年5月から約3年にわたる工事休館に入ることが発表された。同会館ではこれまでにウィーン国立歌劇場やミラノ・スカラ座をはじめとする世界有数の歌劇場が公演を行ってきたが、このたび休館前に行われる最後のオペラ公演として、世界的指揮者リッカルド・ムーティによる『ドン・ジョヴァンニ』(W.A.モーツァルト作曲)の上演が発表され、おりしも「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」で来日中のムーティをむかえた開幕記者会見が開催された。

本拠地の欧州でも稀なムーティが指揮するオペラを日本で
2026年4~5月にリッカルド・ムーティ指揮モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』の舞台つきオペラ上演が東京文化会館で3回行われる。演出はキアラ・ムーティ、配役はタイトルロールのルカ・ミケレッティを始め(マゼット役を除いて)オール・イタリア人キャスト、演奏会形式ではない本格的なステージ形式での上演で、ピットに入るのは東京春祭オーケストラ、合唱は東京オペラシンガーズが担当する。イタリア・オペラ・アカデミー in 東京でムーティ氏の指導のもと共演している彼ら。マエストロの深い信頼を得て、既にイタリアで上演されたプロダクションを日本で共演することになった。9月10日に来日中のムーティ氏、主催のNBS専務理事髙橋典夫氏、東京・春・音楽祭実行委員長 鈴木幸一氏を壇上に迎え、会場となる東京文化会館で記者会見が行われた。
髙橋典夫(公益財団法人日本舞台芸術振興会 専務理事)
「東京・春・音楽祭さんは2006年以来、ムーティさんを13回招かれて、これまでに6演目・11回のオペラ公演を演奏会形式で上演されています。私どもNBSはミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、ローマ歌劇場の引っ越し公演で数々のオペラの指揮をしていただきました。マエストロ指揮の舞台付きのオペラは、2016年のウィーン国立歌劇場の公演が最後でした。来年5月、ご存知のように東京文化会館が三年間の改修工事に入るにあたり、実は三年ほど前からマエストロの指揮で舞台付きのオペラを出来ないか? ということを東京春祭さんと話してきました。3年間の長期休館に入る直前に、音楽は東京春祭、舞台は得意とするところの我々(NBS)、という分担でやってみようと。装置・衣裳はすべてトリノ王立歌劇場から借りることになっており、引っ越し公演並みの費用がかかってきます。オペラハウスの事務局を通さないので、作業も大変になります。今年創刊150年を迎える日本経済新聞さんに協賛に関わっていただき、三者共同で立ち上げていきます。東京文化会館は来年5月以降、今後3年間は大掛かりな舞台は出来ないわけで、舞台芸術の衰退を懸念し、文化を継続していかなければならないと強く思っています。ちなみに今回の『ドン・ジョヴァンニ』は、ムーティさんの2008年のウィーン国立歌劇場の来日公演での『コジ・ファン・トゥッテ』同じくウィーンの2016年『フィガロの結婚』に続いて、ダ・ポンテ三部作の完結となります。集大成となる公演になるでしょう」

鈴木幸一(東京・春・音楽祭実行委員会 実行委員長)
「私は音楽関係ではないけれど、20数年前に音楽祭を立ち上げて、2年目からムーティさんに来ていただいて「(音楽祭は)続けることに意義がある」ということを教えていただきました。イタリア・オペラ・アカデミーでは若い演奏家を育てていただき、素晴らしい成果を上げていますし、私自身もゼロからヴェルディを教えられた。だからムーティさんによくからかわれるんです。「ヴェルディからワーグナーへ行く人は多いけど、逆は珍しい」と。若い人たちを指導しているアカデミーを見ていると、あまりに厳しくて大変だなと思います。でも、聴いていると毎日音が変わっていく。今年でアカデミーは一区切りつけるのですが、ムーティさんとは「年をとってしまったけれど、当分生きていくことにしましょう」と決めたので(笑)。ムーティさんには100歳くらいまで振ってほしいです。ムーティさんのモーツァルトは「ハフナー」や「ジュピター」等のシンフォニーを聴かせていただきましたが、来春のオペラではモーツァルトという作曲家をどう演奏するのか、私も楽しみにしています」

