日本語ラップを愛する言語学者が、韻に込められた「ことば遊び」を分析する言語学エッセイ。書籍『言語学的ラップの世界』11月20日発売。

東京書籍株式会社

東京書籍株式会社は、2023年11月に書籍『言語学的ラップの世界』川原繁人 feat.Mummy-D・晋平太・TKda黒ぶち・しあ 著を発売いたしました。


  • 第1部「日本語ラップと言語学者」より【イントロ】

 本書は言語学の様々な観点から日本語ラップを考察したものである。「言語学って何それ? 美味しいの?」という読者も少なくないであろうし、言語学をすでに知っている人には復習を兼ねて、まずは少しだけ言語学についてお話ししよう。
 「言語学」とは文字通り「言語」を研究する学問なのだが、実際にどんな研究がおこなわれているか、世の中の人たちにはあまり知られていないのが少し寂しいところだ。言語とは、我々人間にとって身近な存在であるが――いや、あまりに身近な存在であるがゆえ――改めて向き合うことが少ない。ゴスペラーズの北山陽一さんがこんな喩えを使って音楽について語ってくれたことがある。
 「自転車に一度乗れるようになったら、どうやって体を動かして自転車を動かしているか、いちいち考えない。考えたら疲れてしまう。それと同じように、どうやって自分が歌っているかなど考え直すと頭が混乱してしまう。それでも考えると、その先に見えてくるものがある。その先にしか成しえない歌い方がある。」
 言語に関してもまったく同じことが言える。母語を一度話せるようになったら、いちいち母語について考えたりしない人がほとんどだ。例えば、自分がどうやって「いちご」という単語を発しているのか。「い」では舌を硬口蓋(こうこうがい)に近づけて、声帯振動は止めないように、「ち」の発音のためには、舌で歯茎硬口蓋(しけいこうこうがい)付近を閉じ、声帯は大きく開き、閉じの開放後も摩擦が起こるよう舌の高さを保ち、「ご」では舌の胴体を使い、濁音の空気力学的問題に対処するために、喉頭を下げて……などと考えていたら、会話どころか「いちご」とさえ言えなくなってしまうであろう。しかし、それでも、言語について考えようというのが「言語学」である。言語を見つめ直すことで見えてくる新しい風景があるからだ。この命題が正しいかどうかは、本書を読み終えた読者のみなさまそれぞれに結論を出してもらいたい。
 くり返すが、言語学はマイナーな学問で、世間様に何をやっているかあまり理解されていない学問だ(と私は感じている)。しかし、私は言語学という分野に誇りを持っている。なぜなら、人間にとって「ことば」とは決定的に重要なものであるからだ。人間がことばをまったく使わずに生活する日はない。他人と話す機会がなくても、独り言や言語を使った思考は必ずおこなっている。また、「人間は社会的動物である」という有名なことばがあるが、これは現代の心理学研究でも裏付けされている。孤独でいることは、タバコを1日15本吸うほど体に悪いらしい。つまり、他者とのコミュニケーションは人間の幸せにとって欠かせないものなのだ。このような社会的活動の基盤になるのは言語である。  ゆえに言語は、ヒトという種族をヒトたらしめているともいえる。世界中には多くの言語が存在するが、言語を持たないヒトはいない。また、鳥や蜂など体系的なコミュニケーションシステムを持つ生物の報告はなされているが、人間言語ほど複雑な仕組みを持った生物は、やはりいない。よって、言語を研究することで「人間とは何か」という問題に光をあてることができる。これは現代言語学に通底する信念のひとつだ。
 一方、人間はことばによって芸術を紡ぐこともある。日本人にとってもっとも身近な言語芸術の例は「短歌」かもしれない。そして本書のテーマとなる「うた」も言語芸術である。ことばによって歌詞を作り出し、それをメロディーに乗せ、リズムよく紡ぎ出す。言語を持たない文化がないのと同様に、音楽を持たない文化もない。「言語」と「うた」、この2つが、ヒトがヒトであるために欠かせない要素なのであれば、これらを同時に探究する意義は大きいはずだ。本書では、以上論じてきたことを踏まえて、「言語学」と「ラップ」について紹介していきたいと思う。

