血液のがん細胞が増殖する分子メカニズムを解明
~ 骨髄増殖性腫瘍の新規分子標的治療薬開発に向け加速 ~
順天堂大学大学院医学研究科・血液内科学の小松則夫教授、輸血・幹細胞制御学の荒木真理人准教授らの研究グループは、骨髄増殖性腫瘍(*1)患者において見出されたCALR(*2)遺伝子変異によって血液細胞ががん化して増殖する分子メカニズムを明らかにし、そのメカニズムを標的とした創薬の可能性を示しました。これにより、これまで根本的な治療法がなかった骨髄増殖性腫瘍に対して、効果的な治療薬の開発が見込まれます。本研究は、英国科学雑誌ネイチャー系列誌の「Leukemia」誌のオンライン版(2018年6月26日付)で公開されました。
【本研究成果のポイント】
【背景】
国内で一年間に約1400人が新たに発症するフィラデルフィア染色体陰性骨髄増殖性腫瘍(以下、骨髄増殖性腫瘍)は、多分化能を有する血球前駆細胞の体細胞変異によって引き起こされる「血液のがん」です。ほとんどの骨髄増殖性腫瘍症例において、サイトカインシグナル伝達に関わるJAK2(*3)やMPL(*4)遺伝子、あるいは分子シャペロンであるCALR遺伝子のいずれかに、遺伝子変異が見いだされます。私たちの研究グループはこれまでの研究で、変異したCALR遺伝子から作られる変異型CALR蛋白質が、サイトカイン受容体であるMPLに結合し、受容体を恒常的に活性化させることで、血液細胞に増殖性のシグナルを伝えていることを明らかにしてきました。その際、変異型CALR蛋白質では野生型CALR蛋白質に存在しない立体構造が出来ることで、MPLと強く結合している可能性を明らかにしましたが、その構造を生じさせるメカニズムについては、全く分かっていませんでした。そこで、私たちの研究グループは、野生型と変異型のCALR蛋白質の構造の変化について検討を行い、その変化を生み出す分子メカニズムを調べました。
【内容】
研究グループは、多くのサイトカイン受容体が活性化する際、2つの受容体分子が集まるという点に着目し、変異型CALR蛋白質においても複数の分子が集合して機能する可能性について調べました。その結果、1)野生型CALR蛋白質と異なり、変異型CALR蛋白質が大きな分子として存在すること、2)変異型CALR蛋白質がお互いに結合して多量体になることで大きな分子を形成していること、3)変異型CALR蛋白質同士の結合が、変異型CALR蛋白質にだけ存在する配列によって担われていること、を明らかにしました(図1)。
【用語解説】
*1 骨髄増殖性腫瘍: 末梢血中の赤血球や白血球、血小板の数が異常増加する血液のがん。ほかに、骨髄が変質する原発性の骨髄線維症も含む。
*2 CALR (Calreticulin): 小胞体に存在し、新たに合成された蛋白質の品質管理に関与する蛋白質。また、このような機能を持つ蛋白質を分子シャペロンという。
*3 JAK2: サイトカイン受容体に結合して、細胞の増殖や分化を制御するサイトカインのシグナルを細胞内に伝達するチロシンリン酸化酵素。
*4 MPL: 巨核球や造血幹細胞の細胞膜表面で、トロンボポエチン(TPO)と結合し、JAK2を介して細胞内にシグナルを伝達する受容体蛋白質。
*5 フレームシフト変異: 遺伝子上で塩基の欠失や挿入が生じ、3塩基1組のアミノ酸翻訳コードにズレが生じることで、本来とは異なるアミノ酸を生じさせるような遺伝子変異。
*6 JAK2阻害剤: 骨髄増殖性腫瘍において遺伝子変異により、JAK2キナーゼが恒常的に活性化していることから開発された、骨髄増殖性腫瘍に対する分子標的薬。
【論文】
本研究成果は英国科学雑誌nature系列誌の「Leukemia」誌(https://www.nature.com/leu/)に2018年6月26日付で公開されました。
英文タイトル:Homomultimerization of mutant calreticulin is a prerequisite for MPL binding and activation
日本語訳: 変異型CALR蛋白質のホモ多量体化はMPLとの結合と活性化に必要である