私の人生のほとんどをモーツァルトの作品の研究に捧げたと言っても過言ではないでしょう
リッカルド・ムーティ(指揮)
「こんにちは。ジャーナリストの皆さん、お集まりいただきありがとうございます。お友達である鈴木幸一さんに感謝します。それから協力体制を築いてきた髙橋典夫さん、日経新聞さんに、このようなオペレーションに力を貸してくれることを心から感謝します。私と日本との長い長い愛は、1975年から始まりました。ウィーン・フィルの日本ツアーで、その後も何回も…ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、フィラデルフィア管、ウィーン・フィル、シカゴ響、コンサートやオペラの数だけでも膨大になります。
私とモーツァルトの関係は、ヴェルディ同様、非常に深いものがあります。スカラ座の音楽監督のとき、モーツァルトの作品を6作品振りました。ザルツブルクでは『コジ・ファン・トゥッテ』『ドン・ジョヴァンニ』『皇帝ティートの慈悲』『魔笛』と他にもたくさんの交響曲を振りました。モーツァルトのスペシャリストではありません。しかしながら、と私の人生のほとんどをモーツァルトの作品の研究に捧げたと言っても過言ではないでしょう。日本でウィーンのオーケストラとともに演奏もしましたし、鈴木さんのおかげで東京春祭オーケストラともモーツァルトを演奏しました。特に若いオーケストラとここで一緒に勉強するのが大事であると感じます。私はウィーン・フィルとの関係が長かったので…若い演奏家には自分の経験を、成熟した果物のように分けてあげたいのです。

私はダ・ポンテの三部作をイタリア・オペラだと考えています。ご存知のようにモーツァルトは完璧にイタリア語を理解し、話しました。レチタティーヴォからは、いかにモーツァルトが流暢なイタリア語を話していたかが伺えます。『ドン・ジョヴァンニ』のレチタティーヴォはアリアより重要といっていいほどです。フレーズや言葉、そういうものが重要です。音楽が先にあって言葉が後から乗っているのではないのです。
特にイタリア・オペラでは、イタリア語を理解するということが大事なのです。『コジ・ファン・トゥッテ』で歌われる「色んなことを15歳にもなったら知らなくてはだめよ」という歌は、話しかけるように作られています。イタリア語がわからない指揮者が機械的に振ったとして、それがドイツ的であるというのではなく、間違いであるとすぐに分かってしまいます。アカデミーでは生徒たちも合唱団も素晴らしい協力をしてくれます。特に申し上げたいのは、私が真実を知っているということではない。ただ、先生方が代々身に着けたことを習ったおかげで、今私が教えることが出来るんです。
『ドン・ジョヴァンニ』は何年も前に素晴らしい歌手たちとレコードを出しました。演出で素晴らしいのはジョルジョ・ストレーレル(1921~1987)で、演出家としては神に近いと思う。娘であるキアラはストレーレルの学校で勉強し、私の音楽の世界でも勉強しました。来年ここで上演するキアラの『ドン・ジョヴァンニ』の演出はトリノ王立歌劇場で大きな成功を収め、パレルモ・マッシモ歌劇場でも成功しました。日本でこのプロダクションが実現するときに、私はすぐ「それなら日本のオーケストラと合唱でやろう!」と申し上げたのです。
ダ・ポンテ三部作に関しては「ドランマ・ジョコーソ」と記されていて、悲喜劇であり、ジョークというものは必ず苦みも入っています。オペラのフィナーレは三作ともネガティヴです。私が思うのは。、ラストで登場人物が道化師的に騒ぐのは間違いではないかということなんです。ドン・ジョヴァンニは道化の役ではないし。悪というものの精神を表現していると思います。最後に地獄へ落ちていく場面がありますが、地獄に入っていく前に、彼の世界には暗い光が照らされている。彼が消えてしまうと、残された人々は何かを失って、どうしたらいいか分からなくなります。前奏の悲劇的な音楽の始まりは、Dモールですが、あれは『レクイエム』と同じなのです。これは複雑なオペラで、「誰の事も信用できない」というのがひとつのメッセージです。ちっとも喜劇ではないし、中に憂鬱な悲しみが隠されていす。お葬式みたいな作りをしろというのではないですが…。モーツァルトとダ・ポンテは、うわべは軽い人物に見られることはあっても、内面的には厳しい人であったわけです。確かにダ・ポンテは若い頃は女性の後を追いかけまわしていたかも知れません。1700年代は特別な時代でした。
色々喋りましたが、ぜひ公演をご覧になって、よかったか悪かったか判断していただきたいです。素晴らしい歌手たちを揃えています。まず、主役のルカ・ミケレッティは今イタリアで一番興味深いバリトンで、彼のキャリアは俳優から始まっています。演出家でもあります、他のキャストも既にイタリアで共演して、鍛えられた人々です。

