発達障害のある児童の感覚特性を評価するツールの本邦における妥当性を証明

自閉スペクトラム症児とADHD併存児の感覚特性の違いを発見

学校法人杏林学園

 杏林大学(東京都三鷹市。学長 渡邊 卓)や関西医科大学などの研究グループは、自閉スペクトラム症(以下、ASD)をはじめとした発達障害のある児童の感覚特性を評価する質問紙、Sensory Experience Questionnaire(SEQ)の日本語版を開発し、その妥当性を明らかにしました。また、SEQにより、ASDと他の発達障害が併存する児童の感覚特性の類似性を検討し、注意欠如多動症(以下、ADHD)併存の有無によって感覚特性の構造的な差異があることを明らかにしました。本成果は、ASDに関わる幅広い研究を取り挙げる国際専門雑誌『Autism Research』のオンライン版に2026年7月25日に掲載されました。

発表のポイント

  • 本邦では、ASDなど発達障害児の感覚特性を評価するための心理学的妥当性が保証されたツールは非常に限られており、「感覚過敏」や「感覚鈍麻」といった感覚刺激への反応特性や社会的文脈における反応を分析できるツールは無かった

  • 国際的に広く使用されている質問紙、SEQの日本国内における妥当性を明らかにした

  • ASDと他の発達障害を併存する児童の類似性を検討し、ADHD併存の有無による感覚特性の構造的な差異を明らかにした

概要

 一部の人では、強い光や音に過剰に強く反応する感覚過敏や、怪我をしても気づきづらいといった感覚鈍麻に悩まされています。こうした感覚の問題はASDで顕著である一方、他の神経発達症(いわゆる発達障害)でも散見されます。杏林大学医学部の渥美剛史助教、新庄明音さん、寺尾安生教授、筑波大学の伊藤晴香さん、国立障害者リハビリテーションセンター研究所の井手正和研究員、福冨朋恵さん、および関西医科大学の松島佳苗准教授らは、ASDをはじめとした発達障害のある児童の感覚特性を評価する質問紙、Sensory Experience Questionnaire(SEQ)の日本語版を開発し、その妥当性を明らかにしました。また、SEQにより、ASDと他の発達障害が併存する児童の感覚特性の類似性を検討し、ASD児とADHD併存児とでは感覚特性の構造的な差異があることを見出しました。これまで本邦では、発達障害児において心理学的妥当性が確認された感覚特性の評価ツールが非常に限られており、本研究の成果が、発達特性に応じた感覚の困り感のさらなる理解につながることが期待されます。

研究の背景

 近年、強い光や音に過剰に強く反応するといった、感覚の問題に悩む人たちの存在が広く知られるようになってきました。特に、ASDの診断基準の一部には感覚過敏や感覚鈍麻が含まれており、当事者喫緊の課題として注目されています。ASD当事者では、過敏や鈍麻は複数の感覚種にまたがって、同時に生じうることが知られています。またこれら感覚の問題は、ASD以外の神経発達症、いわゆる発達障害のある人でも散見されます。たとえば、ADHDのある人では、ASD当事者と同様な感覚特性がみられることが報告されています(Scheerer et al., 2024)。感覚に起因した悩みを客観的に評価するツールは、自身の体験を適格に伝えることが難しい児童にとっては特に重要ですが、これまで、ASDをはじめとした発達障害のある児童に特化して、その妥当性が証明されているものはごくわずかでした(Gunderson et al., 2023)。特に本邦では、そのような評価ツールの普及は十分ではありません。

研究成果

 本研究は、すでに世界的に広く活用されている感覚体験質問紙(Sensory Experience Questionnaire:SEQ)の日本語版を開発し、ASDをはじめ、発達特性の異なる児童同士の感覚特性の違いを明らかにすることを目的としました。SEQは、2〜12歳のASDなど発達障害のある児童の感覚特性を評価するために開発された、保護者が回答する質問紙です。複数の質問項目から、感覚刺激への過剰な反応を表す「感覚過敏」、反対に低い反応である「感覚鈍麻」、刺激を繰り返し追い求める「反復的感覚探求」、および刺激への気づきやすさなどを表す「知覚強化」の主たる4カテゴリでの傾向の強さを得点化できます。このほか、サブカテゴリとして、様々な感覚種5つの特異性や、社会的文脈における反応の得点を算出できるという特徴もあります(図1)。

図1. SEQで評価する4つの主要カテゴリと6つのサブカテゴリ。SEQでは、児童の感覚特性について保護者が回答する。

 私たちは原版の開発者から許諾を得て、学術的なガイドラインに従ってSEQ第3版の日本語版を作成しました。その後、最終的にASDのある児童154名、ASDなど発達障害の診断の無い定型発達児156名、6〜12歳を分析の対象としました。前者にはASDに加え、ADHDや限局性学習症(SLD)、発達性協調運動症(DCD)など、他の発達障害の併存がある児童も含まれました。分析の結果、主要4カテゴリと6つのサブカテゴリから成る統計学的モデルが、国内のASD児らの得点データにおいても妥当であることが示されました。さらに、このモデルは定型発達児のグループにおいても妥当であることがわかりました。このことから私たちは、特異な感覚特性の目安となる基準値を算出する、標準化を行いました。