著者: Marito Araki, Yinjie Yang, Misa Imai, Yoshihisa Mizukami, Yoshihiko Kihara, Yoshitaka Sunami, Nami Masubuchi, Yoko Edahiro, Yumi Hironaka, Satoshi Osaga, Akimichi Ohsaka, Norio Komatsu
著者(日本語表記): 荒木真理人(1)、楊印杰(1) 、今井美沙(1) 、水上善久(1) 、木原慶彦(1) 、角南義孝(1) 、増渕菜弥(1) 、枝廣陽子(1) 、弘中由美(1) 、大佐賀智(2)、大坂顯通(1) 、小松則夫(1)
所属(日本語表記): (1)順天堂大学、(2)名古屋市立大学病院
掲載誌: Leukemia
DOI: 10.1038/s41375-018-0181-2
本研究は、JSPS科研費若手研究(B)(JP17K16195)(JP18K16098)(JP18K16126)(JP18K16127)、JSPS科研費基盤研究(C)(JP16K09859)(JP18K08372)、JSPS科研費基盤研究(B)(JP17H04211)、JSPS挑戦的萌芽研究(JP15K15368)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、文部科学省がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン、公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人先進医薬研究振興財団、公益信託日本白血病研究基金などの助成を受け実施されました。
- 変異型CALR蛋白質同士の結合による多量体形成が引き起こす、がん細胞増殖の分子メカニズムを解明
- 多量体形成を阻害することでがん化シグナルを抑制できることを証明
- 骨髄増殖性腫瘍に対する効果的な新規治療薬の開発の可能
【背景】
国内で一年間に約1400人が新たに発症するフィラデルフィア染色体陰性骨髄増殖性腫瘍(以下、骨髄増殖性腫瘍)は、多分化能を有する血球前駆細胞の体細胞変異によって引き起こされる「血液のがん」です。ほとんどの骨髄増殖性腫瘍症例において、サイトカインシグナル伝達に関わるJAK2(*3)やMPL(*4)遺伝子、あるいは分子シャペロンであるCALR遺伝子のいずれかに、遺伝子変異が見いだされます。私たちの研究グループはこれまでの研究で、変異したCALR遺伝子から作られる変異型CALR蛋白質が、サイトカイン受容体であるMPLに結合し、受容体を恒常的に活性化させることで、血液細胞に増殖性のシグナルを伝えていることを明らかにしてきました。その際、変異型CALR蛋白質では野生型CALR蛋白質に存在しない立体構造が出来ることで、MPLと強く結合している可能性を明らかにしましたが、その構造を生じさせるメカニズムについては、全く分かっていませんでした。そこで、私たちの研究グループは、野生型と変異型のCALR蛋白質の構造の変化について検討を行い、その変化を生み出す分子メカニズムを調べました。
【内容】
研究グループは、多くのサイトカイン受容体が活性化する際、2つの受容体分子が集まるという点に着目し、変異型CALR蛋白質においても複数の分子が集合して機能する可能性について調べました。その結果、1)野生型CALR蛋白質と異なり、変異型CALR蛋白質が大きな分子として存在すること、2)変異型CALR蛋白質がお互いに結合して多量体になることで大きな分子を形成していること、3)変異型CALR蛋白質同士の結合が、変異型CALR蛋白質にだけ存在する配列によって担われていること、を明らかにしました(図1)。
このことにより、以前に明らかにしたMPLとの結合に必要な変異型CALR蛋白質の構造変化が、複数の変異型CALR蛋白質同士の結合により引き起こされていることがわかりました。次に、変異型CALR蛋白質の多量体化を防ぐことにより、がん化シグナルを抑えることができるのではないかと考えました。そこで、変異型CALR蛋白質同士の結合部位に競合して結合する蛋白質を大量に発現させることにより、変異型CALR蛋白質同士の結合を阻害して多量体化を防いだところ、がん化に必要なMPLの活性化の減弱が確認できました。以上の結果は、変異型CALR蛋白質同士の結合を効率的に阻害する物質が、CALR遺伝子変異により発症した骨髄増殖性腫瘍の治療に有効であることを示しています(図2)。