私たちは過去を消したりできないのです
私はずっと戦ってきました。指揮者は音を読んで腕を動かすだけではない。教養を身に着けることが大事です。モーツァルトを演奏するということは、単に音を学ぶということではない。彼の人生、彼の世界、どういうことに苦しんだのか、それと同時にダ・ポンテの世界というものも勉強する必要があります。
歴史というもの、過去に起こったことというのは消すことが出来ません。『ドン・ジョヴァンニ』は今日的な制限によって、簡単に上演できなくなる可能性があるオペラです。モーツアルトもヴェルディも人間的な作曲家で、愛とは? 人間性とは?ということを、聴き手に深くつきつけてきます。
私たちは過去を消したり出来ないのです。過去の間違いを消す。そうすることで若い人たちに「過去は完璧だった」と教えるのは、問題があります。台本の中にある言葉は政治的に正しくないから省く、それは間違いです。過去に間違いがあったなら、それを正しく直すために覚えておかなくてはならない。
最後に音楽というのは…私が音楽家だから言うのではないですが、人間をひとつにまとめるのに一番重要な要素だと思います。サンタ・アゴスティーノ(354年~430年 キリスト教の神学者、哲学者、司教)の言葉でこの会見を結びたいと思います。彼はラテン語で書いていますから、最初はラテン語で読みます。イタリア語に訳すとこうです。
「歌うこと、演奏する人たちは皆、愛することを知っている人たちである」
ありがとうございました。
取材・文:小田島久恵(音楽ライター)
オペラ『ドン・ジョヴァンニ』W.A.モーツァルト作曲
指揮:リッカルド・ムーティ
■公式サイト https://www.nbs.or.jp/stages/2026/dongiovanni/
■公演日程
2026年
4月26日(日)14:00
4月29日(水祝)14:00
5月1日(金)14:00
■会場:東京文化会館(上野)
■予定される主な出演者
ドン・ジョヴァンニ:ルカ・ミケレッティ
ドンナ・アンナ:マリア・グラツィア・スキアーヴォ
ドンナ・エルヴィーラ:マリアンジェラ・シチリア
ドン・オッターヴィオ:ジョヴァンニ・サラ
レポレッロ:アレッサンドロ・ルオンゴ
ツェルリーナ:フランチェスカ・ディ・サウロ
マゼット:レオン・コーシャヴィッチ
騎士長:ヴィットリオ・デ・カンポ
管弦楽:東京春祭オーケストラ 合唱:東京オペラシンガーズ
■チケット料金
S=¥59,000 A=¥46,000 B=¥36,000 C=¥28,000 D=¥21,000 E=¥15,000
サポーター席=¥109,000(寄付金付きのS席)
U39シート=¥13,000 U29シート=¥10,000
■発売スケジュール
・NBS WEBチケット&東京・春・音楽祭WEB先行発売
2025 /10/3(金)19:00~10/26(日)18:00
・一般発売 2025/ 10/30(木)10:00より
・U39シート&U29シート 2026/3/19(木)19:00より
※サポーター席、U39&U29シートはNBS WEBチケットのみ
主催:公益財団法人日本舞台芸術振興会 / 東京・春・音楽祭実行委員会 / 日本経済新聞社
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