メラトニン受容体MT1が複数の細胞内シグナルを使い分けるしくみを解明 〜睡眠・概日リズムに関わる受容体の新たなシグナル伝達機構〜
杏林大学、九州大学
杏林大学(東京都三鷹市。学長:渡邊 卓)医学部、九州大学(福岡県福岡市。総長:石橋 達朗)大学院農学研究院、東京大学(東京都文京区。総長:藤井輝夫)大学院理学系研究科などからなる研究グループが、メラトニン受容体MT1(注1)が複数の細胞内シグナルを使い分けるしくみを解明しました。本研究成果は、2026年5月21日に英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
【発表のポイント】
-
睡眠や概日リズムに関わるメラトニン受容体MT1について、従来知られていたcAMPを低下させるGiタンパク質経路に加え、cAMPを上昇させるGsタンパク質経路にも関与することを、細胞およびマウスを用いた解析により示しました。
-
この新たなシグナル伝達の分子基盤として、MT1受容体とGsタンパク質複合体の結合様式を構造レベルで明らかにしました。
-
MT1受容体は、Giタンパク質とGsタンパク質を同じように受け入れるのではなく、Gタンパク質のC末端α5ヘリックスを異なる位置・角度で受け入れていることが分かりました。
-
今回の成果は、GPCRが複数の細胞内シグナルを使い分けるしくみの理解や、シグナル選択的な創薬への展開に貢献する可能性があります。
概要
Gタンパク質共役受容体(GPCR)は、細胞外の情報を細胞内へ伝える重要な分子群であり、現在約30%の医薬品の標的になっています。GPCRは細胞内のGタンパク質と結合することでシグナルを伝えますが、同じ受容体であっても、結合するGタンパク質の種類によって異なる細胞応答を引き起こします。
メラトニンは、睡眠・覚醒リズムや概日リズムの調節に関わるホルモンです。メラトニンの作用は、細胞膜上に存在するGPCRファミリーに属するメラトニン受容体MT1とMT2によって伝えられます。
MT1受容体は、これまで主にcAMPを低下させるGiタンパク質経路を介して働く受容体として知られてきました。杏林大学医学部の大石篤郎講師、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授、九州大学大学院農学研究院の池上啓介准教授、フランスINSERM・Cochin研究所のRalf Jockers博士・イギリスQueen’s University BelfastのTikhonova博士らの共同研究グループは、MT1受容体がGiタンパク質経路だけでなく、cAMPを上昇させるGsタンパク質経路にも関与することを、細胞およびマウスを用いた解析により示しました(図1、図2)。さらに、クライオ電子顕微鏡(注2)を用いてMT1受容体とGsタンパク質が結合した複合体の立体構造を解明し、MT1受容体が異なるGタンパク質をどのように受け入れるのかを解析しました(図2)。
その結果、MT1受容体はGsタンパク質とGiタンパク質を同じように受け入れるのではなく、Gタンパク質のC末端α5ヘリックスを異なる位置・角度で受け入れていることが分かりました(図2)。さらに、もう一つのメラトニン受容体であるMT2がGsタンパク質と結合しにくい理由についても、クライオ電子顕微鏡による構造解析、細胞シグナル解析、コンピューターシミュレーションを組み合わせて検討しました。その結果、MT1とMT2の第三細胞内ループの違いが、Gsタンパク質との結合性の違いに関わることが示されました。この成果は、GPCRが複数の細胞内シグナルを使い分けるしくみの理解を深めるものであり、シグナル選択的な創薬にもつながる可能性があります。
研究の背景
ヒトの体内では、ホルモン、神経伝達物質、脂質メディエーターなど、さまざまな情報分子が細胞間の情報伝達を担っています。GPCRはこれらの情報を受け取り、細胞内のGタンパク質を介してシグナルを伝える受容体です。
Gタンパク質には複数の種類があり、それぞれ異なる細胞応答を誘導します。例えば、Giタンパク質は一般に細胞内のcAMP濃度を低下させる方向に働き、Gsタンパク質はcAMP濃度を上昇させる方向に働きます。そのため、同じGPCRがどのGタンパク質と結合するかは、細胞応答の種類を決める重要な要素です。
メラトニン受容体MT1は、睡眠や概日リズムの制御に関わる重要な受容体です。これまでMT1受容体は、主にGiタンパク質を介してcAMPを低下させる受容体として理解されてきました。一方で、MT1受容体がより多様な細胞内シグナルに関与する可能性も示唆されていました。
研究成果
本研究では、まず哺乳類培養細胞を用いた高感度cAMPアッセイ系を用いてMT1受容体発現量やメラトニン濃度変化に伴う細胞内cAMP量を測定したところ、MT1受容体高発現下において低濃度メラトニンでは、MT1受容体が従来よく知られていたGiタンパク質経路を活性化するが、高濃度メラトニンではcAMPを上昇させるGsタンパク質経路にも関与することを示しました。Gsタンパク質経路の関与は、マウスでMT1受容体を高発現する下垂体隆起葉のEx vivoおよびIn vivo検証を用いた解析でも確認されました(図1、図2)。
次に、その分子基盤を明らかにするため、MT1受容体とGsタンパク質が結合した複合体の立体構造を解析し、既に報告されていたMT1受容体とGiタンパク質の複合体構造と比較したところ、同じMT1受容体がGsタンパク質とGiタンパク質では、受容体に差し込まれるGタンパク質C末端α5ヘリックスの位置と向きが大きく異なることが分かりました(図2)。これは、MT1受容体がGsタンパク質とGiタンパク質を単に同じ場所に重ねて受け入れているのではなく、それぞれ異なる構造様式で受け入れていることを示しています。