【今後の展開】
骨髄増殖性腫瘍の予後は一般には良好ですが、生涯、加療を続ける必要がある上に、高頻度で急性白血病を発症する骨髄線維症と呼ばれる予後不良の疾患へ移行する症例や、初診時から骨髄線維症を発症することがあり課題になっています。さらに、骨髄増殖性腫瘍の治療は、大きなリスクを伴う造血幹細胞移植以外に、現在使用されているJAK2阻害剤(*6)を含む薬物での完治は期待できません。今回、変異型CALR蛋白質の多量体化を阻害することでがん化シグナルを減弱させることに成功したため、今後は、変異型CALR蛋白質の多量体化を阻止する新規薬物を開発し、治療薬としての可能性を追求していく予定です。【用語解説】
*1 骨髄増殖性腫瘍: 末梢血中の赤血球や白血球、血小板の数が異常増加する血液のがん。ほかに、骨髄が変質する原発性の骨髄線維症も含む。
*2 CALR (Calreticulin): 小胞体に存在し、新たに合成された蛋白質の品質管理に関与する蛋白質。また、このような機能を持つ蛋白質を分子シャペロンという。
*3 JAK2: サイトカイン受容体に結合して、細胞の増殖や分化を制御するサイトカインのシグナルを細胞内に伝達するチロシンリン酸化酵素。
*4 MPL: 巨核球や造血幹細胞の細胞膜表面で、トロンボポエチン(TPO)と結合し、JAK2を介して細胞内にシグナルを伝達する受容体蛋白質。
*5 フレームシフト変異: 遺伝子上で塩基の欠失や挿入が生じ、3塩基1組のアミノ酸翻訳コードにズレが生じることで、本来とは異なるアミノ酸を生じさせるような遺伝子変異。
*6 JAK2阻害剤: 骨髄増殖性腫瘍において遺伝子変異により、JAK2キナーゼが恒常的に活性化していることから開発された、骨髄増殖性腫瘍に対する分子標的薬。
【論文】
本研究成果は英国科学雑誌nature系列誌の「Leukemia」誌(https://www.nature.com/leu/)に2018年6月26日付で公開されました。
英文タイトル:Homomultimerization of mutant calreticulin is a prerequisite for MPL binding and activation
日本語訳: 変異型CALR蛋白質のホモ多量体化はMPLとの結合と活性化に必要である
著者: Marito Araki, Yinjie Yang, Misa Imai, Yoshihisa Mizukami, Yoshihiko Kihara, Yoshitaka Sunami, Nami Masubuchi, Yoko Edahiro, Yumi Hironaka, Satoshi Osaga, Akimichi Ohsaka, Norio Komatsu
著者(日本語表記): 荒木真理人(1)、楊印杰(1) 、今井美沙(1) 、水上善久(1) 、木原慶彦(1) 、角南義孝(1) 、増渕菜弥(1) 、枝廣陽子(1) 、弘中由美(1) 、大佐賀智(2)、大坂顯通(1) 、小松則夫(1)
所属(日本語表記): (1)順天堂大学、(2)名古屋市立大学病院
掲載誌: Leukemia
DOI: 10.1038/s41375-018-0181-2
本研究は、JSPS科研費若手研究(B)(JP17K16195)(JP18K16098)(JP18K16126)(JP18K16127)、JSPS科研費基盤研究(C)(JP16K09859)(JP18K08372)、JSPS科研費基盤研究(B)(JP17H04211)、JSPS挑戦的萌芽研究(JP15K15368)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、文部科学省がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン、公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人先進医薬研究振興財団、公益信託日本白血病研究基金などの助成を受け実施されました。
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