  • 【なんで言語学者がラップを語るんですか?】

 次章で詳しく紹介するが、学生時代の私は、ただ日本語ラップが好きだった。好きなラップを聴いているうちに、いつしか自分で韻の仕組みを分析するようになっていった。その頃は、何か見返りを求めていたわけではなく、ただただ好奇心に導かれて研究していた。しかし、そんな研究は少しずつ有名になっていき、いつの間にか自らの分析をプロのラッパーたちに披露する機会にも恵まれ、メディアに出演する機会も多く頂くようになった。
 近年では、日本語ラップを大学教育に取り入れる意義を強く感じるようになり、数多くのラッパーを授業にお招きして、様々なことを言語学者として――そして大学に身を置く教育者として――考え続けている。日本語ラップから我々が学べることは、多岐にわたる。日本語の構造を見つめ直すこともできれば、アメリカの社会状況を理解することもできる。
 さらに、コロナ禍のようなストレスが溜まる状況で前向きになれる力ももらえる。本書では、これらの「ラップを学問する効用」について具体的に伝えていきたいと思う。

  • 【あなたは誰なんですか?】

 本書の語り部となるのは、私(わたくし)川原繁人、ひと言で言えば、「ラップ好きの言語学者」だ。この7、8年ですっかりお茶の間に浸透した日本語ラップであるが、私自身の日本語ラップとの付き合いは20年を超す。私は音楽家ではないし、ラップができるわけでもない。自分の好みは語れるとしても、ラップに関して評論するなどもってのほかだ。
 しかし、私は「言語学者であり、かつ、日本語ラップ好き」という珍しい存在であることは確かだ。アメリカでホームシックに悩まされながら研究者になることを目指していた頃、日本語ラップに何度助けられたことか。
 正直なところ、最近の楽曲について詳しいかと問われれば否である。しかし、言語学者として私がどうラップに関わってきたのかであれば喜んで語りたいことはたくさんある。最近、Mummy-DさんやZeebraさんなど、日本語ラップの礎を築いてきた人たちから「言語学という外の立場から、自分たちが作り上げてきた日本語ラップの手法を分析してくれるのはありがたい」と言ってもらい、ますます言語学的なラップの分析に意義を感じている。
 個人的な話になるが、これまでの研究者人生幾度となく、ラップに支えられてきた。例えば、私が敬愛するラッパーのDEV LARGEが『ONE LIFE(注1)』の中で放ったパンチライン(注2)「俺の芝生が一番青い」は私の座右の銘である。これは決して「俺の人生ってすごいだろ~~」という意味ではないと私は理解している。我々は(少なくとも私は)、他人のものや状況をうらやましがって、自分に与えられている状況に十分感謝しないことが多い。そう、「他人の芝生は青く」見えてしまうのである。私自身、学部を卒業してすぐにアメリカの大学院に留学したものの、アメリカ文化になじめず、何度も「この選択で良かったのか? 日本で勉強している友だちはいいな」と思ったことがあった。しかし、DEV LARGEのことばを聴いてからは、自分の決断を信じることができた。生活自体はつらくても勉学に打ち込むことができた。その後も他人の人生をうらやんでしまいそうなときには、いつも「俺の芝生が一番青い」ということばを思い出す。DEV LARGE のおかげで今の研究者としての自分がいる。
 「いくらチャラついてたってやる事やってりゃ様になる」という漢のことば(『覆水盆に返らず』(注3))にも幾度となく助けられた。私は日本語ラップの他に、秋葉原のメイドさんの名前やポケモンの名前、プリキュアの名前などについても研究しているが、昔は「そんなものは言語学ではない」との批判も受けた。しかし、題材がポップであっても、研究手法はしっかりと守れば「様になる」ということを漢が教えてくれた。
 本書は、そんな川原繁人が日本語ラップに対する溢れんばかりの愛を込めたものである。

注1)DJ MASTERKEY『ONE LIFE(WON LIGHT)feat. DEV LARGE, SUIKEN, NIPPS』
注2)心に残る名言のこと。もともとの英語の意味は、ジョークなどの聞かせ所、要は、「おち」の部分。
注3)漢『覆水盆に返らず 新宿路団 feat. VAL』

  • 著者情報

川原繁人(カワハラシゲト)

2002年、国際基督教大学より学士号(教養)、2007年、マサチューセッツ大学より博士号(言語学)を取得。ジョージア大学・ラトガーズ大学 assistant professor を経て、2013年に慶應義塾大学言語文化研究所に移籍。現在、教授。専門は言語学・音声学。近著に『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(2022年、朝日出版社)、『フリースタイル言語学』(2022年、大和書房)、『なぜ、お菓子の名前はパピプペポが多いのか?』(2023年、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。義塾賞(2022年)、日本音声学会学術奨励賞(2015、2023年)を受賞。


