BPO放送倫理検証委員会、TBSテレビ『消えた天才』映像早回しに関する意見を公表、放送倫理違反があったと判断
https://www.bpo.gr.jp/
TBSテレビのドキュメントバラエティー番組『消えた天才』について、当該放送局から委員会に対し、2019年8月11日の放送で、野球のリトルリーグ全国大会で全打者三振の完全試合を達成した投手の試合映像を早回しして球速が速く見えるよう加工を行い、別の放送回(2018年1月3日および11月4日)でも、卓球とフィギュアスケート、サッカーの3件の映像について早回し加工を行っていたと報告があった。2019年9月の委員会で、スポーツ番組の根幹である実際の試合映像を加工したことは放送倫理上問題がある可能性があり、番組制作の経緯やどのようにチェックが行われたのかなどを検証する必要があるとして審議入りし、議論を重ねてきた。
委員会は、「実際の映像」と言いながら、またはそう受け取れる状況で、映像の加工が繰り返された本件放送について、1993年に「NHK・民放 番組倫理委員会」が出した提言「放送番組の倫理の向上について」の「1 放送人としての心構え (2)事実に基づいた取材・制作を行う」や、日本民間放送連盟の放送基準「(32)ニュースは市民の知る権利へ奉仕するものであり、事実に基づいて報道し、公正でなければならない」に抵触するため放送倫理違反があったと判断した。
■ 委員会の判断
本件放送では、スタジオの出演者や視聴者に対して「実際の映像」と言いながら、またはそう受け取れる状況で、映像の早回し加工が繰り返された。映像の加工であれ、事実を曲げる手法は過剰な演出と言われてもやむをえない。
NHKと日本民間放送連盟(民放連)の番組倫理委員会が1993年に出した「放送番組の倫理の向上について」と題する提言の「1 放送人としての心構え (2)事実に基づいた取材・制作を行う」には「虚偽や捏造が許されないことはもちろん、全体が誤っていなければ、部分的には何をしてもいい、という発想も許されない。面白さを追求するあまり、過剰な演出に走ってはならない。特にドキュメンタリーでは、当初の構想にのみ固執せず、取材現場の状況に応じて、柔軟に変更する知恵と勇気を持つべきである」とある。また、民放連の放送基準「(32)ニュースは市民の知る権利へ奉仕するものであり、事実に基づいて報道し、公正でなければならない」には「ドキュメンタリーや情報系番組においても虚偽や捏造が許されないことはもちろん、過剰な演出にならないように注意する」との解説が付く。
委員会は、これらの規定に抵触するため本件放送には放送倫理違反があったと判断する。
なお、TBSが本件放送の問題を把握した後ただちに内部調査を開始し、その結果を視聴者に公表した自主的・自律的な対応は、極めて迅速で適切だった。
■ おわりに
あの投球シーンがなければ、問題はいまだに表面化していなかったかもしれない。実際の156%の速さとなったQカットの映像のことだ。
他の早回し加工はいずれも、115%から130%までの範囲内に収まっている。「早回ししているとわからないけれど、凄くは見える」という倍率を各ディレクターがパソコン上で探って、そのあたりに落ち着いた。
ただひとつ突出した速さとなった156%という倍率は、制作者の意図したものではない。不安が招いた偶然の産物だ。枠ディレクターはCMの間も視聴者をつなぎ止めておきたいという思いから、CM前の一球をもう少し速く見せたくなった。その一球に、自分の班のディレクターがすでに早回しをかけていると知らなかったのは、加工が明確な指示によるとは限らないことを表している。それが問題の発覚につながったとは、皮肉な結果と言うほかない。
1本のVTRとずっと向き合い、修正を何回も繰り返していると、面白いのかどうかわからなくなってくる――聴き取りで語られた言葉だ。ディレクターだけでなく、今は管理職クラスとなっているベテランからも同じような話を聞いた。番組を作る過程での偽らざる心理状態をそこに感じる。
番組作りに不安はつきものだ。このVTRではスタジオの反応がよくないのではないか、視聴者がチャンネルを替えてしまうのではないか。いかに多忙であってもスタジオ収録日、放送日といった期日は厳守しないといけない。なんとか間に合わせなければ、少しでも視聴率を取れるものにしなければと焦りもつのる。手の内には簡単に操作できる映像加工技術がある。
不安や焦りの解決策をそこに求めたくなることもあるだろう。理屈は立つ。言葉のすべてがそうであるように「事実」という言葉の解釈は、いかようにも拡大や縮小ができる。投球の速さを変えたところで三振を取ったことに変わりはない、なかったことをあったと偽るわけでもない。だが、放送倫理は言葉の解釈の問題ではなく、あくまでも番組に即して考えるべきものだ。「自分の作っているこの番組ではどうか」という判断である。視聴者が接するのは、個々の具体的な番組だからだ。
技術革新が下げた心理的なハードルは、個々人のモラルによって押し上げ、保たなければならない状況にある。大きな課題を抱え込んだ状況だが、技術の進歩は善くも悪しくも後戻りしない。そうした時代に番組を作っていることを制作者たちが認識し、最善を尽くすことを願っている。
■委員会決定の全文はこちら
https://www.bpo.gr.jp/?p=10241&meta_key=2019
<参考資料>
「放送倫理検証委員会」運営規則
http://www.bpo.gr.jp/?page_id=903
■ 放送倫理・番組向上機構 概要
名称: 放送倫理・番組向上機構[BPO]
放送事業の公共性と社会的影響の重大性に鑑み、正確な放送と放送倫理の高揚に寄与することを目的とした非営利・非政府の団体。言論と表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理上の問題に対応する独立した第三者機関で、民放連およびNHKによって設置され、以下の三委員会から構成される。