 次に、私たちはSEQのすべての得点を用い、児童同士の得点パターン全体の類似性を算出するという、表象類似性分析を実施しました。グループ内の類似性は、定型発達児同士では高い一方、ASDのみある児童同士や、ASDとADHDを併存する児童同士では低いことが示されました。さらに、私たちはASDのみ群とADHD併存群との類似性について、カテゴリ間すべての組み合わせごとに類似性を算出し、組み合わせ全体の比較を行いました。2つのグループから年齢と性比が一致する児童をそれぞれランダムに抽出して解析したところ、各群では類似性が高かったものの、ASDのみ群とADHD併存群では低い類似性がみられました(図2)。このことから、ASDとADHDの感覚全体における特性には、構造的な差異があることが示唆されました。

図2. ASDのみある児童、およびASDとADHDを併存する児童におけるカテゴリごとの類似性。各得点カテゴリについて、群内・群間の相関係数(スピアマンのρ)を算出し、平均値とその95%信頼区間を示している。バイオリンプロットは相関係数の分布を示す。

本研究の意義

 本研究から、学童期の発達障害児の感覚特性を評価するための新たなツールとしてSEQ日本語版が有用であることがわかりました。今回得られた標準化得点は、強い過敏などといった客観的な目安となるものであり、ASDの診断や児童への支援において役立つ可能性があります。

 また、SEQの得点カテゴリ全体を利用することで、ASDとADHDの間における感覚特性の差異について、新たな知見を得られることが期待されます。本研究の結果は、ASDやADHDといった発達障害児の行動特性を理解する上で、感覚特性の構造的な違いを考慮することが重要であることを示しています。つまり、感覚の問題があるというだけで児童それぞれの困り感を一括りに捉えてしまうことは、適切な支援にはつながらない可能性が示唆されます。SEQを活用することで、発達障害児それぞれの感覚特性の全体像が客観的に示されるようになれば、より適切で個別性の高い発達支援や環境調整が可能となることでしょう。

今後の展望

 今回の研究では、ASDやADHDの併存のあるASD児童以外の発達障害児については、対象者数の不足から詳細な解析ができませんでした。読むことの困難(ディスレクシア)などがあるSLDや、運動スキルに困難があるDCDのある人でも、感覚刺激への反応特性が日常生活における困りごとの根底にあるのかもしれません。SEQが多様な発達特性のある児童間の感覚の違いを検証する上で妥当なツールであるかは、今後さらに吟味していく必要があります。また、本研究で用いた分析手法は、SEQの各カテゴリと、脳や生理指標の反応パターンとの類似性を評価するために用いることも可能です。日常の感覚体験と脳や身体機能の対応関係を詳しく調べることで、発達特性に応じた感覚の問題の背景メカニズムを理解できるかもしれません。

なお、SEQの研究利用は可能ですが、利用を希望される場合は原版開発者への問い合わせが必要です。

研究助成

 本研究は、学術変革領域研究(A)「クオリア構造学:主観的意識体験を科学的客観性へと橋渡しする超分野融合領域の創成」公募研究(課題番号:JP24H01558、研究代表者:渥美剛史)、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:JP23K03017、研究代表者:渥美剛史;課題番号:JP22K11408、研究代表者:松島佳苗;課題番号:JP24K15690、研究代表者:井手正和)、および公益財団法人日本生命財団(研究代表者:渥美剛史)の支援を受けて実施されました。

論文情報

論文タイトル:Development and validation of a Japanese version of the Sensory Experience Questionnaire (SEQ) 3.0: Structural differences of sensory features across autistic children

著者:Takeshi Atsumi*, Haruka Ito, Akane Shinjo, Tomoe Fukutomi, Yasuo Terao, Masakazu Ide, Kanae Matsushima*(*;責任著者)

掲載誌:Autism Research

DOI:https://doi.org/10.1002/aur.70317

オンライン公開日:2026年7月25日

研究機関:杏林大学医学部、筑波大学、国立障害者リハビリテーションセンター研究所、関西医科大学

■お問い合わせ:

・研究に関すること

杏林大学 医学部 病態生理学教室 助教 渥美剛史 TEL:0422-47-5511(代表)

E-mail:atsumi-takeshi@ks.kyorin-u.ac.jp

・プレスリリースに関すること

杏林学園広報室

TEL:0422-44-0611

E-mail:koho@ks.kyorin-u.ac.jp

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代表者名
松田剛明
上場
未上場
資本金
-
設立
1966年04月