さらに、よく似たメラトニン受容体であるMT2がGsタンパク質と結合しにくい理由についても解析しました。クライオ電子顕微鏡解析、細胞シグナル解析、コンピューターシミュレーションを組み合わせた結果、MT1とMT2の第三細胞内ループの違いが、Gsタンパク質との結合性の違いに関わることが示されました。
これらの結果から、MT1受容体は、異なるGタンパク質を異なる配置で受け入れることで、複数の細胞内シグナルを使い分けている可能性があります。また、MT1とMT2というよく似たメラトニン受容体の間でも、細胞内ループの違いによってGタンパク質との結合性が変わることが示されました。これらの知見は、GPCRがどのように特定のGタンパク質を選択し、異なる細胞内シグナルを使い分けるのかを理解する手がかりになると考えられます。
本研究の意義
GPCRは創薬標的として非常に重要な分子群です。近年では、GPCRの特定のシグナル経路だけを選択的に制御する「シグナル選択的創薬」が、副作用の少ない薬の開発などで注目されています。本研究で得られたMT1受容体がGiタンパク質とGsタンパク質を受け入れる異なる様式や、MT1とMT2の第三細胞内ループの違いがGsタンパク質との結合性を左右する知見は、GPCRが複数のGタンパク質を使い分けるしくみの理解を深め、将来的には特定のシグナルだけを選択的に調節する薬剤開発にも貢献する可能性があります。
今後の展望
研究グループはこのMT1受容体がGsタンパク質を受け入れる機構がどのような条件で稼働し、睡眠・概日リズムなどの生理機能や薬理作用にどのようにつながるのかを、今後さらに詳しく検証することが重要であると考えています。また、MT1受容体に限らず、多くのGPCRは複数のGタンパク質やその他の細胞内因子を介して多様なシグナルを誘導します。今回の知見は、GPCRが複数のシグナルを使い分ける一般的なしくみを理解する一例として他のGPCR研究を加速する手がかりになると期待されます。

【用語解説】
注1 メラトニン受容体
メラトニン受容体は、低分子リガンドを結合して従来からの主な創薬標的であるクラスA GPCRに分類され、メラトニンと結合することで活性化状態となり、アデニル酸シクラーゼを不活性化する抑制性Gタンパク質三量体(Giタンパク質三量体)を選択的に活性化します。メラトニン受容体にはMT1とMT2の2つのサブタイプが存在し、主に脳の視交叉上核に発現するMT1が、特に睡眠の誘導で重要な役割を果たすことが知られています。
注2 クライオ電子顕微鏡
試料を急速凍結して自然に近い状態のまま観察し、分子の立体構造を高分解能で解析できる手法です。
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:22K06132、25K10187、研究代表者:大石篤郎;21H05037、研究代表者:濡木理;20K15754、22K15072、24K01961、研究代表者:草木迫司;21J20897、研究代表者:岡本紘幸;19K09962、研究代表者:池上啓介)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST(課題番号:JPMJCR20E2、研究代表者:濡木理)、戦略的創造研究推進事業PRESTO(課題番号:JPMJPR22E4、研究代表者:草木迫司)、JST創発的研究支援事業(FOREST)(課題番号:JPMJFR215U、研究代表者:大石篤郎)、日本医療研究開発機構(AMED)(課題番号:JP233fa627001、JP25am121002、JP25ama121012、研究代表者:濡木理)、武田科学振興財団(研究代表者:池上啓介)、ならびに車両競技公益資金記念財団、日本糖尿病財団(ノボノルディスクファーマ研究助成)、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、先進医薬研究振興財団、大和証券ヘルス財団、高橋産業経済研究財団、精密測定技術振興財団、ホクト生物科学振興財団、細胞科学研究財団、三菱財団および旭硝子財団(以上、研究代表者:大石篤郎)の支援を受けて実施されました。
論文情報
著者:Atsuro Oishi†,*, Hiroyuki H. Okamoto†, Keisuke Ikegami†, Ronan McHugh, Bernard Masri, Tsukasa Kusakizako, Kazuhiro Kobayashi, Akifumi Takaki, Angeliki Karamitri, Erika Cecon, Julie Dam, Miki Nagase, Irina G. Tikhonova, Osamu Nureki* & Ralf Jockers* (†;共同筆頭著者、*;責任著者)
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-026-73555-6
オンライン公開日:2026年5月21日
研究機関:Université Paris Cité / Institut Cochin / INSERM / CNRS、杏林大学医学部、東京大学大学院理学系研究科、愛知医科大学医学部、九州大学大学院農学研究院、Queen’s University Belfast
≪本件に関するお問合せ先≫
杏林大学 広報室
E-mail: koho@ks.kyorin-u.ac.jp
電話:0422-44-0611(広報室直通)
九州大学 広報課
E-mail: koho@jimu.kyushu-u.ac.jp
電話:092-802-2130(広報課直通)
--------------------------------------------------------------------
すべての画像