Mummy-D(ライムスター)

ヒップホップ・グループRHYMESTERのラッパー、プロデューサー。1989年に宇多丸と出会いRHYMESTERを結成。日本のヒップホップ・シーンを、黎明期から開拓、牽引してきた立役者の一人。近年は益々旺盛な音楽活動に加えて、ナレーター、役者、また東京藝術大学で講師をつとめるなど、活躍が多岐にわたる。(本書では第3部に登場)


晋平太(シンペイタ)

1983年に東京で生まれ、埼玉県狭山市で育つ。日本最大規模のラップバトル「ULTIMATE MC BATTLE」で2連覇を達成するなど、数々のラップバトルで王座を獲得。自身の夢について「全員が主役になれる世の中=1億総ラッパー化計画」を掲げ、フリースタイルの伝道師として、企業や小学校、自治体などとタッグを組み、全国各地でラップの普及活動を行っている。(本書では第3部に登場)


TKda黒ぶち

1988年生まれ。埼玉県を拠点に活動するラッパー。高校生の頃からラップを始め、テレビ朝日の人気番組『フリースタイルダンジョン』の3代目モンスターに就任。現在、テレビ朝日『フリースタイルティーチャー』に出演中。トレードマークは黒ぶち眼鏡。(本書では第3部に登場)


しあ

長崎生まれの福岡育ち、東京を中心に活動しているラッパー。18歳の時にラップに目覚める。2021年に1stアルバムをリリース、2022年に期間限定で自身の楽曲『スシロー行きたい』がスシロー全店でオンエアされるなど、等身大の言葉が特徴的なアーティスト。(本書では第3部に登場)

  • コンテンツ

第1部 日本語ラップと言語学者

第1章 言語学って何ですか?
第2章 朝礼:先生の長い思い出ばなし
第3章 エピソード0:言語学者、日本語ラップの韻を分析する('06)

第2部 言語学的ラップの世界

第4章 講義1:レジェンドラッパーたちを大学の授業に招く
    コラム:晋平太先生に教わる自己紹介ラップ!
第5章 講義2:ヒップホップの誕生とその歴史
第6章 講義3:制約は創造の母である
第7章 講義4:日本語ラップは言語芸術である
    コラム:あるラッパーとの思い出

第3部 日本語ラップの現在地(インタビュー聞き手:川原繁人・しあ)

第8章 TKda黒ぶち「ネガティブこそ武器になるラップの世界」
第9章 晋平太「子どもからお年寄りまで、誰もが楽しめる日本語ラップ」
第10章 Mummy-D「歴史を紐解いて考えるMummy-Dが見てきた日本語ラップの本質」

あとがき
参考文献

  • テーマソングをリリース

新刊「言語学的ラップの世界」のテーマソングが11月30日リリースされる。


参加メンバーは「客演」として書籍に参加しているMummy-D、晋平太・TKda黒ぶち・しあの4人。曲の制作はMummy-Dの声掛けがきっかけとなって始まった。それまでに行われていた著者とのインタビューや本文を読んだ各ラッパーたちが「言語学」や「日本語ラップ」を解釈して歌詞に表した、魅力のしっかり詰まった1曲となっている。


●リリース情報●
「言語学的ラップの世界/Mummy-D・晋平太・TKda黒ぶち・しあ Beats by MITSU THE BEATS」
2023/11/30(木)配信予定


<概要>

『言語学的ラップの世界』

■川原繁人 feat.Mummy-D・晋平太・TKda黒ぶち・しあ/著 

■定価1,870円(本体1,700円+税10%)

■四六判/並製/2色/224頁

■ISBN:978-4-487-81688-0

https://www.tokyo-shoseki.co.jp/books/81688/

■テーマソングのリリックビデオ(1番のみ)

https://youtu.be/od7jaxUnY0I?si=dc60R53sXT5joTbN

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会社概要

東京書籍株式会社

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URL
https://www.tokyo-shoseki.co.jp/
業種
教育・学習支援業
本社所在地
堀船2-17-1
電話番号
03-5390-7531
代表者名
渡辺能理夫
上場
未上場
資本金
8000万円
設立
1909年09月