【国立科学博物館】藻類の葉緑体が成立する途中段階を発見
国立大学法人筑波大学/独立行政法人国立科学博物館/国立大学法人東北大学
研究成果のポイント
1. 細胞内共生した緑藻が葉緑体に変わる途中段階の特徴をもつ渦鞭毛藻(注1)の新規系統2種(MGD株とTGD株)を発見しました。
2. これら2種の渦鞭毛藻では、葉緑体が成立する過程で生じる共生体核から宿主核への遺伝子転移が、まだ完了していないことが判明しました。
3. 今回発見した渦鞭毛藻2種は、葉緑体の成立に伴うゲノム進化を解明するための新しいモデル生物となり得ます。
国立大学法人筑波大学 計算科学研究センター 稲垣祐司教授、生命環境系 石田健一郎教授、独立行政法人国立科学博物館 動物研究部 谷藤吾朗研究主幹、国立大学法人東北大学 大学院生命科学研究科 中山卓郎助教、国立大学法人東京大学 アジア生物資源環境研究センター 岩滝光儀准教授らの研究グループは、渦鞭毛藻の新規系統であるMGD株とTGD株を発見し、両種において、細胞内共生をした藻類が葉緑体として遺伝的に統合される中途段階を見出しました。
光合成をおこなう真核生物(いわゆる藻類)の中には、細胞内共生した緑藻あるいは紅藻を葉緑体化した系統が複数あります。細胞内共生した緑藻や紅藻は葉緑体のみを残し、宿主細胞の一部となります。葉緑体化の過程では、共生した藻類が遺伝的にも宿主細胞に統合されますが、これまで適切な研究対象がなく、葉緑体化に必要な遺伝的な統合過程の詳細は不明のままでした。
本研究では渦鞭毛藻MGD株とTGD株の細胞内構造を精査し、渦鞭毛藻細胞内の葉緑体周辺に核のような構造を発見しました。その中にはDNAが存在し、それは共生藻由来の残存核(ヌクレオモルフ)であることが明らかとなりました。ヌクレオモルフはこれまで、クロララクニオン藻とクリプト藻でしか見つかっておらず、MGD株とTGD株は30年ぶりのヌクレオモルフをもつ新規系統の発見となります。また、網羅的な遺伝子解析により、多数の遺伝子が共生体核ゲノムから宿主核ゲノムへ転移していること、すなわち宿主細胞は共生藻を葉緑体として遺伝的に制御していることが判明しました。
さらに、どちらの渦鞭毛藻でも、宿主核ゲノムに転移した共生藻遺伝子のオリジナルコピーが共生藻ゲノムに残っていました。宿主核と共生藻核両方のゲノムに同一遺伝子がコードされている状態は、これまでに提唱されている遺伝子転移の中間的段階に相当しており、MGD株とTGD株は、実在の生物でその仮説を裏付けた初めての例となります。
渦鞭毛藻MGD株およびTGD株は、共生藻が宿主細胞へ遺伝的に統合されていく中途段階に相当する生物だと考えられ、葉緑体確立プロセスを理解するための鍵となることが期待されます。
本研究の成果は、2020年2月24日付、米国科学アカデミー紀要(Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.)で公開されました。
*本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(科研費)基盤研究(B)(19H03280:稲垣祐司、17H03723:谷藤吾朗)、若手研究(B)(17K15164:中山卓郎)および海外共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))(18KK0203:稲垣祐司)によって実施されました。
- 研究の背景
細胞内共生した緑藻や紅藻は、やがて光合成以外の能力を失い、葉緑体以外の細胞内構造が消失し、宿主細胞の一部として統合されます。宿主と共生藻の遺伝的統合の結果、共生藻の様々な機能は宿主側に引き継がれ、共生藻は宿主の制御下に置かれます。その過程で遺伝子の移動が生じます。まず、共生藻核ゲノム上の遺伝子が宿主核ゲノムにコピーされます。コピーされた共生藻遺伝子が宿主核で機能し始めると、同じ機能をもつ遺伝子が異なる2つのゲノムにコードされた状態になると推測されますが、最終的に共生藻核ゲノム上の遺伝子が消失することで、共生藻核ゲノムから宿主核ゲノムに遺伝子が転移します。このプロセスを通じて宿主が共生藻用の遺伝子をコントロールすることにより、葉緑体が確立します。
従来、共生藻が葉緑体として宿主細胞に統合される過程を研究する上で、クロララクニオン藻とクリプト藻が研究材料としてこれまで注目されてきました。なぜならこれら2種は、葉緑体とともにゲノムを含む共生藻核の「名残」(ヌクレオモルフ)を持っているからです。クロララクニオン藻とクリプト藻細胞中のヌクレオモルフの存在は、共生藻が自前の核を失い葉緑体になるまでの中間的状態と想定されてきました。しかしながら、これまでのゲノム研究の結果、宿主核ゲノムに転移した遺伝子のオリジナルコピーがいずれの共生藻ゲノムにも検出されないため、共生藻核から宿主核への遺伝子転移は完了していると考えられます。従ってクロララクニオン藻とクリプト藻とは異なるヌクレオモルフをもつ生物が、共生藻が宿主へ遺伝的に統合されてゆく過程を研究するためには必要でした。
- 研究内容と成果
これら2種の渦鞭毛藻の発現遺伝子を網羅的に解析したところ、葉緑体起源となった藻類に由来する多数の遺伝子が、渦鞭毛藻(宿主)核ゲノムにコードされていることが判明しました。従って、MGD株とTGD株は、遺伝子転移を通して、共生藻を細胞小器官(葉緑体)として支配していると解釈できます。さらに、TGD株において光合成関連遺伝子petCは、渦鞭毛藻核と共生藻核の両方にコードされていることが判明しました。同様にMGD株では、psbOおよびrbcSが渦鞭毛藻核と共生藻核の両方にコードされていました(参考図2)。従ってこれら3つの遺伝子ついては、共生藻核から宿主核への遺伝子移動は完了していないと考えられ、MGD株とTGD株は共生藻を遺伝的に統合しきっていないと解釈できます。
参考図1.本研究で発見された渦鞭毛藻。光学顕微鏡写真で左下がMGD株、右上がTGD株。
参考図2.葉緑体獲得過程の模式図
a)細胞内共生成立前。b)共生体ゲノムから宿主ゲノムへの遺伝子転移。両方のゲノム上に遺伝子があるが、この段階では宿主ゲノム上の遺伝子は機能していない。c)宿主ゲノム上に転移した遺伝子の機能化。この段階で共生体ゲノム上のオリジナル遺伝子が消失できる。d)細胞内共生体の完全な葉緑体化。この段階で共生体核はゲノムを含めて消失する。- 今後の展開
- 用語解説
- 掲載論文
【著者名】 Chihiro Sarai, Goro Tanifuji, Takuro Nakayama, Ryoma Kamikawa, Kazuya Takahashi,
Euki Yazaki, Eriko Matsuo, Hideaki Miyashita, Ken-ichro Ishida, Mitsunori Iwataki, Yuji Inagaki.
【掲載誌】 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.1911884117 )
【国立大学法人筑波大学】 https://www.tsukuba.ac.jp/
【独立行政法人国立科学博物館】https://www.kahaku.go.jp/
【国立大学法人東北大学】 https://www.tohoku.ac.jp/japanese/
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