委員会:
放送倫理検証委員会
放送と人権等権利に関する委員会(放送人権委員会)
放送と青少年に関する委員会(青少年委員会)
住所:
東京都千代田区紀尾井町1-1 千代田放送会館
理事長:
濱田 純一
URL:
https://www.bpo.gr.jp/
委員会は、「実際の映像」と言いながら、またはそう受け取れる状況で、映像の加工が繰り返された本件放送について、1993年に「NHK・民放 番組倫理委員会」が出した提言「放送番組の倫理の向上について」の「1 放送人としての心構え (2)事実に基づいた取材・制作を行う」や、日本民間放送連盟の放送基準「(32)ニュースは市民の知る権利へ奉仕するものであり、事実に基づいて報道し、公正でなければならない」に抵触するため放送倫理違反があったと判断した。
■ 委員会の判断
本件放送では、スタジオの出演者や視聴者に対して「実際の映像」と言いながら、またはそう受け取れる状況で、映像の早回し加工が繰り返された。映像の加工であれ、事実を曲げる手法は過剰な演出と言われてもやむをえない。
NHKと日本民間放送連盟(民放連)の番組倫理委員会が1993年に出した「放送番組の倫理の向上について」と題する提言の「1 放送人としての心構え (2)事実に基づいた取材・制作を行う」には「虚偽や捏造が許されないことはもちろん、全体が誤っていなければ、部分的には何をしてもいい、という発想も許されない。面白さを追求するあまり、過剰な演出に走ってはならない。特にドキュメンタリーでは、当初の構想にのみ固執せず、取材現場の状況に応じて、柔軟に変更する知恵と勇気を持つべきである」とある。また、民放連の放送基準「(32)ニュースは市民の知る権利へ奉仕するものであり、事実に基づいて報道し、公正でなければならない」には「ドキュメンタリーや情報系番組においても虚偽や捏造が許されないことはもちろん、過剰な演出にならないように注意する」との解説が付く。
委員会は、これらの規定に抵触するため本件放送には放送倫理違反があったと判断する。
なお、TBSが本件放送の問題を把握した後ただちに内部調査を開始し、その結果を視聴者に公表した自主的・自律的な対応は、極めて迅速で適切だった。
■ おわりに
あの投球シーンがなければ、問題はいまだに表面化していなかったかもしれない。実際の156%の速さとなったQカットの映像のことだ。
他の早回し加工はいずれも、115%から130%までの範囲内に収まっている。「早回ししているとわからないけれど、凄くは見える」という倍率を各ディレクターがパソコン上で探って、そのあたりに落ち着いた。
ただひとつ突出した速さとなった156%という倍率は、制作者の意図したものではない。不安が招いた偶然の産物だ。枠ディレクターはCMの間も視聴者をつなぎ止めておきたいという思いから、CM前の一球をもう少し速く見せたくなった。その一球に、自分の班のディレクターがすでに早回しをかけていると知らなかったのは、加工が明確な指示によるとは限らないことを表している。それが問題の発覚につながったとは、皮肉な結果と言うほかない。
1本のVTRとずっと向き合い、修正を何回も繰り返していると、面白いのかどうかわからなくなってくる――聴き取りで語られた言葉だ。ディレクターだけでなく、今は管理職クラスとなっているベテランからも同じような話を聞いた。番組を作る過程での偽らざる心理状態をそこに感じる。
番組作りに不安はつきものだ。このVTRではスタジオの反応がよくないのではないか、視聴者がチャンネルを替えてしまうのではないか。いかに多忙であってもスタジオ収録日、放送日といった期日は厳守しないといけない。なんとか間に合わせなければ、少しでも視聴率を取れるものにしなければと焦りもつのる。手の内には簡単に操作できる映像加工技術がある。
不安や焦りの解決策をそこに求めたくなることもあるだろう。理屈は立つ。言葉のすべてがそうであるように「事実」という言葉の解釈は、いかようにも拡大や縮小ができる。投球の速さを変えたところで三振を取ったことに変わりはない、なかったことをあったと偽るわけでもない。だが、放送倫理は言葉の解釈の問題ではなく、あくまでも番組に即して考えるべきものだ。「自分の作っているこの番組ではどうか」という判断である。視聴者が接するのは、個々の具体的な番組だからだ。
技術革新が下げた心理的なハードルは、個々人のモラルによって押し上げ、保たなければならない状況にある。大きな課題を抱え込んだ状況だが、技術の進歩は善くも悪しくも後戻りしない。そうした時代に番組を作っていることを制作者たちが認識し、最善を尽くすことを願っている。
■委員会決定の全文はこちら
https://www.bpo.gr.jp/?p=10241&meta_key=2019
<参考資料>
「放送倫理検証委員会」運営規則
http://www.bpo.gr.jp/?page_id=903
■ 放送倫理・番組向上機構 概要
名称: 放送倫理・番組向上機構[BPO]
放送事業の公共性と社会的影響の重大性に鑑み、正確な放送と放送倫理の高揚に寄与することを目的とした非営利・非政府の団体。言論と表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理上の問題に対応する独立した第三者機関で、民放連およびNHKによって設置され、以下の三委員会から構成される。
委員会:
放送倫理検証委員会
放送と人権等権利に関する委員会(放送人権委員会)
放送と青少年に関する委員会(青少年委員会)
住所:
東京都千代田区紀尾井町1-1 千代田放送会館
理事長:
濱田 純一
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